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擬傷の鳥はつかまらない [日本の作家 あ行]


擬傷の鳥はつかまらない

擬傷の鳥はつかまらない

  • 作者: 荻堂 顕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/01/27
  • メディア: 単行本

<カバー裏側帯あらすじ>
あなたの絶望を確かめましょう
顧客の要望に応じて偽りの身分を与える「アリバイ会社」を生業とするサチのもとに、ある日、二人の少女が訪ねてきた。数日後、片方の少女がビルの屋上から身を投げ、サチは残されたデリヘル嬢・アンナを「門」の向こう側へと “逃がす” よう迫られる。サチはこの世界に居場所を失った者を異界へ導く “雨乳母(あめおんば)” だったのだ──。
なぜ、少女は死んだのか。死の道標を追う過程で浮上した〈集団リンチ殺人事件〉と少女たちの恩讐渦巻く関係とは。そして、サチの隠された過去とは一体……


2022年9月に読んだ4冊目の本です。単行本です。
第7回新潮ミステリー大賞受賞作。

タイトルにもなっている擬傷は
「鳥のなかには、敵の襲われた時に、弱っているふりをすることで捕食者を引き付け、他の仲間を逃がすという習性を持つものがいるそうだ。」(52ページ)
とオープニング早々説明され、物語的にはいろいろとイメージが重ね合わせられているのですが、主人公サチに「自分もその鳥のように、傷付いている誰かのことを逃してあげられるような優しい大人になりたい」と語った男友達の存在は一つの大きなポイントです。

サチの職業はメインは偽の身分を作り出すことながら、それとは別に “雨乳母(あめおんば)” と呼ばれ、この世界に居場所を失った者を異世界への門まで連れていく仕事もやっている。
その異世界は「あなたが歩んだかも知れない人生の中で、あなたが最も幸福になったであろう選択が為された世界。あなたが手に入れられなかった可能性が実現した世界。」(291ページ)

異世界へ導く存在、という特殊設定が持ち込まれていますが、異世界は向こう側の話であって、物語はあくまで普通の現実世界を基本に展開します。

読み始めてしばらくは、主人公の設定とか文体とかから、(異世界は出てくるものの)よくある女探偵ハードボイルドものか、と思いました。
女探偵ハードボイルドには、一つの典型的なパターンがあって、桐野夏生の江戸川乱歩賞受賞作「顔に降りかかる雨」 (講談社文庫)がその代表例だと思いますが、その流れの一作かと思ったのです。

「長谷部の『可哀想』という思いは、おそらく本物だ。彼は普通の人間で、悪人ではない。ただ、弱いだけ。弱いからこそ、さらに弱い人間を傷つける」(122ページ)
あるいは
「あいつは、自分以外の誰かのために戦う人間だった。おれは、兄貴を尊敬してる」
「でも、いつかは折れてしまうこともあるはずよ」
「別にいいんです。疲れたなら、剣を置いてもいい。正義の味方なんか、やめていい。それでも、ヒーローだったことは変わらないんすよ」(320ページ)
といった述懐ややり取りなども、気が利いていて目をひきますが、典型的といえば典型的。

典型的な女探偵ハードボイルドも、それはそれでおもしろいのですが、この作品はもう一つ要素が加えられています。
それはバディ物。
主人公サチが望んだわけではないものの、組まされることになったデリヘル「プリズム」の店長久保寺のエピソードには没頭させられました。
サチも含め、主要人物の過去がストーリーに絡んでくるのですが、バディ形式にしたことで興味が倍増したように思います。

また注目の作家ができてしまいました。


<蛇足1>
「金遣いが荒くなって、贅沢が習慣になる頃には、段々とお茶を引くようになってくる。」(110ページ)
知っているはずの言い回しですが、意味がわからず、調べてしまいました。記憶力減退に注意ですね。暇という意味ですが、お茶を挽く(ひく) と書くのが普通な気もします。

<蛇足2>
「『最近の本は文字が小せえなあ』
 ー略ー
『そうは思わねえか、久保寺君?』
『……はい』
『はい、じゃねえよ。俺が歳取ったんだよ』」(128ページ)
軽妙なやりとりといったところですが、最近の本って逆で、昔と比べると文字が大きくなっていますよね(笑)。

<蛇足3>
「顔の青い鳥が、ひとりで歩いている私のことを睨み付けた。図鑑でしか見たことがなかったが、ヒクイドリだとわかった。」(339ページ)
この作品「擬傷の鳥はつかまらない」(新潮社)を読む少し前に、「火喰鳥を、喰う」 (角川ホラー文庫)を読んでいたのでおやっと思いました。





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