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青白く輝く月を見たか? [日本の作家 森博嗣]

青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light? (講談社タイガ)

青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light? (講談社タイガ)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2017/06/21
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
オーロラ。北極基地に設置され、基地の閉鎖後、忘れさられたスーパ・コンピュータ。彼女は海底五千メートルで稼働し続けた。データを集積し、思考を重ね、そしていまジレンマに陥っていた。
放置しておけば暴走の可能性もあるとして、オーロラの停止を依頼されるハギリだが、オーロラとは接触することも出来ない。
孤独な人工知能が描く夢とは。知性が涵養する萌芽の物語。


Wシリーズの第6作です。
前々作「デボラ、眠っているのか? Deborah, Are You Sleeping?」 (講談社タイガ)(感想ページへのリンクはこちら)と前作「私たちは生きているのか? Are We Under the Biofeedback?」 (講談社タイガ)(感想ページへのリンクはこちら)は日本で読んでいたものをロンドンに来てから再読しましたが、この「青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?」 (講談社タイガ)から初めて読むことになります。

今回の舞台は北極基地。
北極基地にある、核弾頭を発射できる戦艦を操ることができるポジションにいるコンピュータがオーロラです。
なんと真賀田四季本人が現れ(41ページ~)、オーロラを止めるようハギリに直接依頼します。さらっとチベットのアミラの本名はスカーレットだと(43ページ)というシーンつきで。
いやいや、なんだかすごいことになってきましたよ。
シリーズを通して進んできた思索(?) もかなりの地点に到達しています。
思索と同時に、コンピュータも進化? していることが分かってきています。

たとえばオーロラに対して、ハギリはこういう感想を抱きます。
「その言葉は、信じられない不完全性の表れだった。人工知能が発した言葉とは思えない。なんと、ぼんやりとした思考、行き当たりばったりの行動だろう。その点は、驚愕に値する。
 これは、進化なのか。
 これが、神を目指した知能の先鋭なのか。
 それとも、人工知能も老いるのか。」(241ページ)
これを受けて、いつものテーマが
「つまり、進化も成長も、それはただ老いることなのかもしれない。
 老いなければ、成長できない。
 老いなければ、子供も生まれない。」(241ページ)
というように敷衍されます。

またこのシリーズの世界観の目指すもの、というのか目指す世界観というのかも、示されています。
たとえば
「おそらくそれは、マガタ博士が目指している共通思考だろう。ぼんやりと、そこにしか道はない、という感覚を僕は抱きつつある。すなわち、人間もウォーカロンも人工知能も、すべてを取り込んだ次世代の生命だ。有機も無機もない、生命も非生命もない、現実も仮想もない、すべてが一つになった地球だろう」(266ページ)
ハギリとオーロラの共同研究というのもなかなか興味深いですね(264ページ~)。
「頭脳回路の局所欠損によるニューラルネットの回避応答が、偶発的な思考トリップを起動する。インスピレーションのメカニズムは、これらの転移の連鎖から生じるものであり、人類に特有のものではない、というのが、僕とオーロラが連名で発表した論文の要旨だ。そして、それは同時に、人類と人工思考体の最後のギャップを埋める可能性を秘めた一歩になるはずだ」(267ページ)
というのですから。

シリーズ的には、ラストが衝撃的でした。
だって、ウグイが昇格(!) したとかいって、ハギリの護衛を離れるというのです!!
後任は、あのキガタ・サリノだというから新しい展開にも期待できますが、うーん、ウグイに会えなくなるのは残念ですねぇ...


英語タイトルと章題も記録しておきます。
Did the Moon Shed a Pale Light?
第1章 赤い光 Red Light
第2章 青い光 Blue Light
第3章 白い光 White Light
第4章 黒い光 Black Light
今回引用されているのは、アーサー・C・クラークの「幼年期の終り」 (ハヤカワ文庫 SF)です。


<蛇足1>
「女優というものが人間の職業として今でもあればだが。」(9ページ)
というところで、ちょっと考えてしまいました。
ジェンダーの視点で書かれているわけではないでしょうから、女優というか俳優というものが職業として存在しない世界になっているということかと思います。
どういうことでしょうか?
人が死ななくなった世界、ということで、映画やドラマを人間は観なくなるということでしょうか? 自分の人生に限界がないから、自分でないものの人生を見る(あるいは覗き見る)ことが娯楽にならなくなる、ということ?
あるいは、映画やドラマは人間がやるのではなく、すべてCGというか仮想で構築されるようになっている、ということ?

<蛇足2>
「ピラミッドにもコンピュータがあるのですか?」(23ページ)
というやりとりが出てきます。
「残念ながら、そんな話は聞いたことがなかった。この時点では、ということだが」
と地の文が続くのですが、とするとこのシリーズ、いつかはピラミッドを舞台にするのでしょうか!?




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