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未必のマクベス [日本の作家 は行]


未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 早瀬 耕
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2017/09/21
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
IT系企業Jプロトコルの中井優一は、東南アジアを中心に交通系ICカードの販売に携わっていた。同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた優一は、帰国の途上、澳門(マカオ)の娼婦から予言めいた言葉を告げられる――「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」。やがて香港の子会社の代表取締役として出向を命じられた優一だったが、そこには底知れぬ陥穽が待ち受けていた。異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。


本屋さんで気になっていたので購入した本です。
帯に朝日新聞に載った北上次郎の書評が全掲されていて、かなり大きめの帯になっています。文字ばかり...
曰く、「これほど素晴らしい小説はそうあるものではない。」

文章のリズムが性に合うのか、読みやすかったですし、おもしろくは読みましたが、そこまで激賞する程の作品かなぁ、というのが正直な感想です。

ポイントはその語り口と、主人公の性格でしょうか。
「ぼくは、これまでの三十八年間を通じて、友人と呼べるような相手がいない。クラスに溶け込めないということもないし、大学ではノートの貸し借りもしたし、誘われれば合コンや飲み会にも参加した。けれども、所属する団体や組織が変わった後も交遊を続ける友人はいなかった。」(31ページ)
なかなか象徴的な自己分析、自己紹介かと思いますが、こういう人物が主人公です。
高校時代の友人、伴浩輔、それに女子生徒鍋島というのが主要登場人物になります。
といっても、鍋島はなかなか登場せず、もっぱらぼくの回想の中での登場なのですが。
(とはいえ、鍋島はぼくからは常に鍋島と呼ばれていて、下の名前が出てこないことにはかなり好感度大でした。鍋島冬香というフルネームもちゃんと登場はしますが)

あとはやはり、「マクベス」
冒頭にある澳門のシーンから早速登場しますし、伴浩輔(そして鍋島)と出会う都立高校の回想シーンでも出てきます。
物語の終盤で、主人公がある人物に聞きます
「なぁ……、これって、『マクベス』なのか?」(403ページ)

ネガティブなことをまず書いておきますと、この作品でもっとも違和感を持ったのが、殺人です。
この動機で、人を殺すでしょうか? 個人的にはかなり否定的です。
このせいで、個人的にはストーリーに現実味がまったくなくなってしまいました。
これは大きなマイナス点だと思います。
小説なんて所詮は絵空事ではありますが、非現実的な設定のストーリーではなく、現実的な物語としてつづられている場合には、リアルさが感じられないとちょっと困ります。
物語の終盤である登場人物が犯す殺人が典型的かな、と思います。さすがにこの人まで殺人を犯すなんて...
その点でこの小説は激賞するわけにはいかないと思うのです。
あと、北上次郎は「経済小説であり」と書いていますが、うーん、どうでしょうか。経済小説としての側面にもあまり現実味は感じませんでしたね...暗号化技術って、こんな感じなんでしょうか...

このあたりが「そこまで激賞する程の作品かなぁ」と思った所以です。
ところが、この点を置いておくと、物語はとてもおもしろいと思いました。
感情移入しにくそうな主人公にもしっかり馴染めました。
北上次郎も
「年上の上司にして恋人となる由記子、同級生にして同僚の伴を始めとして、ビジネスとして優一を助けるカイザー・リー、優一のボディガードとなる蓮花のわき役にいたるまでリアルに描かれている」
と書いていますが、癖のある登場人物たちもちょっと会ってみたいかな、と思えました。
痛切なる恋愛小説、とあらすじに書いてあり、恋愛小説的匂いも感じることは感じるのですが、恋愛小説であるとしてもかなり異色な恋愛小説ですね。
恋愛になっていない、というか。
ミステリーであるによせ、ないにせよ、優れた小説というのは伏線が効果的に張られているものですが、この「未必のマクベス」はわかりやすい伏線がリフレインのように使われているので、読んでいて心地よいのですね、きっと。
この作者の作品なら、不満点はあっても楽しく読めるんじゃないかな、と思わせてくれる、そんな作者と出会うことができたと思います。


<蛇足>
「バンコクという街は、地図の上にしか存在しない。
 正しくは、『インドラがヴィシュヌカルマ神に命じてお作りになった、神が権化としてお住みになる、多くの大宮殿を持ち、九宝のように楽しい王の都。最高にして偉大なる土地、インドラの戦争のない平和な、インドラの不滅の宝石のような、偉大な天使の都』という長い名前の街がある。そこに住む人々も、その街を『クルンテープ(天使の街)』と呼ぶ」(484ページ)
そういえば、そんなことを昔聞いたことがあるなぁ、と思いながら読みました。

<蛇足2>
「けれども、旅に一番不要なものは『慣れ』だと思わないか?」(538ページ)
なかなかいいセリフだと思いました。
「だから、長い旅はしない方がいい。旅に慣れてしまう前に、一旦、自分の元いた場所に帰ることは、必要だと思うんだ。」(539ページ)
なるほどねー。


タグ:早瀬耕
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