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わたしが消える [日本の作家 さ行]


わたしが消える

わたしが消える

  • 作者: 佐野 広実
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/09/30
  • メディア: 単行本


<帯あらすじ>
元刑事の藤巻は、医師に軽度認知障碍を宣告され、愕然とする。離婚した妻はすでに亡くなっており、大学生の娘にも迷惑はかけられない。ところが、当の娘が藤巻の元を訪れ、実習先の施設にいる老人の身元を突き止めて欲しい、という相談を持ちかけてくる。その老人もまた、認知症で意思の疎通ができなくなっていた。これは、自分に課せられた最後の使命なのではないか。娘の依頼を引き受けた藤巻は、老人の過去に隠された恐るべき真実に近づいていく……。
「松本清張賞」と「江戸川乱歩賞」を受賞した著者が描く、人間の哀切極まる社会派ミステリー!


第66回江戸川乱歩賞受賞作。
2022年3月に読んだ5作目(冊数でいうと6冊目)の本です。
江戸川乱歩賞受賞作を積読するようになったのはいつからだろう、とふと気になりました。

さておき、選考委員の綾辻行人が選評で
序盤の地味な「謎」が、物語の進行とともに厚み・深みを増しながら読み手を引き込んでいく。
と書いている通り、地味な物語です。

タッチとしてはハードボイルド風。
「『最後の仕事』を中途半端なままで投げ出してしまえば、六十一年の人生をこの手で汚すことにもなる。」(187ページ)
命の危険にさらされても、
「多少理不尽なことがあっても目をつむるのが大人でしょ。プライドのために家族を犠牲にするなんて」
という今は亡き妻の言葉を反芻しながらも、こんな感慨で捜査を続行します。

介護施設の門の前に座り込んでいたのを見つかった謎の老人の正体をさぐる、という筋書きですが、非常に手堅い。
この手堅いトーンに、大掛かりな真相をぶち込んだのがミソだと思うのですが、残念ながら計算違いではないかな、と思えました。
大掛かりな真相というのは、とかく非現実的と受け止められやすいものなのに、この手堅い、落ちついたトーンでは、力で読者をねじ伏せるとはいかず、非現実的な印象が逆に強められてしまっています。
この真相はもっともっと劇画調のストーリーに塗りこめる必要があるのではないでしょうか。

また、軽度認知障碍を宣告された主人公という目を引く設定ですが、この設定がミステリ的に意味があるかというとそうでもないのも残念で、こちらの設定は、タイトル「わたしが消える」にこめられた含意を展開してみせる仕掛けに関連してきているのですが、この仕掛けは不発と言わざるを得ないと思っています。
最後の最後、最後の一文に至ってようやく作者の用意した周到なたくらみに気づいた鈍感な読者でして、この技巧にはすごいな、と思ったのですが、同時にこれだともう消えちゃってるよなぁ、と苦笑もしました。

いろいろ残念なところの多い受賞作でしたが、しっかりと安定した作品世界を作っていける作者だと思いますので、今後に期待です。
このところの乱歩賞は往年の輝きを失っているような気がして心配です。


<蛇足1>
「名央大学を出てふたたび中央・総武線に乗り、今度はお茶ノ水で降りた。」(135ページ)
名央大学というのは水道橋駅から5分くらいのところにある設定です。
だとすると、JRの水道橋-御茶ノ水駅は一駅なので、歩いたほうがよいような気がします......余計なお世話ですが。
あと非常に細かく、ある意味どうでもよいようなことなのですが、中央・総武線、という路線はなく、中央線と総武線が重なっている部分が多いのでそう呼ばれているだけですよね。
名央大学までは西国分寺から来たということなので、快速の中央線と各駅の総武線(水道橋駅は快速は止まりません)を乗り継いできたので、中央・総武線という表記でもよいのでしょうが、水道橋-御茶ノ水間は総武線と書くべきでしょうね。

<蛇足2>
「新幹線で福島駅に到着したときには午後九時を回っていて、そのまま駅近くのビジネスホテルに泊まった。ホテルの夕食は終わっているというので、助六寿司は正解だった。」(230ページ)
ビジネスホテルに夕食!? とふと思ったのですが、ビジネスホテルにレストランがついていてもおかしくないなと。
しかし最近はコンビニが発達しているので、この種のことを悩む必要はほとんどなくなりましたよね。





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