SSブログ

疑心 隠蔽捜査3 [日本の作家 か行]


疑心 隠蔽捜査3 (新潮文庫)

疑心 隠蔽捜査3 (新潮文庫)

  • 作者: 今野 敏
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/01/28
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
アメリカ大統領の訪日が決定。大森署署長・竜崎伸也警視長は、羽田空港を含む第二方面警備本部本部長に抜擢された。やがて日本人がテロを企図しているという情報が入り、その双肩にさらなる重責がのしかかる。米シークレットサービスとの摩擦。そして、臨時に補佐を務める美しい女性キャリア・畠山美奈子へ抱いてしまった狂おしい恋心。竜崎は、この難局をいかにして乗り切るのか?。


7月に読んだ本の感想を5冊分書いたところで、読了本落穂拾いを。
今野敏の隠蔽捜査シリーズ第3作です。
いま気づきましたが、今野敏の作品の感想を書くのは初めてですね。
今野敏といえば、かなりの多作家ですが、あまり読んでいません(10冊くらいは読んでいますが)。
というのも、今野敏が主戦場としている警察小説を、こちらがあまり得意としていないからです。

そんな得意としない警察小説のなかでは珍しくシリーズとして読んでいるのがこの隠蔽捜査シリーズです。
シリーズ第1作「隠蔽捜査」 (新潮文庫)で吉川英治文学新人賞を、シリーズ第2作である前作「果断 隠蔽捜査2」 (新潮文庫)で日本推理作家協会賞を受賞している看板シリーズですね。

さすがはベテラン作家、非常に読みやすく、安心して物語世界に浸ることができました。
主人公である竜崎は大森署長という職位に釣り合わない、方面警備本部長に任命されるという甚だ異例な発令を受け、アメリカ大統領の来日に向けての警備・警戒を指揮することになる。
これはまた、大統領の警備にあたるシークレット・サービスとも渡り合わねばならない仕事で......

と、竜崎が難局に立ち向かわねばならないような状況に陥らされてしまうという、ここはいいのです。
なんですが、その後の展開などを見ると、この作品はシリーズとしては失敗作なのではないかと思えてなりません。

このシリーズ、竜崎のキャラクターを売りにしている、と思うのです。
ばりばりの原理原則主義者。解説で関口苑生が書いている通り「たてまえを貫くことこそが正義であり、正論なのだと固く信じて疑わない人物」なのです。
本音と建前というのが通用しない厄介な人物。

ところが、この「疑心 隠蔽捜査3」 (新潮文庫)では、竜崎がぶれます。ぶれると言って言い過ぎであれば、揺らぎます、揺れます。
その揺らぐ要因が、なんと、恋。
相手は方面警備本部長である竜崎の補佐役として送り込まれてきた女性キャリア。
しかもほぼ一目惚れ。

いや、いいんですよ、一目惚れ。
警察署長を務めるような、階級が警視長レベルの人でも、そりゃあ、一目惚れすることはあるでしょう。
竜崎だって人間だった。原理原則主義者を揺るがすほどの、身を焦がす恋なんだ。そういう設定で竜崎の人間らしさを描いた作品なんだと、こういうことなんでしょう。
でも、竜崎の懊悩が、あまりにもナイーブ。まるで思春期の中学生のよう。

さして、この窮地から脱するきっかけが、禅の公案「婆子焼庵(ばすしょうあん)」。
いや、おじさん世代には似つかわしいのかもしれませんが、あまりにも類型的ではありませんか。

「電話が切れた。上司より先に電話を切る警察官も珍しい。いや、社会人として失格だろう。竜崎はそんなことを思いながら、受話器を置いた。
 そして、ふと思った。
 俺は、いつからこんなことを気にするようになったのだろう。どちらが先に電話を切ろうが、たいした問題ではない。大切なのは、電話の内容だ。情報がちゃんと伝わるかどうかが重要なのだ。」(330ページ)
こんな判断が混乱するくらい恋に翻弄されて、それが身についてしまった、ということでしょうか?
しかし、こんなことまで影響を受けるとすると、もともと竜崎の持っていた「ばりばりの原理原則主義」というものが、残念ながら薄っぺらなものに思えてしまいました。

さらに、ミステリとしての事件も、あまり盛り上がることなく解決を迎えます。
捜査も行き当たりばったり的。
竜崎にすぐ上に引用した感慨を抱かせた戸高刑事というのがいいキャラクターのように見受けられましたが、それだけ。
その結果、難局を打開したのは、竜崎の差配ではなく、単なる運としか思えない仕上がりになっています。

この作品は、隠蔽捜査シリーズではなく、竜崎以外の人物を主人公に据えたほうがよかったのではないでしょうか?
警察小説をあまり読んでいないだけに、逆に期待するところの大きいシリーズなのですが、面白く読めたものの、今回は期待外れでした。



nice!(14)  コメント(0) 
共通テーマ: