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殺人は広告する [海外の作家 さ行]


殺人は広告する (創元推理文庫)

殺人は広告する (創元推理文庫)

  • 作者: ドロシー・L. セイヤーズ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1997/09
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
広告主が訪れる火曜日のピム広報社は賑わしい。特に厄介なのが金曜掲載の定期広告。こればかりは猛者揃いの文案部も鼻面を引き回される。変わり者の新人が入社してきたのは、その火曜日のことだった。前任者の不審死について穿鑿を始めた彼は社内を混乱の巷に導くが……。広告代理店の内実を闊達に描く本書は、真相に至るや見事な探偵小説へと変貌する。

前作「死体をどうぞ」(創元推理文庫)感想を書いたのが2013年10月なので4年ほど経ってしまっていますが、今月(2017年9月)最初に読んだ本です。8月の終わりごろから読みだして、ようやく、昨日読み終わりました。
読むのにずいぶん時間がかかりましたが、つまらなかったのではありません! むしろとてもおもしろかったです。
なんだか気分的に、このところ本を読む気になかなかならなくて、すごーく飛び飛びに読んだんですが、そのたびに混乱せずに世界に入り込めました。きちんと作りこまれているからこそ、だと思います。

引用したあらすじには「見事な探偵小説へと変貌」と書かれていますが、あまり昔ながらの本格ミステリといった感じはしませんでした。

このシリーズの楽しみの一つは、ピーター・ウィムジイ卿をはじめとする貴族階級の世界にどっぷり浸ることだと思いますが、今回は執事のバンターもハリエットも出てきません。
どうせすぐにわかることなので書いてしまいますが、広告代理店に潜入捜査(!)するという話なので、そのあたりは抑え目です。
「するとお兄さまも、世の労働者のひとりにおなりなのね」
「そうだよ。週にまるまる四ポンド稼いでいる。何とも不思議な感覚だね。自分で一文でも稼いだのは初めてだ。毎週、給料袋を受け取るたびにすなおに誇らしくなるよ」(110ページ)
なんて会話が交わされたりします。
宮仕えの庶民としては、少々馬鹿にされているような気にもなりますが、逆に高踏遊民である貴族から見たらこんな感じなのかもしれませんね。

で、潜入捜査なわけですが、これがなかなか乙なものです。
本格ミステリっぽくないと書きましたが、その分、まったりとしたサスペンス(変な表現ですが)を楽しめます。昔風の表現でいうと、通俗的なスリラー、といった感じでしょうか?
セイヤーズって、こういう作家だったんですねぇ。もっともっとガチガチの本格ミステリだけかなぁ、なんて勘違いしていました。

事件のほうは社内での転落死なわけですが(西村敦子さんによる表紙絵をご覧ください。ちょっと階段のイメージが読んでいる時とは違うんですが、しゃれています)、そこから拡がりを見せるところがポイント。
そういう展開に持っていくのか... いやいや、本格ミステリっぽくないぞ。
ネタばれになるので、伏字にしますが、麻薬販売組織ですか...
話の展開としてはかなり緊迫した状況になりそうなんですが、そしてそういう状況に確かになっているのですが、読むとそういう雰囲気になっていないところがすごい。

クリケットでウィムジイ卿の正体がばれそうになる、ってのもイカしてます。
クリケットかぁ...日本人にはまったく馴染みのないスポーツなので、延々試合の描写がされても、なんだかなぁ、というところですが、それでもシチュエーションが笑えそう(笑えます)。

最終的な着地を見ると、ウィムジイ卿が潜入したピム広報社の位置づけがちょっと期待外れではありましたが、セイヤーズの曲者ぶりを十分堪能できました。
解説で、若島正が
「セイヤーズの自評が影響しているのかどうか、脂がのりきった時期に書かれたにもかかわらず、『殺人は広告する』は従来からさほど評価が芳しくない。」
と書いていますが、正統派の本格ミステリを逸脱するような部分が評価を下げている理由なのかもしれませんね。
今となっては、むしろそのはみ出た部分のほうが楽しめるように思えました。

このあと、シリーズは
「ナイン・テイラーズ」 (創元推理文庫)
「学寮祭の夜」 (創元推理文庫)
「忙しい蜜月旅行」(ハヤカワ・ミステリ文庫)
の3冊になりました。
たまにしか手に取らないのですが、残り少なくなってきたセイヤーズの作品、これからも、ゆーっくり読んでいきます。


<蛇足1>
「最初から始め、最後にたどりつくまで続け、できればそこでとまってくれないか?(『不思議の国のアリス』より)」(111ページ)
これ、いろんなところで使われるフレーズですが(たとえば岡嶋二人「クラインの壺」)、原典は『不思議の国のアリス』だったんですね。ちゃんと意識していませんでした。
古典をはじめとする引用の多い作品には、こういうのを再発見する楽しみもありますね、レベルの低い発見で申し訳ないですが...

<蛇足2>
引用ついでに
「疑り深いトマス(『ヨハネ伝』二〇章二四~二九節)」(114ページ)
というのもありました。
ロバート・リーヴズ「疑り屋のトマス」 (ハヤカワ ポケット ミステリ)のタイトルはここからきていたのですね。たぶん解説や何かで触れられていたでしょうから、「疑り屋のトマス」 を読んだ当時認識していたとは思うんですが、すっかり忘れていて、ちょっと嬉しくなりました。

<蛇足3>
「ワトソンを五十人集めたような無能ぶりと熱意」(122ページ)
いや、いくらなんでもワトソンに気の毒な言いぶりでは...ウィムジイ卿...

<蛇足4>
「堤防街(エンバンクメント)まで歩き」(158ページ)
という文章が出てきますが、エンバンクメント、というのは今では(ひょっとしたら昔から?)地下鉄の駅名にもなっている地名です。
これ、「堤防街」と訳す必要はなかったのではないでしょうか?
たとえば「テンプル」も「寺院」とは訳さないでしょう?

<蛇足5>
謎解きにもすこーし絡むので、気をつけないといけないですが、これくらい大丈夫と思うので、書きます。気になる方は避けてください。
「パンチしろい」が、「マウントジョイ」の聞き間違いって、ありえますか!?(382ページ)
原語でどうなっているのかがわからないので、日本語訳でうんぬん言っても仕方ないかもしれませんが、あまりにも遠すぎませんか??
いや、文句を言うよりも、むしろ苦笑して楽しんでしまいましたが。

<蛇足6>
実は途中から、アガサ・クリスティーの某作品を読み返したくなって仕方がありませんでした。
その某作品は、子供のころに読んで、どうもぴんと来なかったのですが、この「殺人は広告する」を読んで、今読み返すと楽しめるような気がしてならないのです。


原題:Murder Must Advertise
作者:Dorothy L. Sayers
刊行:1933年
訳者:浅羽莢子




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