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モノグラム殺人事件 [海外の作家 は行]


モノグラム殺人事件 (クリスティー文庫)

モノグラム殺人事件 (クリスティー文庫)

  • 作者: ソフィー ハナ
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2016/09/21
  • メディア: 新書


<裏表紙あらすじ>
ポアロが夕べを過ごしていた珈琲館に、半狂乱の女が駆け込んできた。誰かに追われている様子。事情を聞くと、女は自分は殺される予定なのだと震えながら答える。同じ頃、近くのホテルでは三つの死体が発見されていた。それぞれの口には同じカフスボタンが入れられていて……。〈名探偵ポアロ〉シリーズ、公認続篇。


ポアロ(個人的にはポワロと書きたい...)の公認続編。なんという魅力的な 
遅れ馳せながら、読みました(奥付によると文庫化は2016年9月です)。

まあ、しかし、なんだか読みにくかったですね。
作者が悪いのか、訳者が悪いのか、わかりませんが。
文章があまりこなれていないので、訳のせいという部分もかなりありそうに感じましたが。
語り手が刑事、というのもいただけないなぁ、と感じました。解説の数藤康雄によれば年代的にヘイスティングス大尉は使えなかったようですが、やはりヘイスティングスに出てきてほしかったですね。ヘイスティングスでなくても刑事は避けたほうがよかったのではないでしょうか? クリスティの世界なら。しかも、刑事のトラウマみたいなのが繰り返し出てくるのはやりすぎというものです。不要です。
また、お話そのものの方も、本家クリスティーに似たテイストを求めちゃいかんのでしょうが、期待外れでした。
なによりもクリスティにしては、プロットが複雑すぎます。
複雑にしすぎたせいで、あいまいになっちゃっている点もあったような。
たとえば、あらすじでも触れられているカフスボタン。被害者の口の中で置かれていた位置が一人だけ違うのはなぜか、とポアロがしつこく、しつこく拘って(まさに字義通り拘って)取り上げたのに、解決ではさほど...あれ? どうなったのかな? こんなに強調したのなら、少なくともミステリ的にはおおっと思わせるような、あるいはニヤリとさせるような解釈を用意しておいてくれないと、がっかりします。
ここまで複雑に入り組ませてわかりにくくしなくても、クリスティならどーんと背負い投げを食らわせてくれたはず。真相を読者に掴ませないように、せっせせっせと複雑に複雑にしてしまったんでしょうねぇ。
そういう郷愁(?)を求めるのは間違いなんでしょうけどね。でもやはり公認続編なんていうと、期待してしまうではないですか。
(ちなみに、あまりパスティーシュのないポアロ物が公認という形で今頃出てきた背景が数藤康雄の解説に書かれていますが、なんか切ないですねぇ。泉下のクリスティ、まったく喜んでないのではないでしょうか。)

とはいえ、複雑すぎて損をしていますが、意外と(失礼)謎解きにクリスティらしさを盛り込もうとした痕跡はあるんですよね。
そういう面での長所を挙げておくと、まずなにより、謎解きの根幹となる部分が、クリスティのように人間関係の逆転(ネタバレに限りなく近いので色を変えて伏字にしています)をキーにしているところ。
これには満足! ちょっと現代風にどぎつくなっているのは気になりましたが、こういうリスペクトはいいですね!
また小技ですが、あらすじにも引用されている珈琲館での冒頭のシーンでも、クリスティならでは、というか、クリスティが得意としたひねり(小技)が加えられていて、冒頭のシーン(16ページ)でも堂々と、また途中(272ページ)にもはっきりとあからさまにヒントが出されているのですが、333ページでさらっと説明されると、やはりにやりとできました。

ということで、我ながらネガティブなコメントが勝っているように思いますが、ポアロ物だと思わなければ(まあ、名前がポアロで何度も出てくるんでそう思わないのもなかなか骨が折れるんですが)、謎解きミステリとしては面白かったと思います。
クリスティらしさを期待して読むと欠点だと感じてしまう複雑なプロットも、現代の謎解きとしてはそれなりに味わい深いです。



<蛇足1>
ここは翻訳するのが非常に難しいところだと思うので、本書の翻訳がまずい例として挙げるわけではないのですが、
「あなたの目は……頭の良さ以上のものを見せています。賢さです。」(245ページ)
というのはなんとかならなかったのか、と思いますね。
原文をあたっていないのにこんなことを言うのはいけないのかもしれませんが、「頭の良さ」と「賢さ」という訳語の対比ではまったく伝わらないのでは?

<蛇足2>
途中章題にもなっている「ノックせよ、誰が戸口に現れるか」。
ポアロのセリフで、『「ノックせよ、誰が戸口に現れるか」というゲーム』とされていますが、ひょっとすると、これ、ノックノック・ジョークのことではないでしょうか?
英語圏では非常によく知られたもので、wikipedia にリンクを貼ったのでそちらの説明をご覧いただければ詳しいですが、
Knock! Knock!
Knock Who?
に続けて、英語の駄洒落をいうもので、最初の Knock Knockは、ノックせよ、という命令文というより、むしろ日本語ではコン、コンと叩くノックの音=擬音語なんじゃないかという気がします。
高校の英語の教科書に出てきました...

<蛇足3>
「冷めた紅茶! 考えられません(デギュラス)」(109ページ)
というポアロのセリフににやりとしてしまいました。
ポアロの発言なのでこれはベルギー人のセリフということになりますが、イギリス人はいまでもこういうことを言う人多いです。アイス・ティーもいまやふんだんに売ってはいますが。
対する冷めた紅茶を飲むのは、イギリス人の刑事さん。ほんの20年ほど前にはアイスティーなどほとんど存在しない国だったことを考えると、舞台となっている年代的にはかなりの変わり者、ということになりますね。


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