SSブログ

読者よ欺かるるなかれ [海外の作家 カーター・ディクスン]

読者よ欺かるるなかれ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

読者よ欺かるるなかれ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2022/12/11
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
すさまじい、けだものの叫びに似た悲鳴だった。聞いているほうが、思わず耳をふさいで、自分でも叫びだしたくなるような悲鳴……。法医学者サーンダーズは急いでホールに面したドアをあけた。そこには、この邸の主人サム・コンスタブルの姿があった。階段を一歩降りかけたまま、手すりに身体をあずけ、宙に伸ばした片手の指先がひくひく痙攣している。やがて、どっと崩折れるように倒れ込んだ。サーンダーズが駆けよる前に、息はなかった。それを待っていたように、時計が八時を告げた。読心術者ハーマン・ペニイクの予言は、見事適中したのである!
サムと、妻の探偵小説作家マイナが開いたパーティには一つの趣向があった。読心術者ペニイクを招いて、彼の能力を見定めてやろうというのだ。それが、サムは八時の晩餐のまえに死ぬというペニイクの予言を引き出し、まさに予言どおりの結果となってしまったのだ。しかも捜査を始めたマスターズ警部の前で、ペニイクはサムを殺したのは自分の思念波であると宣言した。前代未聞の不可解な事件に、警部が名探偵ヘンリー・メリヴェール卿の出馬を仰いだ矢先、またしても予言殺人が……!
カー独得の怪奇趣味が、本格推理の謎と見事に融合した傑作といえる。警告――各所にあたえられた読者への指針に留意あって、読者よ欺かるるなかれ!


2022年6月に読んだ最初の本です。
上の書影は文庫本のものですが、実際に手に取ったのはポケミスです。amazon でポケミスの書影は見つからなかったので。なのであらすじもポケミスのものです。
非常に高名な作品で、ずっと読みたいと思っていたものです。
文庫にならないなぁ、としびれをきらしてポケミスを買って積読にしているうちになんと文庫化されてしまいました......

まず、タイトルがいいですよね。
「読者よ欺かるるなかれ」
原題を直訳すると、「読者は警告される」(あるいは能動的に訳して「読者に警告する」)
これを「読者よ欺かるるなかれ」と訳したのは訳者のお手柄ですよね。雰囲気、抜群。
これは、小説の折々に挟まれる、記述者(と思われる)サーンダーズ博士から読者への注に由来します。
たとえば76ページ下段では
「サム・コンスタブルを殺害した方法は、犯人がわざと現場から身を遠去けて、何等かの機械的手段を利用して殺害したものと考えるのは非常な誤解である」
などと書かれ、これらの注は
「一言読者に警告を与える。」
と結ばれます。
この警告文が非常に効果的でして、こういう一種のメタ的な手法は、ある意味反則技ではあるのですが叙述トリック花盛りの昨今から考えると、何ら問題ないと言えそうです。
数え落としがなければ、三ヶ所あります。
あとの二つのポイントは
「本事件は、犯人の単独行動であって、その殺人計画を知っていたり、またはこれに手を貸したりした人物はひとりもいない」(131ページ下段)
「この事件における殺人動機は、もちろん、物語のうちにあますところなく述べられているが、疎漏の読者の見逃していることを恐れる。」(185ページ下段)

ただ、肝心の事件の方がちょっと弱い。
思念放射(テレフォース)などという魅力的な謎で引っ張って、まさに幽霊の正体見たりなんとやらという感じです。
加えて、文献まで提示して補強しているものの、「さすがにこれはなしだろう、アウトですよ、カーさん」と言いたくなるような事象まであります。

カーらしさを逆手にとったような部分もあり、とても楽しく読めて満足しましたが、傑作としてお勧めするのは躊躇してしまいますね。


<蛇足1>
「母屋につづく拱路(アーチウェイ)のむこうから、いそいで近づいてくる足音が聞えた。」(36ページ上段)
拱路は、以前「奇商クラブ」(創元推理文庫)(感想ページはこちら)の感想で触れた「拱道」の類語ですね。

<蛇足2>
「遠慮なく言わせてもらえば、あれば失敗作だからね。犯人が死骸を荷車に載せて、ロンドン中を曳きまわし、揚句のはてに、ハイド公園(パーク)で死んだように見せかけるなんて、こいつばかりは、全然頂けないな。」(37ページ下段)
あれ? カーに似たような作品ありませんでしたっけ?(笑)

<蛇足3>
「あれでしたら、拝見させて頂きました。」(38ページ上段)
奥付によるとポケミスの初版は1958年。その頃から「拝見させて頂」くという二重に間違った敬語が広まっていたのですね。

<蛇足4>
「正直いって、お料理って、ずいぶん変なお仕事だわね。初めてやってみたけど、あたし、すっかり疲れてしまったわ。(略)」
「(略)お料理なんて、時間と労力が無駄で、自分でやることはないわ。」(107ページ下段)
なかなか大胆な会話だと思いました。
こういう意識も、イギリスの料理はまずいことの遠因かもしれませんね。

<蛇足5>
「ほんとうに、心からあなたさまを崇拝しておりますの。お扱いになった事件は、残らず承知しております。三〇年のダーワース事件、三一年のクリスマスの映画スター事件、マントリング卿の密室事件。全部覚えておりますわ。」(114ページ下段)
登場人物の一人がH・M卿にいうセリフですが、ここに列挙されている事件、いわゆる「描かれなかった事件」なんでしょうか?

<蛇足6>
「ではあなたは、ペニイクが御良人を、例の神秘的手段で殺害したと主張されるんですね?」(115ページ上段)
「良人」は「おっと」と読むと思っていたので、「御良人」だとなんと読むのだろう?と思ってしまいました。
そのまま「りょうじん」という読み方もあるのですね。しかし「ごりょうじん」と言って伝わるのでしょうか?

<蛇足7>
「マイナのこころは、ふたたび穀のなかにこもってしまったらしく」(116ページ下段)
穀は殻の間違いでしょうね。
「最上階にある庁内食道で、マスターズ警部とH・Mと三人でひるの食事をとりながら打合せわをするためだった。」(143ページ下段)
ここの食道も食堂ですね。

<蛇足8>
「こんな話がある。エジプトの古墳発掘団にまつわる怪事件で、団員が順々に、ファラオの呪で仆れていくってのですよ。事実は、一酸化炭素を巧妙に使ってるんです。」(130ページ上段)
ニヤリとしてしまいますね。

<蛇足9>
「どうして奥さんは、モルヒネを飲んだっていうのに、そうやって、起きていられるのです?」(136ページ上段)
ミステリをかなり読んでいるというのに、モルヒネの副作用として眠気があるという事実をしっかりと認識していませんでした。単なる鎮痛効果のみかと思っていました。

<蛇足10>
229ページ上段「ロンドン地区では」以下で語られる内容は、二度のロンドン暮らしでもその通りで、いまでもその規制は続いているんですよね。
イギリスにウォシュレットがない理由のうちの一つです。


原題:The Reader is Warned
著者:Carter Dickson
刊行:1939年
訳者:宇野利泰




nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 13

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。