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彼女の色に届くまで [日本の作家 似鳥鶏]


彼女の色に届くまで (角川文庫)

彼女の色に届くまで (角川文庫)

  • 作者: 似鳥 鶏
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/02/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
画商の息子で画家を目指す僕こと緑川礼は、冴えない高校生活を送っていた。だがある日、学校で絵画損壊事件の犯人と疑われてしまう。窮地を救ったのは謎めいた同学年の美少女、千坂桜だった。千坂は有名絵画をヒントに事件の真相を解き明かし、僕の日常は一変する。高校・芸大・社会人と、天才的な美術センスを持つ千坂と共に、絵画にまつわる事件に巻き込まれていくが……。鮮やかな仕掛けと驚きに満ちた青春アートミステリ。


2023年1月に読んだ6冊目の本です。
お気に入り作家似鳥鶏の作品。
扉を開いたところに、作中に出てくる名画がカラーで掲げられているのが楽しいですね。
全くの余談ですが、最初のマグリッドの「光の帝国」はなぜか大好きで、美術館で見つけるとぼーっと長時間観てしまいます。

持つ者と持たざる者。
この対比は様々な作品で取り上げられてきたテーマといえます。
この「彼女の色に届くまで」 (角川文庫)もその一冊。

自分は持つ者だと信じたいけれど、成長するにしたがって持たざる者であることを否応なく思い知らされてしまう。
天才と知り合ってしまった......

主人公僕(緑川礼)の造型が素晴らしいですね。
だいぶ後半の方になりますが、
「他人に対して「あいつはいいよな」と言い続ける心理。他人の中に自分より恵まれているところを見つけては、ああ自分はついていない、初期条件が悪すぎる、と嘆いてみせる。僕もよく考える。自分だって、運さえよければ、何かいい巡り合わせさえあれば、と。
 だが、実際のところ、これは一度嵌まると絶対に浮かび上がれなくなる危険な落とし穴だった。自分の負けを状況のせいにしている人は、いつまで経っても成長しない。反省をせず、勝っている人から学ばないからだ。」(206ページ)
というところ、彼の特徴をよく表していると思います。
悪い方に落ちないよう踏みとどまって、知り合った天才と交流を深めていく。コンプレックスをなんとか飼いならして成長していく姿がとてもいい。

で、彼が出会ってしまった天才が、千坂桜。
こちらは絵にかいたような ”変人” 。容姿端麗というのがこれまた......
そしてかつ名探偵。
帯に「彼女は、天才画家にして 名探偵」と書いてある通りです。

連作長編という仕立てになっていて、高校、大学、社会人と折々に出会う事件を描いていきます。
かなりのトリックメーカーである似鳥鶏の面目躍如という感じで、この作品でもその力は遺憾なく発揮されていることを指摘しておきたいです。
たとえば、第三章「持たざる密室」のトリック、美しいと思いましたし、各話とも不可能状況をさらっと解決していきます。

連作として、最終章で全体を通したつながりが浮かび上がってくる仕立てになっています。
このつながり、かなり変わったつながりでして、読み終わったとき、こんな都合よくつながるものかなぁ、と、ちょっと複雑な感情にとらわれました。
こちらが知らないだけで、美術界では極めてありふれたことなのかもしれませんし、さほど大きなマイナス点ではないと思いますが、気になります。

最後につながるかたちをとっている連作の場合、通常一貫した犯意があったとか、真犯人がいてそれぞれの事件の構図が一変してしまう=個々の事件においてなされた推理が間違っていた(といって言い過ぎならずれていた)、あるいはそれぞれが組み合わさってもっと大きな事件が隠されていたという結論になるというパターンを取ることが多いかと思われるのですが、おもしろいのはこの作品の場合、つながりが明るみに出ても、それぞれの事件の謎解きは揺るがないこと、でしょうか。
この作品におけるつながりは、個々の事件の様相を変化させる機能を持つというよりは、僕なり千坂なりの関係性、立ち位置を照射するものと言えるかもしれません。

勘のいい方にとりネタバレにならないよう祈りつつ以下書くのですが......
ただこの趣向は、名探偵はなぜ名探偵なのか、という問いに対する一つの答えになっていまして、非常に興味深い。
作風も狙いも違うのに、西村京太郎の名探偵シリーズ(のどれかは伏せておきます)をふと思い出したりしました。

その後の二人(と仲間)が知りたい気もしますが、これらの人物でミステリとして続編は難しいでしょうね......


<蛇足1>
「〈真贋展〉は同じ作品の真作と贋作を二つ並べて展示し、『どちらが真作でしょう?』というクイズ形式にする、という変わった展示で、美術ファン向けというより話題性重視でファンの裾野を広げるための企画なのだが、鑑定眼を試してみたい筋金入りの愛好家も結構来るらしく、もともと変な企画展の多い金山記念美術館ならではのものといえた。」(88ページ)
こういう展示があればおもしろいですね。見に行きたいかも。
真贋は見抜けない自信があります。

<蛇足2>
「以前、ニューヨーク近代美術館では、某画家の抽象画が上下逆さまのまま展示されていた、という事件すらあったのだ。」(139ページ)
注に書かれているのはマティスの〈船〉という作品で47日間逆さまだったらしいですが、そういえば、つい最近(2022年10月)も、モンドリアンの「ニューヨークシティI」という作品が75年間逆さまに展示され続けているというニュースがありましたね。
1941年に制作、1945年に米ニューヨーク近代美術館(MoMA)で初展示され、1980年からは、ドイツ・デュッセルドルフで、ノルトライン=ヴェストファーレン州の美術収集品として展示されているそうで、75年逆さまという大物です。
まあ、モンドリアンの作品は上下逆さまでもわかんないですよね......

<蛇足3>
「なぜか目の覚めるようなコバルトブルーのビキニパンツ一丁であり、傍らの床には脱ぎ捨てられたワイシャツとズボンと靴・靴下が丁寧に畳まれて重ねられている。」(172ページ)
以前にも書いたことですが、「目の覚めるような」を青色に対して使って嘲笑されたぼくとしては、こうやって使っている例を見つけるとうれしくなってしまいます。







タグ:似鳥鶏
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