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カナリア殺人事件 [海外の作家 た行]

カナリア殺人事件【新訳版】 (創元推理文庫)

カナリア殺人事件【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: S・S・ヴァン・ダイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/04/21
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
ブロードウェイで男たちを手玉に取りつづけてきた、カナリアというあだ名の美しいもと女優が、密室で無残に殺害される。殺人事件の容疑者は、わずかに四人だが、犯人のきめ手となる証拠は皆無。矛盾だらけで不可解な犯罪に挑むのは、名探偵ファイロ・ヴァンス。独自の推理手法で犯人を突き止めようとするが……。『ベンスン殺人事件』で颯爽とデビューした著者が、その名声を確固たらしめたシリーズ第二弾、新訳・新カバーで登場!


ヴァン・ダインの新訳シリーズです。
今回の新訳で、「カナリヤ殺人事件」から「カナリア殺人事件」へ、微妙に表記が変わっています。
ヴァン・ダインの新訳シリーズ、すごーくゆっくりとしたペースで出ますね。
前作が出たのが2013年2月。この「カナリア殺人事件」 (創元推理文庫)が2018年4月なのでなんと5年ぶり! 「ベンスン殺人事件」感想)で
新訳シリーズの次の刊行、まさか3年後ではないですよね!?
と書いたのですが、3年どころか...

とかく蘊蓄が多くて退屈だ(*)、と言われがちなこのシリーズでしたが、新訳の「僧正殺人事件」 (創元推理文庫)(感想ページへのリンクはこちら)と「ベンスン殺人事件」は退屈しなかったんですよね。
でも、この「カナリア殺人事件」は、いささか退屈してしまいました...
事件捜査の最中に、オペラを観に行ってしまう探偵ってどうなんでしょう...(164ページ。ちなみに演目はジョルダーノの「マダム・サンジェーヌ」。知りません...)

現代の目からみるというのは公平ではないのかもしれませんが、この作品に使われるトリックがあまりにも陳腐なことは大きな欠点だと思います。
2つのトリックが使われていますが、密室トリックの方はあちこちで馬鹿にされる類のものですし、もう一つの方は時代的な技術レベルを考えてもトリックとして機能しない、通用しないのではないだろうかと変な心配をしてしまう内容です。
もっともこちらは、当時は斬新に思われたのでしょうし、現実の未解決事件を下敷きにしていることと相まって評判を呼んだのかもなぁ、とも思えます。

もっと個人的にいただけないなぁ、と思ったのは、ヴァンスの心理的推理。
非常に有名なシーンですが、ポーカーを通して犯人を突き止める(!)というのです。
ヴァンスによれば、
「ポーカーってのはね、マーカム、十のうち九までが心理ゲームなんだ。ゲームを理解してさえいれば、テーブルについた人間の心の内が、一年ばかり打ち解けてつきあうよりもずっとよくわかる」(323ページ)
ということなんですが、確かに賭け事などは人間性が伺えるというのは理解できなくもないですが、それはあくまで一面であって、ポーカーでもって犯人を突き止めるレベルにまでいくとは思えないんですよね。
「確実な賭けをするポーカー・プレイヤーってのはね、マーカム、きわめて巧妙かつこのうえなく有能なギャンブラーに備わっている利己的な自信には欠けるものなんだよ。運まかせに冒険したりとんでもないリスクを冒したりはしない。」
「しかるに、オウデルという娘を殺した男は、たった一度の運にすべてを賭けるたぐいまれなるギャンブラーだ。彼女を殺したのは大博打以外の何ものでもないよ。あんな犯罪をやってのけられるのは、どこまでも自己本位で、絶大なる自信があるゆえに確実な賭けを軽蔑してしまうようなギャンブラーだけだ」(345ページ)
と説明を加えられても、一面はね、と思うだけで、全体としてピンとくるものはありませんでした。
心理的推理を大いに喧伝する癖に、結局のところ決め手は上述のトリックに使った小道具という物理的証拠なのも竜頭蛇尾というか、尻すぼみというか、みっともない感じです(笑)。
「ベンスン殺人事件」と違って、物的証拠と心理的証拠のバランスが崩れてしまっている、と思いました。
でも、これも当時はかなりセンセーショナルだったのでしょうねぇ...

ということで、当時としては話題にもなり受けたのだろうな、と思えるものの、現代の観点から見るとちょっと辛い作品かなぁ、というのが感想です。

次は名作と誉れ高い「グリーン家殺人事件」 (創元推理文庫)ですね!
時間がかかってもいいので、新訳をお願いします!

(*)
ファイロ・ヴァンスが調子よく蘊蓄を披露しているところへ、マーカム検事が、
「行こう! 蘊蓄垂れ流しをとにかくせき止めるぞ」(130ページ)
というシーンがあって要注目です!!
蘊蓄はこの時代の人でもうるさいなぁ、と思う人がいたという証左ですし、作者自身も自覚しているということですよね!

そんな鬱陶しい(失礼!)蘊蓄ですが、おもしろいなと思ったものもあります。
「早く馬を走らせるものは、また早く馬を疲らせもする」(シェイクスピア「リチャード二世」
「分別をもってゆっくりとだ。駆けだすものはつまずくぞ」(シェイクスピア「ロミオとジュリエット」
「急いてはことを仕損じる」(モリエール「スガナレル」)
「うまく急ぐ者は、賢明に我慢できる」(チョーサー「カンタベリー物語」中の「メリペ物語」)
「上出来と大急ぎはめったに両立しない」
「せっかちに災い絶えず」
と、ずらっとならべて見せたところ(185ページ)です。
もっとも、ここに対してもマーカムは
「知ったことか! きみが寝物語を始める前に、ぼくは帰らせてもらう」
と言っていますが(笑)


原題:The Canary Murder Case
著者:S. S. Van Dine
刊行:1927年
訳者:日暮雅通



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ナミヤ雑貨店の奇蹟 [日本の作家 東野圭吾]

ナミヤ雑貨店の奇蹟 (角川文庫)

ナミヤ雑貨店の奇蹟 (角川文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 2014/11/22
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
悪事を働いた3人が逃げ込んだ古い家。そこはかつて悩み相談を請け負っていた雑貨店だった。廃業しているはずの店内に、突然シャッターの郵便口から悩み相談の手紙が落ちてきた。時空を超えて過去から投函されたのか? 3人は戸惑いながらも当時の店主・浪矢雄治に代わって返事を書くが……。次第に明らかになる雑貨店の秘密と、ある児童養護施設との関係。悩める人々を救ってきた雑貨店は、最後に再び奇蹟を起こせるか!?


東野圭吾の作品は一定の品質が保証されているようなものなので、安心して読めますが、帯の惹句が
「東野作品史上、もっとも泣ける感動ミステリー!」
なんて下品な謳い文句だこと。
「悩み相談、未来を知ってる私にお任せください」
というのも、中身を読んで書いたのかな? と思うくらい的外れな宣伝文句です。
角川文庫大丈夫か!?

さて、本書は、ミステリーというよりはファンタジーですね。
過去と現在がクロスするような設定が用いられているので、あえていうとSFファンタジー?
まあ、このあたりの設定そのものはちょっといい加減というか、あまり深く考えて設定されているようには思えませんでしたが、こういう設定を前提とすると、あとは如何に重層的にお話を組み合わせていくかに作者の手腕が問われるわけで、そのあたりは東野圭吾なので、うまいものです。

ナミヤ雑貨店に寄せられる悩み相談は、よくある、というか、ありふれたものでありながら、個別の事情というものもあり、簡単には回答が出せないものです。
「オリンピック選手を目指して練習に打ち込むべきか、不治の病で余命わずかの恋人に寄り添っているべきか」(相談者:月のウサギ)
「音楽で身を立てたいという夢を負うべきか、それともあきらめて実家の家業を継ぐべきか」(相談者:魚屋アーティスト)
「子供のできにくい身体にようやく授かった命。でも妊娠は不倫の結果であり、堕すべきか、生むべきか。」(相談者:グリーンリバー)
「平穏な中学生生活を送っていると思っていたら、家が夜逃げすることになり、両親についていくべきか、自分の信じる道を進むべきか」(相談者:ポール・レノン)
「経済的に自立したいと思っているのでいつか自分の店を持つのが夢で、腰掛けのようなOLを続けるべきか、ホステスを続けるべきか」(相談者:迷える子犬)
この乱暴な要約ではちゃんと伝わりませんが、背景含めて考えると、いろいろと重い問いです。
これらの問いに(全部ではありませんが)、三人組が対応できるのか、と当然思うのですが(もともとのナミヤ雑貨店の主、浪屋雄治にとっても難しいことだと思いますが)、そのあたりも作者は配慮していますね。そんなうまくいくパターンばかりじゃないだろう、という読者の想像にも一定の手当てはなされています。
これらの問いを通して、数多の登場人物を絡み合わせていきます。

重要な舞台、というよりはキーとなる場所として、ナミヤ雑貨店と児童養護施設「丸光園」の2つが挙げられます。
これらが強く結びついていきますので、これだけ重なることはない、不自然だ、という評価を下される読者もいらっしゃると思いますが、こういうストーリーの場合、不自然を承知で、幾重にも重層的に登場人物を重ね合わせていくほうが物語が面白くなるように思いますので、これでよいのだと思います。
殊に、最後にくるっと三人組の話に戻っていくあたりは、さすがベテラン作家と思えました。

ところで、ナミヤ雑貨店に忍び込む三人組、年齢設定等ちゃんと読み返して確認してはいないのですが、バブル経済の推移とかを詳しく知るような人物でしたでしょうか? なんとなくですが自分たちが生まれる前の日本の出来事をちゃんと把握しているような人物ではなかったかと思うのです。
344ページから書かれている内容ですが、作品のキーとなる部分なので、気になっています。


<蛇足>
「血の巡りの悪い頭で、一所懸命に考え抜きました」(231ページ)
とあってうれしくなりました。
東野圭吾、偉い! ちゃんと「一所懸命」ですね。当たり前なんですが、間違っている小説が多いので...


タグ:東野圭吾
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身代わり島 [日本の作家 石持浅海]

身代わり島 (朝日文庫)

身代わり島 (朝日文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2014/12/05
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
景観豊かな鳥羽湾に浮かぶ本郷島が舞台となった大ヒットアニメーション映画『鹿子の夏』のイベント開催を実現させるため、木内圭子ら発起人5名は島を訪れる。しかし打ち合わせをはじめた矢先、メンバーの辺見鈴香が変わり果てた姿で発見される…。


石持浅海の本は、以前感想を書いた「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」 (祥伝社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)のあと、「トラップ・ハウス」 (光文社文庫)を読んでいるのですが、感想を書けませんでした。

クローズド・サークル大好き作家である石持浅海ですが、「身代わり島」 (朝日文庫)は、島を舞台にしているといってもクローズド・サークル物ではありません。

冒頭、序章で戦時中の本郷島の様子が描かれます。
第一章になると一転、現代となり、本郷島へやってくる主人公たちのストーリーとなります。
(島には、明らかに序章に登場した人たちの子孫と思われる人物がいて、物語にも登場するのですが、そのあたりはまったく触れられません。なんらかの形で先祖の経験を話してくれるシーンがあったほうが自然だったのではと思いましたが、本筋とは関係のない話です)
視点人物は木内圭子なんですが、彼女が何かを隠している感じが濃厚です。
これがまず問題。結局、思わせぶりなだけで大して隠していることに意味がなかった...これなら、さっさと読者には明かしてしまってよかったのではないでしょうか?

このほかにもこの作品には残念なところがいっぱいです。
序章の戦時中のエピソードも、本郷島が身代わり島だという由縁も、中途半端な感じです。身代わり、というテーマを事件にも響かせることができているか、という点も、今一つ。
いつも石持浅海作品では問題となる動機については、今回はぎりぎり納得いくものが用意されていますが(といっても実際にそれで人を殺してしまうかどうかは、これでもまだ大きな疑問が残るのですが)、アニメの熱烈なファンという集団の中に置いたとき、あまりにもステレオタイプなので、ちょっとげんなり。それを狙ったのでしょうけれども。
犯人指摘の手がかりも、犯人の心理に着目したおもしろいものが用意されているのですが、おもしろいとは思ったものの、手がかりとしては不十分というか、いくらでも言い抜けが可能で突っ込みどころ満載な感じで、残念なパターン。
最後に明かされる全体の真相も、まさかあの名作(ネタバレですのでリンクをクリックするのはそれをご了承の上お願いします)を意識したものではないと思いますが、あの名作と違って、「あぁ、なるほど、そういう事か!!」とはならずに、「なんか、都合よくごまかしちゃったんだな」という感想を抱いてしまいます。
ミステリの部分を離れても、圭子が探偵役となる鳴川に惹かれていくのはわかるんですが、果たして鳴川がどう思っているのか、もうちょっと書き込みが必要な気がします。
全体に、ちぐはぐな印象がぬぐえません。
結構、おもしろく読んだんですけどねぇ、全体として振り返ってみると、あらばかりが目立っちゃった気がします。


<蛇足1>
「女の子を芸能界にスカウトする人間は、本人よりも母親を見るのだと聞いたことがある。母親が美人なら、その子は将来美人になる確率が高いかららしい。」(65ページ)
真偽のほどはわかりませんが、なるほどねー、と思ってしまいますね。

<蛇足2>
初日の夕食として民宿「高梨」でアイナメの刺身に加えて、唐揚げが用意されています。そして
「食後のデザートなのだろう。三角形に切られたスイカを運びながら」(70ページ)
と、デザートにスイカが用意されています。
ここであれっと思ってしまいました。
スイカと唐揚げって、いわゆる食べ合わせではなかったかなぁ、と。実際にはスイカと食べ合わせなのは、天ぷらでした。
もっとも、天ぷらであっても、本当にスイカと食べてはだめなのかはあまり科学的根拠はないようですが...ちょっと古臭いことを思い出してしまいました。

<蛇足3>
「災厄を招く原因を作った人間だったり、鹿子のことを子供と見下す人間だ」(94ページ)
「~たり、~たり」になっていませんね...「たり」は、繰り返すのが本来の用法だと思うのですが...

<蛇足4>
「浄土真宗」「木像より絵像、絵像より名号ですか。」(130ページ)
そして
「確か、真宗は偶像崇拝を禁じているとか」
「そうです。阿弥陀如来は光明であり、智慧ですから。本来、形のないものなのです。」(同)
というやりとりがあります。
そうなんですね、知りませんでした。

<蛇足5>
「よく冷えた麦茶が喉に心地よい。すっかり飲み干してしまうと、今度は熱いお茶を出してくれた。まるで石田三成だ。」(133ページ)
この石田三成のエピソード知っていたはずですが、思い出せませんでした。ネットで調べて、ああ、そうだったな、と。
我ながら、だいぶんボケてきていますね。


タグ:石持浅海
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大会を知らず [海外の作家 ジル・チャーチル]

大会を知らず (創元推理文庫)

大会を知らず (創元推理文庫)

  • 作者: ジル・チャーチル
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/09/20
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
自分たちの町で作家や出版関係者が集まるミステリ大会が開かれると知り、ジェーンは喜び勇んで親友のシェリイと参加することに。大会では憧れの作家に会え、自作の小説を持ち込む機会に恵まれた一方で、新人作家や名物編集者の振る舞いに眉をひそめることにもなる。そして、批評家の失踪を皮切りに事件が続発し……主婦探偵がイベントで起きた現実の事件に挑むシリーズ第14弾。


「キング&クイーン」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)で一休みしましたが、
「新聞王がボストンにやってきた」 (創元推理文庫)(感想ページへのリンクはこちら)、
「シナモンロールは追跡する」 (ヴィレッジブックス)(感想ページへのリンクはこちら
とコージー・ミステリを続けて読んだので、個人的なコージー・ミステリの元祖、ジル・チャーチルを読もうと思って手に取りました。

「眺めのいいヘマ」 (創元推理文庫)感想に書きましたが、もう一度。
コージー・ミステリを読むようになったのはこのシリーズがきっかけです。コージー・ミステリは謎の部分=ミステリの部分に手を抜いたもの、という勝手なイメージを当時持っていたのですが、「ゴミと罰」 はそのイメージを一掃してくれました。主婦探偵ならではの手がかりなどミステリ部分でも満足させてくれました。その後の作品でもミステリの要素がきちんと押さえられていて、安定したシリーズだと思います。今でもコージー・ミステリのなかで最高のシリーズだと考えています。
個人的には、意外な動機、に強いシリーズだと思っています。主婦が探偵をつとめるようなシチュエーションを考えてみると、誰が殺したのか?、ということはすなわち、なぜ殺したのか? を問うことにつながるケースが多いのではないかと思われ、その点でも手堅いシリーズです。

シリーズ第14弾の本書は、ミステリ大会が舞台です!
「新聞王がボストンにやってきた」の舞台が新聞協会の年次総会だったので、似通っていますね。原書の刊行年が、この「大会を知らず」が2003年、「新聞王がボストンにやってきた」が2004年なので、当時なにかそういう流行りでもあったのでしょうか?

ミステリ大会の中身も興味深く思えたのですが、そのうちの一つ、「雑学コンテスト」(135ページ~)っていうのがすごいですよ。
あるミステリ作品から短い文章を暗唱して、作者名と作品名、さらには出版年を当てる、というもの。
こんなのわかるんですか!?
超トリヴィアですね。

こういうミステリ大会の雰囲気がまず楽しい作品で、そこを楽しめばよいです。
事件の方は、殺人はなく、名物編集者を狙ったチョコレート異物混入事件?と評論家(批評家?)襲撃事件? です。
大会の喧騒や雰囲気を壊さない形の事件になっていて好感度大。

ただ、この作品にはとても大きな問題があって、ネタバレになってしまうんですが、編集者が新人の作品を読まない、なんてことがあるとは思えないんですよね。しかもかなりの前渡金を払うような作品だとしたら。(ネタバレにつき、文字の色を変えておきます)
言い訳は用意してあるのですが、これはさすがに無理があると思いました。

あと一つ。
ジェーンのミステリ観には異議を唱えておきたいです。
「優れた小説はみんなミステリだと思ってる。そういう小説には解き明かすべき謎の要素がなんらかの形で欠かせないから。たとえ犯罪がからむものではなくてもね。彼女はその男に、自ら態度を改める機会を与えるのかどうか、とか、裕福な祖父の遺言状に、彼の名前が載っている可能性はあるのか、とか。その子供ははたして意識を取り戻すのか、って具合に」(8ページ)
と説明されているのですが、後半の例に出されているものは、いくらなんでもミステリとは言い難いと思います。
ここまでミステリの枠を拡げることはちょっと考えられません。

シリーズ的には、メルの活躍が楽しかったです。
さておき、事件は無事解決し、ジェーンも作家デビューできそうだし(たぶん)、めでたし、めでたし、ですね!

今回の原題「Bell, Book, and Scandal」は、「Bell, Book, and Candle」のもじりのようです。
「Bell, Book, and Candle」は邦題「媚薬」という映画のようです(もとは戯曲とも)。ジェームズ・スチュワート、キム・ノヴァクが出ているのですね。知らない映画です。

このあと翻訳が途絶えています。
こちらのHPによると本国であと2冊出ているようなので、なんとか翻訳してください。できれば翻訳者を変更して。


<蛇足>
本書、ミステリ大会を舞台にしているだけあって、ミステリ作家の名前がいくつか出てきます。
「アガサ・クリスティ、マージェリー・アリンガム、ナイオ・マーシュ」(48ページ)
はさすがに知っていますが、
「エマ・レイサン、ドロシー・シンプソン、グウェンドリン・バトラー、それからルース・レンデル」(同)
ドロシー・シンプソン、グウェンドリン・バトラーの名前は128ページにも出てきます(128ページにはデボラ・クロンビーの名前も)。
でも、ドロシー・シンプソン、グウェンドリン・バトラーを知りません。
と思って調べてみると、グウェンドリン・バトラーの方は翻訳がないようですが、ドロシー・シンプソンは翻訳があります。「アリシア故郷に帰る」 (扶桑社ミステリー)
あれ? これ、読んでいるはずだ...



原題:Bell, Book, and Scandal
作者:Jill Churchill
刊行:2003年
翻訳:新谷寿美香


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ナイト&シャドウ [日本の作家 柳広司]

ナイト&シャドウ (講談社文庫)

ナイト&シャドウ (講談社文庫)

  • 作者: 柳 広司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/06/12
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
世界最強の警護官集団「シークレットサービス」での研修のため渡米したSP首藤は初日、フォトジャーナリストの美和子と出会う。国際テロ組織が大統領暗殺を予告し緊張が走るなか、美和子が誘拐される。首藤は相棒バーンと共に警護を完遂し、彼女を助け出すことができるのか。圧巻のボディガードミステリ。


柳広司は今年1月に「キング&クイーン」 (講談社文庫)を読んでいるのですが、感想は書けず。感想を書くのは「ダブル・ジョーカー」 (角川文庫)(感想ページへのリンクはこちら)以来ですから、ずいぶん久しぶりですね。

警視庁警備部警護課、通称”SP”から、アメリカ合衆国秘密検察局警護調査部、通称”シークレットサービス”に研修で遣わされた首藤が主人公です。

「シークレットサービスは、一八六五年、合衆国財務省の法執行機関として創設された。
 正式名称は”合衆国財務省秘密検察局”、アメリカで最も古い犯罪捜査機関の一つだ。
 一九〇一年まで、シークレットサービスの主たる任務は『通貨および政府発行の小切手・債券類の偽造を防止し、国家の経済構造を保持すること』であった。」(259ページ)
「シークレットサービスに《要人警護部門》が設けられたのは一八九四年、偶然の成り行きだ」
「シークレットサービスに大統領警護の法的権限が与えられたのは、一九〇一年にマッキンリー大統領が暗殺され、セオドア・ルーズベルトがその後を引き継いだ翌年からだ」(260ページ)
知りませんでした。皆さんご存じなのでしょうか?
映画や小説でシークレットサービスはそれなりに登場してくるのですが、財務省所属であるとか、昔は偽札バスターだったとか、聞いたことがないように思います。
揚げ足取りですが、11ページに最初にシークレットサービスの名称を掲げる際”財務省”を落としているのはどうしてかなぁ、と思いました。こう書くのが普通?

首藤が研修中に頭角を現し、日本の首相が訪米する際の大統領警護に実際に当たる、という展開なのですが、首藤がスーパーマンなんです。
この設定を受け付けない人もいると思います。
銃規制を求めるデモ中に起こった騒ぎにあたり、首藤が暴漢を取り押さえるくらいはいいのですが、この後も訓練で抜群の成績を収める続けて、他を圧倒するのですから。訓練だけではなく実戦でもいかんなくその手腕を発揮します。
でも、これは
「日本の剣の達人(マスター・オブ・ソードマン)、”ジェダイの騎士”というわけか……」(23ページ)
と首藤の指導役(?)、バディであるサム・バーンが感想を漏らしていることから想像したのですが、わざとそう狙って設定したものだと思います。
また、首藤は主人公なんですが、視点人物になることはほとんどありません。首藤の心情や考えが読者にさらされることもほとんどありません。
このため、物語がゲーム的というのか、非常に乾燥した感じで進んでいきます。

フォトジャーナリスト美和子という人物が出てきて、首藤と絡んでいくのですが、こちらは逆にうるさいくらいに心情描写がされます。
そのため一層首藤の謎めいたところが強調されてはいるのですが、このギャップも読者の好みのわかれるところではないでしょうか。

事件の方は、柳広司らしく、幾層にも入り組んだ構造を作り上げていて堪能しました。
裏の裏は表? 裏? みたいな感じ。こういうの好きなんですよね。
銃規制デモ、国際テロ組織《狼の谷》、《クリスタルタワー》と呼ばれる再開発ビル、大統領暗殺予告、日本の首相訪米、オペラ「魔弾の射手」...
それぞれのパーツも、うまく機能していたと思います。

ところで本書、2014年に単行本が刊行されたもので、本文中に年号は明示されていませんが(読み逃しでなければ)、かなり時代的には遡った設定になっています。
「新たな千年紀を迎えるにあたって合衆国の首都ではあちらこちらで再開発の計画が進行していた。」(266ページ)という記載もありますが、どうしてもっとはっきり何年と書かなかったのでしょう?
ラストを見ると、首藤を主人公にしたシリーズかも可能なようになっているように思われたので、そう思いました。


<蛇足1>
「事前情報になかった現場の状況を鑑みて最善の警護のために行われたものだ」(14ページ)
うーん。「鑑みて」か...柳広司よ、お前もか!

<蛇足2>
「CIAが掲げるというあの皮肉な格言”右手の行いを左手に告げるなかれ”」(402ページ)
ここを読んで、聖書マタイ伝ではなく、渡辺容子の乱歩賞受賞作「左手に告げるなかれ」 (講談社文庫)を連想してしまいました...




タグ:柳広司
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シナモンロールは追跡する [海外の作家 ジョアン・フルーク]

シナモンロールは追跡する (お菓子探偵)

シナモンロールは追跡する (お菓子探偵)

  • 作者: ジョアン・フルーク
  • 出版社/メーカー: ヴィレッジブックス
  • 発売日: 2014/10/20
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
4月、〈レイク・エデン・イン〉のジャズフェスティバル前日、ハンナと末妹ミシェルはお菓子を届ける途中で玉突き事故に遭遇。 人気バンドのツアーバスも巻きこまれ、運転手が死亡、メンバーの一人は搬送先の病院で何者かに殺害されてしまう。 姉妹は犯人探しを開始するが、ハンナにはもう一つ、結婚式間近のノーマンの婚約者ベヴについてどうにも気になることが。 こちらもこっそり調べはじめるが……。


先日の「新聞王がボストンにやってきた」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)があまりに心地よかったので、続けてコージー・ミステリが読みたくなって、この「シナモンロールは追跡する」 (ヴィレッジブックス)を手に取りました。

レイク・エデンでクッキー・ジャーを運営しているハンナが探偵役をつとめるお菓子探偵シリーズ第15弾です。
前回感想を書いた「アップルターンオーバーは忘れない」 (ヴィレッジブックス)(感想ページへのリンクはこちら)のあと「デビルズフード・ケーキが真似している」 (ヴィレッジブックス)を読んでいるのですが、感想を書けずじまいとなっています。
「デビルズフード・ケーキが真似している」のラストで、なんとノーマンが婚約するという衝撃の展開になっているのですが...

この「シナモンロールは追跡する」は、レイク・エデンにジャズ・バンドがやってきて、殺人事件が起こります。
登場人物が多岐にわたり、作者はうまく犯人を紛れ込ませたつもりなんだと思いますが、逆に真犯人の見当がつきやすくなってしまっているように思います。いわゆる”浮いた”エピソードが目立ってしまうからです。
一方で、多数の登場人物たちをいろいろと交錯させているプロットはよくできているかな、と思えました。

しかしねぇ、ノーマン問題の方は、すっきりしたといえばすっきりしたんだけど、どうなんでしょうか? あまりにも都合よく展開しすぎではありませんか!?
いよいよノーマンの結婚式の日取りが決まって、206ページから、ドロレスとアンドリアとミシェルの3人がハンナにつめより、「どうするつもりだ」とたきつけ、「みんなでやるのよ」「ノーマンのために闘うか、何もせずにあきらめるか」と煽って、「ドクター・ベヴをやっつけるためにわたしたちの作戦について話すわ」と流れていくのは、シリーズ読者にとって楽しい展開だし、ハンナの変装とか見どころ満載なんですが、あまりにもうまく行き過ぎて、ちょっとねぇ...
いや、そのままノーマンが結婚しちゃってもよかった、というわけではないですが。複雑な気分ですね。
その動きにマイクまで賛成するという成り行き...3人は、Ménage à trois ということなんでしょうか!?
ミステリ的なことを付け加えておくと、ぺヴに伏線となるような行動をもっととらせていれば、こういう感想も薄まったと思うんですが。

ところで、ノーマンの話とバンドマン殺しですっかり置き去りにされていましたが、運転手が死んだのはなんだったんでしょうか?
訳者あとがきによると次作「レッドベルベット・カップケーキが怯えている」 (ヴィレッジブックス)で、「シナモンロールは追跡する」で未解決だった事件の真相が明らかになるそうなので、これがそれだと信じて次に期待します!

「新聞王がボストンにやってきた」のルーシー・ストーンシリーズと違い、こちらは順調に邦訳が積み重なっています。
「レッドベルベット・カップケーキが怯えている」 (ヴィレッジブックス)
「ブラックベリー・パイは潜んでいる」 (ヴィレッジブックス)


<蛇足1>
「彼女はその……」「グルーピーってやつだと思う」(96ページ)
グルーピーって、すごい久しぶりに目にした表現な気がします。

<蛇足2>
「わたしが殺人事件の話をすると、いつも大勢お客さんが来るから」(127ページ)
とリサが言うシーンがあり、確かにその通りなのですが、この分だといずれ、客を増やすために、ハンナかリサが殺人事件を自作自演する、なんてシリーズ作品ができたりして...


原題:Cinnamon Roll Murder
著者:Joanne Fluke
刊行:2012年
訳者:上條ひろみ


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新聞王がボストンにやってきた [海外の作家 レスリー・メイヤー]

新聞王がボストンにやってきた (創元推理文庫)

新聞王がボストンにやってきた (創元推理文庫)

  • 作者: レスリー・メイヤー
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/08/11
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
『ペニーセイヴァー』が〈今年の最優秀コミュニティ新聞〉に選ばれ、ボスとともにボストンで開かれる新聞協会の年次総会に出席することになったルーシー。久々の都会と同業者との交流を満喫していたが、新聞業界の大立て者ルーサー・リードが晩餐会中に急死。警察が関係者を調べ始めた。すかさず新聞記者ルーシーの好奇心&探偵根性がうずきだすが……。主婦探偵ボストン出張編。


ルーシー・ストーンを探偵役とするコージー・ミステリシリーズの第10弾です。
前作「九十歳の誕生パーティ」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら)を読んでから2年以上の日があいてしまいましたが、快調に読み進むことができました。
すっと世界に入り込むことができましたし、なによりルーシーたちおなじみの登場人物たちにまた会えて、まさにコージー、くつろいだ気分になれました。

しかし、普通の主婦探偵のような形で「メールオーダーはできません」 (創元推理文庫)に登場したルーシー、今やすっかり新聞記者になっていますね。
でも、同時に主婦でもある。二足のわらじですね。

この「新聞王がボストンにやってきた」 (創元推理文庫)では新聞協会の年次総会ということで、いつものティンカーズコーヴから離れ、大都会ボストンへ!
家を離れるので、留守宅と家族のことが気になってしかたがない、
ミステリ的には意味がありませんが、このルーシーの家族の物語が挟まれるところがシリーズ読者にはうれしい枠組みですね。(事件とは関係のない家族のエピソードの中から、ルーシーが謎解きのヒントを掴む、なんていう仕掛けがあればいいのですが...これは、ないものねだりです)

新聞協会の年次総会ということで、ルーシーが出席するパネルディスカッションも楽しいですし、新聞業界の舞台裏(?) が少し覗けるうえ、新聞記者の動きも興味深く読むことができます。
事件は、この総会が開かれているホテルで起こります。
ルーシーが、するすると物語の主要人物と知り合いになるところはご愛敬ですが、おかげで読者にも身近に感じさせることができていると思います。
新聞界の大立て者が殺される、経営はそんなにうまくいっているはずはないのに(新聞はどこも大変だそうです)羽振りがよさそうとか、常套的でも手堅い設定でミステリの世界を展開していきます。
ミステリ的には取り立てて尖ったところはありませんが、素人探偵であるルーシーが真相に気づいてもおかしくないように仕上がっていて自然です。

シリーズの今後にも期待、と言いたいところなのですが、
「このシリーズの日本での出版は、十作を迎えた今回で一区切りということになりました。」
と訳者あとがきで衝撃の発表がなされています。
本国では順調に年1冊程度出版されて続けていて、24冊を数えているようです。
おそらく、日本での売れ行きが良くなかったのでしょうねぇ。逆に10冊目まで訳してくれてありがとう、というべきなのかもしれません。
短い中にバランスの取れたシリーズだったので、残念ですね。
2014年8月出版のこの「新聞王がボストンにやってきた」 (創元推理文庫)が邦訳の最後だったので、そうですね、来年9月5年ぶりにシリーズの翻訳再開ってどうでしょうか、東京創元社さん? 絶対買いますよ!


<蛇足1>
「イヴァナ・トランプみたいな女性よ」(76ページ)
イヴァナ・トランプといえば、トランプ大統領の前々妻ですが、本書原書が出た2003年にはすでに離婚していていましたね。
でも、レスリー・メイヤーも、トランプ氏が後に大統領になるとは予想していなかったでしょうねぇ。

<蛇足2>
「中国風の角ばった大きなスプーンとはしはあまり使ったことがなく」(111ページ)
という記載があります。
中華風というので、レンゲのことかな? と思ったのですが、レンゲだと「角ばった」にはなりませんね... 中華で角ばったスプーンって使いましたっけ? なんだろな?


<蛇足3>
「オールドミス二人の懸垂分詞だかなんだかのごたくを聞くのはごめんだ」(194ページ)
懸垂分詞?
ネットで調べてしまいました。学校の英文法の授業では教えてもらわなかったはず...
なるほど。文法的には基本的に間違いなんですね。



原題:Farther's Day Murder
作者:Leslie Meier
刊行:2003年
訳者:髙田恵子






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ユダの窓 [海外の作家 カーター・ディクスン]

ユダの窓 (創元推理文庫)

ユダの窓 (創元推理文庫)

  • 作者: カーター・ディクスン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/07/29
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
被告人のアンズウェルを弁護するためヘンリ・メリヴェール卿は久方ぶりの法廷に立つ。敗色濃厚と目されている上、腕は錆びついているだろうし、お家芸の暴言や尊大な態度が出て顰蹙を買いはしまいかと、傍聴する私は気が気でない、裁判を仕切るボドキン判事も国王側弁護人サー・ウォルターも噂の切れ者。卿は被告人の無実を確信しているようだが、下馬評を覆す秘策があるのか?


この作品は以前にハヤカワ・ミステリ文庫版で読んでいます。
2015年7月に創元推理文庫から新訳版が出たので即購入していましたが、ようやく読みました。
しかしまあ、有名なユダの窓をめぐるトリックを除いて、見事に忘れていますね。
ほぼまっさらな気持ちで、この名作を楽しむことができました。
それにしても、写真のエピソードにはびっくりしてしまいました。こんなものを忘れてしまっているとは!

創元推理文庫の常として、表紙扉部分のあらすじを引用します。
一月四日の夕刻、ジェームズ・アンズウェルは結婚の許しを乞うため恋人メアリの父親エイヴォリー・ヒュームを訪ね、書斎に通された。話の途中で気を失ったアンズウェルが目を覚ましたとき、密室内にいたのは胸に矢を突き立てられて事切れたヒュームと自分だけだった??。殺人の被疑者となったアンズウェルは中央刑事裁判所で裁かれることとなり、ヘンリ・メリヴェール卿が弁護に当たる。被告人の立場は圧倒的に不利、十数年ぶりの法廷に立つH・M卿に勝算はあるのか。法廷ものとして謎解きとして、間然するところのない本格ミステリの絶品。

こっちのほうが断然わかりやすい!

「ユダの窓」ですが、本来は監獄の「独房のドアに付いている四角い覗き窓のこと」(332ページ)と説明がありますが、「ユダの窓」トリックがあまりに強烈なので、まったく忘れていました。
実は95ページに「ジム・アンズウェルが刑務所で何よりいやなのはユダの窓なんですって」と説明なしに出てくるんですね。ここでひっかかって調べるべきだったか...でも、インターネットで調べようとしても、このカーの作品ばかり出てきちゃうんですよね...
「あの部屋が普通の部屋と違っているわけではない。家に帰って見てみるんじゃな。ユダの窓はお前さんの部屋にもある。この部屋にもあるし、中央刑事裁判所(オールドベイリー)の法廷にも必ずある。ただし、気づく者はほとんどおらん」(96ページ)
って、ワクワクしますよねぇ。

本書は、「プロローグ 起こったかもしれないこと」「エピローグ 本当に起こったこと」の間に「中央刑事裁判所(オールドベイリー) 起こったと思われること」という裁判シーンが入っている構成になっています。
ヘンリー・メリヴェール卿が弁護人をつとめるって、型破りなことやってくれるんじゃないかと思ってワクワクしますよねぇ。人によっては、語り手ケン・ブレークとその妻イヴリンのようにハラハラかもしれませんが。
おかげで法廷シーンが劇的になります。退屈な尋問シーンもなんだか気になるシーンに早変わり。
読後振り返ってみると、ヘンリー・メリヴェール卿は超人的な推理力を発揮していますし、あれこれ偶然というか運もヘンリー・メリヴェール卿に味方しています。

「ユダの窓」トリックに焦点が当たり勝ちですが、そしてそのトリックは確かにとても素晴らしいものですが、行き違い、勘違いの積み重ねで、事件の様相がさっと変わってしまう手際の鮮やかさこそが本書の最大の長所ではないかと思いました。
そしてそのために、周到に物語も登場人物もしっかりと構成されています。
たとえば、密室状態の部屋から消えてしまう薬入りウィスキーのデカンターやグラスなど、二重三重によく考えられています。
傑作というにふさわしい作品だと思います。

本書には巻末に、瀬戸川猛資、鏡明、北村薫、斎藤嘉久の4氏による座談会(?)の記録が収録されています。しかも司会が戸川安宣。すごくぜいたくなメンバーということもありますが、これがまた楽しい。
カーって、いろいろと突っ込みどころも多い作家なだけに、かえって座談会が盛り上がる気がしますね。

<蛇足1>
開始早々に「時に酒を過ごしたり羽目を外して愉快に騒ぐこともあったが、」(16ページ)とあって、新訳にちょっとがっかりしました。
~たり、~たり、という由緒正しい文型はもう過去のものなのでしょうか...

<蛇足2>
「その日の午後エイヴォリー老がアンズウェルのフラットに電話をかけてきて」(17ページ)
とあっさり書かれていてちょっとびっくりしました。
日本でいうところのマンションやアパートのようなものをイギリスではフラットと呼ぶのですが、そういういい方はあまり日本では広まっていないと思っていたからです。
時代も変わって、注なしですっと理解できるくらい広まっているのでしょうか?

<蛇足3>
「私はお前のためによかれと思って一生懸命だった。」(174ぺージ)
新訳版がっかりパート2です。一生懸命...

<蛇足4>
「百歩も二百歩も譲って認めて進ぜる」(181ページ)
一般に「百歩譲って」というのは誤りでもともと正しくは「一歩譲って」であると認識しています。
したがって、「一歩も二歩も譲って」というのが正しい日本語表現かと思いますが、ここの表現は、HM卿が国王側弁護人に対して大幅に譲渡してやると大袈裟に言ってのける場面かと思われますので、正統な日本語といえなくても、誇張した表現としておもしろいと思いました。
(もっとも原文を読んでいないので、ニュアンスまではわからず、日本語訳から勝手に推察しているだけですが)


原題:The Judas Window
著者:Carter Dickson
刊行:1938年
訳者:高沢治


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ドラマ:ジョニー・ウェイバリー誘拐事件 [ドラマ 名探偵ポワロ]

Poirot The Definitive Collection Series1-13 [DVD] [Import]

Poirot The Definitive Collection Series1-13 [DVD] [Import]

  • 出版社/メーカー: ITV Studios
  • 発売日: 2013/11/18
  • メディア: DVD



ドラマ:ミューズ街の殺人(感想ページへのリンクはこちら)から1週間、COLLECTION1 のDISC1の3作目、「ジョニー・ウェイバリー誘拐事件」(原題:he Adventure of Johnnie Waverly)を見ました。英語字幕付きです。

原作が収録されているのはこちら↓。
愛の探偵たち (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

愛の探偵たち (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

  • 作者: アガサ・クリスティー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2004/07/15
  • メディア: 文庫


例によって字幕を出しながら見たのですが、うーん。字幕がついていてもあまり話がわかりませんでした...英語力、ひょっとして落ちている!?

だから、というわけではありませんが、ちょっとストーリー展開がいまいちな作品だったかな、と。
動機と犯人がとった手段がミスマッチなのは大きな問題かな、と思います。
(ほかにやりようがあったのでは、と思いますし、あまり先々のことを考えて犯行に着手したと思えない点が多々あります)
またポワロも指摘していますが、誘拐するのに事前に予告するというのはあまりお利巧とは言えませんね。

一方、ドラマとしては、楽しめるところが多々あります。
ポワロが足をいためて、足湯(?) で癒すシーンとか、笑ってしまいました。
笑うと言えば、ポワロとヘイスティングスが車の中で歌を歌う!シーンなんていうのまであります。
ヘイスティングスが、車の修理(応急処置)で顔を煤だらけにするのも楽しいですね。
ヘイスティングスがスピード狂というのもよくわかりましたし(笑)。
またお屋敷の様子もいいですし、田舎の風景もとてもきれいです。
それと、具体的な金額こそ出てきませんが、ポワロ、ヘイスティングスが、依頼料のことを口に出すシーンが2度もあるのが興味深かったですね。原作にそういうシーンがあったかどうか覚えていませんが、なさそうなので。

蛇足ですが、途中、ホッグズ・バックという地名が出てきて、ひとりニヤリとしました。
F・W・クロフツに「ホッグズ・バックの怪事件」 (創元推理文庫)という作品がありますので。


DVDの日本語版はこちら↓
名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

名探偵ポワロ 全巻DVD-SET

  • 出版社/メーカー: Happinet(SB)(D)
  • メディア: DVD


このシリーズに関して、とても素晴らしいサイトがありますので、いつも通りリンクをはっておきます。
「名探偵ポワロ」データベース
本作品のページへのリンクはこちら





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踊る人形 [日本の作家 森川智喜]

踊る人形 (講談社文庫)

踊る人形 (講談社文庫)

  • 作者: 森川 智喜
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/02/13
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
身体を自在に着脱できる人形男がどこまでも追ってくる!  目的は、自分の生みの親である博士にもう一体動く人形(ゴーレム)を作らせること。これに対し少年探偵隊は、唯一の弱点である頭部内の「命を生む紙」を入手しようとする。しかし、ようやく目にしたのは聞いたのとはまったく違う文字だった!  周到な論理によって構築された極限状況ミステリ。


前作「スノーホワイト」 (講談社文庫)(感想ページへのリンクはこちら)を読んでからずいぶん間が空いてしまいましたが、森川智喜の三途川理シリーズ第3作です。
今回は、人造人間、ですね。
泥人形なのですが、ちゃんと生きている。しかも、身体のパーツをばらばらにできて、しかもそれぞれちゃんと機能する。なんてすごい生物!

語り口が、です・ます調になっていまして、主人公古沢君が小学生ということで、おのずと江戸川乱歩の「少年探偵団」 (ポプラ文庫クラシック)シリーズを彷彿とさせます。
古沢君は、三途川理が組織した(?) 少年探偵隊のメンバーです。ここ、どうして少年探偵団と呼ばなかったんでしょうね?

さておき、少年探偵隊である古沢君と人形男との対決が軸になっていくのですが、三途川理は京都で連続殺人事件を捜査しているとかで出てきません。
三途川理が登場するのは、ようやく175ページになってから。物語も後半です。
この作品は三途川理が登場してから急展開を見せます。

これこそがこの作品のポイントなんじゃないかと思いました。
なので、この部分を除くと、残りはかなり軽い感じです。
たとえば、あらすじにも書かれている人形男頭部内の「命を生む紙」をめぐるエピソードなど、いくつも先行作があり(最も古い作例はエラリー・クイーンの短編でしょうか?)、ちっとも感心できません。
とはいえ、これは「少年探偵団」シリーズを意識した結果だとも思えますから、これはこれで認めなければならないのでしょうね。
また、ポイントの三途川理が登場してからの急展開には、たっぷり満足させられました。もう、なんてこと考えるんだ、森川智喜は!
相変わらず変なことを考える作家だなぁ、と思いましたが、「スノーホワイト」 (講談社文庫)と合わせて考えると、名探偵とされている三途川理の使いかたこそがこのシリーズの本質なのかも、と思いました。
このあと、続く
「ワスレロモノ 名探偵三途川理 vs 思い出泥棒」 (講談社タイガ)
「トランプソルジャーズ 名探偵三途川理 vs アンフェア女王」 (講談社タイガ)
「バベルノトウ 名探偵三途川理 vs 赤毛そして天使」 (講談社タイガ)
を読んでみないと、考えが当たっているかどうかはわかりませんが、当たっているといいなぁ。


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