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八月の魔法使い [日本の作家 石持浅海]


八月の魔法使い (光文社文庫)

八月の魔法使い (光文社文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2012/07/12
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
洗剤メーカー・オニセンの役員会議で、報告されていない「工場事故報告書」が提示され、役員同士が熾烈な争いを始めた。同じころ経営管理部員の小林拓真は、総務部の万年係長が部長に同じ報告書を突きつけるのを目撃。たまたま役員会議に出席し騒動に巻き込まれた、恋人の美雪からのSOSも届く。拓真は限られた情報だけで“存在してはいけない文書”の謎に挑む!


まず言っておきたいことは、おもしろかったということです。
読んだのが9月で、なにしろもう半年も経っているので忘れちゃっていることもあり、この感想を書こうと、ぱらぱらと飛ばし飛ばし読み返したんですが、やはりおもしろかった。
なのに、感想を書こうとすると、まず思い浮かぶのはマイナス点ばかり...。困った。

この作品、殺人はおきません。
それを言うなら、殺人どころか、事件らしい事件もおきません。ここは長所といえます。
舞台は、メーカーであるオニセンの役員会議と、そこでの騒動に巻き込まれた恋人を救おう(?)と推理を巡らせる(?) 拓真のいる会議外の場所(総務部だったり、経営管理部だったり)です。
役員会議で提示された、あるはずのない「工場事故報告書」の謎を追うわけですが...

うーん、この会社の役員会議、ひどすぎませんか?
出世争いだか何か知りませんが、こんなに愚かしいことを、役員会議の場でするのでしょうか?
「仮にも東証一部に上場している製造業」(266ページ)なんですよ。
また、副社長が次期社長になる。副社長は社長が決める。もちろん、社長の意向というのは大きいとは思いますが、こんなに社長が独断で決めてしまえるようになっているのでしょうか? 
だから、社長のいる役員会議での発言、立ち居振る舞いは命取り、という設定になっているのですが、そうでしょうか?
たとえ社長がそういう権力を握っていても、一回の会議での失言でだめになるということはないのでは?

作中、自らの担当部門で絶大な権力を握る常務が出てきて、まわりが彼を恐れ、自ら判断できない状況が描かれるのですが、であれば、社長こそ超絶大な権限、権力を持っており、その社長の前での言動は、この作品の役員会議でのようには決してならないと思います。
一方で、社長とは別に、前社長=会長というのがいることも触れられており、会長の懐刀は「社長交代によって」「影響力が衰えたわけではない」(267ページ)とも書かれていて、社長に権力が集中しているわけでもなさそうで、あら、矛盾していますねぇ、というところ。

そして、この「工場事故報告書」には、ミステリである以上仕掛け人がいるわけですが、あまりにもその狙い通りになっている点、???、です。
いくら切れ者でも、こんなに複数の人間の言動を予測できるとは思えません。
しかもそれぞれの人物が、通常想定される行動ではなく、奇矯と読んでもいいくらいのことを言ったり、しでかしたりするのです...
ミステリとして楽しむためには、想定外の発言や行動をされても、バックアッププランが用意されていました、ということが感じ取れるようにしておいてもらう必要があるでしょう。
ここまで読み切っていたら、まさに「魔法使い」。

そもそも主人公である拓真が本件とかかわるのは、役員会議に出席しちゃっている恋人を救うため、というのですが、拓真の行動自身も目的とずいぶんずれちゃっていて、あれれ。

というふうに、マイナス点ばかりあげつらってしまいましたが、実はこういう点は、石持浅海には常につきまとっている点であって、この作品において著しくおかしいというわけではありません。
石持浅海の作品に出てくる人は、どことなく“おかしい”人が多く、奇矯な言動をするのが常です。
だから、これらの点は物語の前提だ、と呑み込んで読んでいくのが吉なのでしょう。
これらの点を前提として読めば、ロジックをもてあそぶ楽しさを満喫できます。
拓真がああでもない、こうでもない、とこねくり回していくのが楽しい。だから、冒頭申し上げたように、おもしろかった、のです。
この「八月の魔法使い」 、実は、石持作品の中でもかなり好きな方に入ります。


<蛇足>
解説で小池啓介さんが
「一般常識で考えれば」、「会社の常識としては」と、相反する“常識”が登場すると述べたうえで、
「サラリーマンの日常とともにある“会社の常識”。それはいっていれば特殊なルールである。その観点から本書は、作品内だけで通用する特殊ルールを設定した謎解きミステリーの系譜に連なる作品ともいえる」
と書いていますが、↑ の感想でも書いたように、扱われているのは会社の常識は会社の常識でも、作品内だけで通用する特殊な“会社の常識”なので、いわゆる「会社の常識」を「作品内だけで通用する特殊ルール」として取り扱った作品とは言えないと思います。

<2016.4.10追記>
上の蛇足の部分、読み返してわかりづらかったので補足します。
小池さんの記載は、まとめると
「ミステリーには、作品内だけで通用する特殊ルールを設定した系譜があるが、本作品は、“会社の常識”をその特殊ルールとして利用したミステリーである(とも考えられる)」
ということだと思っています(1)。
でも、こういうことを言う場合、“会社の常識”は普通の“会社の常識”、一般読者が読んで、「そうだよな。会社って、一般社会じゃ通用しない論理や考え方があって、うちの会社も同じ常識があるよ」と思えるようなものでないと困るのではないでしょうか。
作品で使われる“会社の常識”が、特殊な会社の常識、一般の会社ではちょっと考えづらいものだったら、それは単なる特殊ルールであり、“会社の常識”とは言えないと思います。
と、こう考えて蛇足を書いたのですが、(1)のようなことを小池さんは言いたいのではないのかもしれませんね。「特殊な“会社の常識”を、作品内だけで通用する特殊ルールとして設定したミステリー」ということだけを言いたかったのかも。ただ、だったら、こういうことはミステリーに限らずフィクションでは当たり前のことで、あえて解説でわざわざ書くようなことではないような気もしますが...



タグ:石持浅海
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