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花窗玻璃 天使たちの殺意 [日本の作家 深水黎一郎]


花窗玻璃 天使たちの殺意 (河出文庫)

花窗玻璃 天使たちの殺意 (河出文庫)

  • 作者: 深水 黎一郎
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2015/10/06
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
仏・ランス大聖堂の南塔から男が転落、地上八十一・五メートルにある塔は密室状態で、警察は自死と断定した。だが半年後、再び死者が。被害者の共通点は死の直前、シャガールの花窗玻璃(ステンドグラス)を見ていたこと。ここは…呪われている? 壮麗な建築と歴史に隠された、事件の意外な結末。これぞミステリー! 『最後のトリック』著者による異形の傑作。


「エコール・ド・パリ殺人事件 レザルティスト・モウディ」 (講談社文庫) (ブログの感想ページへのリンクはこちら
「トスカの接吻 オペラ・ミステリオーザ」 (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら
に続くシリーズ第3弾。

タイトルは「はなまどはり」とふりがながついています。
同時に、本文中には「ステンドグラス」とルビがついています。

今度の題材は、フランスのランス大聖堂。この作品の表記に従えば蘭斯大聖堂。
行ったことあるはずなんですが、記憶にありません......とほほ。
シャガールの手によるステンドグラスがあることで有名、とのことです。見たはず......だよなぁ。
そのシャガールのステンドグラスを、登場人物の口を通してくさしているのがポイントですね(笑)。
とてもおもしろい。

神泉寺瞬一郎による手記が大部分を占めています。
その手記、タイトルも「花窗玻璃」でステンドグラスを難しい漢字で表記されていますが、本文も漢字のオンパレードで、カタカナは読者の便宜を図るためと思われるルビ以外は使われていません。
すごい。
また旧字体を使っているところがあちこちに。
これが不思議と読みにくいと思いませんでしたね。むしろワクワクしました。
なぜ現代の人物である神泉寺瞬一郎がこんな表記を手記に採用したのか、という理由がふるっています。
「舞台であるランス大聖堂、その壮麗極まりない威容を日本語の文章で表現するのには、この文体、この表記しかないと思ったんです。この表記でなければ、絶対に負けると思ったんです。」(186ページ)
結構、このあたりの日本語論、神泉寺瞬一郎のセリフに力が入っていまして、作者の主張でもあるのかな、と思えてとても楽しかったですね。
「ルビこそは、日本語最大の発明の一つなんですよ!」
「日本語は、外来語の意味を漢字という表意文字で示しながら、読み方はルビによって、言語にかなり忠実に読ませることができるという、表意文字と表音文字の両方の良いところ取りをするのに成功した、正に奇跡のような言語なんですよ。」(193ページ)
なんだか楽しくなってきませんか? (もっとも、個人的には「最大の~一つ」という言い回しが気になりますが)

こういう文章で綴られる、大聖堂そのもの、ステンドグラス、その他に対する蘊蓄がとても楽しい作品です。
たとえば......

「哥徳(ゴシック)式の大伽藍の場合、一つの聖堂の建設に一〇〇年かかるなんてのはざらで、何度も中断を挟んで三〇〇年四〇〇年なんてこともある」
「巴塞隆納(バルセロナ)の聖家族贖罪教堂(サグラダ・ファミリア)が、高第(ガウディ)の死後現在でも建設されていることがよく喧伝されるが、このままの調子で完成したら、教会建築の工事期間としては、むしろ短い方になるだろう。」(ともに144ページ)
へえ。すごい。
サグラダ・ファミリアのことをうけて、だからスペイン人は......なんていう物言いもありますが、スペイン人だからとは言えないのですね。おもしろい。

あるいは......

「この巨大な建築物に塔はこの西正面の二本だけ、しかもその上に尖塔(フレッシュ)は載っていない。フランス(仏蘭西)の哥徳(ゴシック)建築は、あくまでも調和と均衡(バランス)重視なのであり、南北の正立面にも双塔を建て、さらにその上に尖塔、また交差部(クロワゼ)には大尖塔と、やたらめったら天を窄めたがる英吉利(イギリス)や独逸(ドイツ)の哥徳(ゴシック)建築とは、一線を画しているのだ。高い塔は建てないものの、その代わり親の仇のように矢鱈に小尖塔(ピナクル)を建てたがる北伊太利亜(イタリア)の哥徳(ゴシック)ともまた違っている(米蘭(ミラノ)の大聖堂(ドゥオーモ)など、実に一三五基もの小尖塔(ピナクル)があって、まるで巨大な蝟(はりねずみ)のようだ)。現在巴里(パリ)の聖母院(ノートル・ダム)の交差部(クロワゼ)には大尖塔(グランド・フレッシュ)が聳えていて、華美好きな観光客たちの目を楽しませているが、あれは十九世紀の著名な建築家兼修復家、維歐勒・勒・杜克(ヴィオレ・ル・デュック)によるものである。」(138~139ページ)......これPCで打つの大変でした(笑) ルビを括弧書きで書くしかないのでちょっと見た目がうるさいですね。ルビだとさほど見苦しくないのですが。

事件のほうは、大聖堂からの墜死と天使の幻覚を見た後に死んだ浮浪者の2つです。
墜死事件は、情景を思い浮かべるとかなり絵になるトリックで好印象なのですが、個人的にはこのトリックその場にいる人たちにはわかっちゃうんじゃないかなあ、と心配になりました。上手に処理されてはいるんですが、それにしても。大丈夫なのかな?
死んだ浮浪者のほうのトリックも、なかなか乙です。(人が死ぬのに乙とはひどい表現ですが)
伏線が効果的にひかれていていいなと思いました。

それにしても、ぼくが買ったバージョンの帯はいただけないですね。
「あなたはまた巻き込まれる
 『最後のトリック』の次の挑戦状--
 被害者は読者全員!?」
そういう狙いの作品ではないと思います。

帯に対する不平は、作者の責任ではないので抑えておくとして、このシリーズ、とても楽しいですね。
快調です。ずっと続けてほしい。

この作品、もともとは「花窗玻璃 シャガールの黙示」というタイトルで講談社ノベルスから出版されたものです。文庫化は河出文庫になりましたね。文庫化にあたってサブタイトルが変更になっています。
シリーズ第3作であるこの「花窗玻璃 天使たちの殺意」より先に第4作「ジークフリートの剣」 が講談社文庫で文庫化されていましたが、とても楽しみです。
できる限り順番に読もうと積読にしてありました。
でも日本に置いて来てしまったので、読めるのはいつになることやら......


<蛇足1>
フェルメール(維梅爾)の「真珠の耳飾りの少女」の原画ではないかという美術史家がいるという、グイド・レーニの絵について触れられていますが、タイトルが書かれていませんね。(86ページ~)
ローマの国立古典絵画館に所蔵されているそうです。
まったく知りませんでした。興味がわきました。見に行きたいですね。

<蛇足2>
若き日の神泉寺瞬一郎(といっても手記の段階でもまだ十分若いような気がしますが)を打ちのめした画家として、デューラー(杜勒)が出てきます。ランスの市立美術館にも作品が収められているようです(127ページ)。

<蛇足3>
作者肝いりの漢字・ルビ表記ですが、ダイイング・メッセージは、垂死伝言、となっています(201ページ)。
「死に際の伝言」という表記にダイイング・メッセージとルビを振るのはよく見ますが.....新しい表記ですね。

<蛇足4>
「全くここにこんな良い女が、彼氏いない歴年齢で一生懸命頑張って生きているのに!」(249ページ)
結構日本語に自覚的な設定の神泉寺瞬一郎ですが、「一生懸命」はOKなんですね。
もっとも
「標準の日本語が存在することは一向に構いませんが、それが唯一正しい日本語で、それ以外の日本語は間違いだとする言語ファシズムには、僕は断固として反対します」(191ページ)
という彼のことだから、こんなことをいうと言語ファシズムと指弾されるかも。





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