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老虎残夢 [日本の作家 ま行]


老虎残夢

老虎残夢

  • 作者: 桃野 雑派
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2021/09/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

<帯から>
最侠のヒロイン誕生!
湖上の楼閣で舞い、少女は大人になった。
彼女が求めるのは、復讐か恋か? <表側>

私は愛されていたのだろうか?
問うべき師が息絶えたのは、圧倒的な密室だった。
碧い目をした武術の達人梁泰隆。その弟子で、決して癒えぬ傷をもつ蒼紫苑。料理上手な泰隆の養女梁恋華。三人慎ましく暮らしていければ、幸せだったのに。雪の降る夜、その平穏な暮らしは打ち破られた。
「館」×「孤島」×「特殊設定」×「百合」!
乱歩賞の逆襲が始まった! <裏側>


2023年1月に読んだ4冊目の本です。
単行本で、第67回江戸川乱歩賞受賞作。
このときは伏尾美紀の「北緯43度のコールドケース」(講談社)と同時受賞です。

引用した帯に
「館」×「孤島」×「特殊設定」×「百合」!
とあるように盛り沢山です。
出だしがなんだか読みづらかったのですが、途中から勢いがついて読み進みました。

ミステリ的な部分は、巻末の綾辻行人の選評が簡潔です。
「外功、内功、軽功を鍛錬した武術の達人たちが居揃う中で発生する変死事件。現場は密室的な状況にあった湖上の楼閣。」
人間離れした技を持つこの武侠の達人たちがいる世界というのが特殊設定ですね。
密室状況が密室でなくなってしまう技を持っていたりするわけですから。

ちょっともたもたする部分もありますが、この技の取り扱いは面白かったですね。
ネタバレにならないようぼかして書きますが、キーとなる技は事前に読者にもきちんとさらしてくれているところとか、技のオン、オフの扱いとかですね。
ここはミステリとして重要なポイントになると思いますが、更にポイントとなるのが謎解きシーンで、多重解決と言ってもよいような展開を見せてくれます。

最後に突き止められる真相は、非常にシンプルなものになっているので、すぐに分かったとか、あるいはがっかりという読者もいらっしゃるかもしれませんが、個人的には感心しました。
通常特殊設定のミステリの場合、特殊設定だからこそという謎解きが用意されます。
たとえば特殊設定だから密室が構成できた。だから犯人は〇〇だ! あるいは特殊設定だから〇〇には密室が作れない、などという感じです。
ぼかした言い方がうまくできるか自信がないので、ネタバレを避けたい方は次の行あきのところまで飛ばしていただければと思うのですが、そうやって特殊設定を利用して犯人を絞り込んでいくのが通例かと思うところ、すなわち、AでもないBでもない、だからCだ、となるところ、この作品の場合はAでもBでもCでも不可能状況を打破できるというかたちに持ち込んでいるのが面白いと感じたのです。

もう一つ、南宋を舞台としていることから、物語の背景が壮大であることも大きなポイントだと思いました。
広大な物語を背景に、非常に狭い範囲での事件を描く。
このあたりもこの作品の面白さなのだと感じます。
被害者が伝えようとしていた奥義とは何かというのも、この作品も見どころの一つで、その点と犯人が犯行を武術の達人たちが揃うこの湖上の楼閣で行おうとした理由とがきちんとリンクしているのがよかったです──といいつつ、この理由は明記されていないのでぼくの推察なのですが。

この作品を読んだだけですが、どうもこの作者なんか変なこと(褒め言葉として)をしてくれそうな気がします。


<蛇足1>
「断袖や磨鏡は珍しくないが、自分達の関係は、江湖では近親相姦に等しい。」(191ページ)
教養のなさを露呈してしまいますが、断袖も磨鏡もわかりませんでした。
出てきたところで調べてしまいましたが、ちゃんと210ページに説明が出てきます。
漢の哀帝と董賢の断袖のエピソード、結構微笑ましいというか、ロマンティック?なエピソードですね。

<蛇足2>
「有名な孫子の一節にも、次のようにある。
 故に其の疾きこと風の如く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知りがたきこと陰の如く、動くこと雷霆の如し、郷を掠めて衆を分かち、地を廓(ひろ)めて利を分かち、権を懸けて動く。」(226ページ)
教養のなさの露呈第2弾ですが、武田信玄しか思い浮かびませんでした......

<蛇足3>
「水清ければ魚棲まずとは、孔子が口にした言葉である。」(244ページ)
またもや教養のなさを露呈ですが、この文言は歴史に授業で松平定信のところで出てきた狂歌でしか知りませんでした。


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