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殺しのパレード [海外の作家 は行]


殺しのパレード (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

殺しのパレード (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 2007/11/27
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ケラーが今回依頼されたターゲットは、メジャーリーグの野球選手。球場へ足を運んだケラーは、その選手が通算四百本塁打、三千安打の大記録を目前にしていることを知る。仕事を逡巡するケラーがとった行動とは? 上記の『ケラーの指名打者』をはじめ、ゴルフ場が隣接する高級住宅地に住む富豪、ケラーと共通の趣味をもつ切手蒐集家、集団訴訟に巻き込まれる金融会社役員など、仕事の手筈が狂いながらも、それぞれの「殺し」に向かい合うケラーの心の揺れを描いた連作短篇集!


2023年3月に読んだ1冊目の本です。
ローレンス・ブロックの殺し屋ケラー・シリーズ3冊目。
前作「殺しのリスト」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)の感想で書いたように、ちょっと読むピッチを上げて手に取りました。といっても半年以上間が空いていますが......
「殺しのリスト」は長編でしたが、今回は
「ケラーの指名打者」
「鼻差のケラー」
「ケラーの適応能力」
「先を見越したケラー」
「ケラー・ザ・ドッグキラー」
「ケラーのダブルドリブル」
「ケラーの平生の起き伏し」
「ケラーの遺産」
「ケラーとうさぎ」
以上9編収録の短編集、のはずなんですが、章立てというのでしょうか、ナンバリングは通算されています。最初の「ケラーの指名打者」が 1 から 5 までで、次の「鼻差のケラー」が 6 から、という具合です。
ケラーと元締めトッドとの会話も健在ですし、作者ブロックは本書も長編として読まれることを期待しているのかもしれませんね。
「殺しのリスト」のように全体を貫くストーリーが明確にあるわけではないのですが。

この本を読むのにずいぶん時間がかかりました。
この本のせいではなく、諸般の事情によりあまり本を読む気になれなかった、というのが主因ですが、今となってみると、ゆったり読んだのはこの本の内容にぴったりだったような気がしています。
なにしろ「殺し屋ケラーの穏やかな日常」ですから。

ケラーが狙われるという「殺しのリスト」にあったような派手なストーリーはないものの、ケラーが引退を考えたり、あるいは、引退後の資金を確保するために仕事を増やそうとしたりと、ゆるやかな展開のうねりはあります。

個々の短編はそれぞれのエピソードに特段ひねりがあるわけではなく、そのエピソードやモノローグを通してケラーが人柄(といってよいのでしょうか?)が浮かび上がってくるような感じですね。
「どんなに長生きしようと、どれほど金を稼ごうと、探す切手がなくなることはないからだ。もちろん空白は埋めたい──それはひとつ大きなポイントだ──しかし、人に喜びをもたらすものは達成しようとする努力にある。喜びとは達成そのものではない。」(60ページ)
人の命を奪うことを職業としている人間にこう言われるのは少々複雑な思いもありますが、感覚的に突拍子もない人物ではないことがよく伝わってきます。

いや、「それぞれのエピソードに特段ひねりがあるわけではな」いというのは正しくないですね。
ひねりはあちらこちらに仕掛けてあります。
たとえば「先を見越したケラー」では、空港に降り立ったケラーは、殺すはずだったターゲットに迎えられ、車へと連れ込まれます。
そこからのストーリー展開は読者の想定を大きく外れていると思います。
ひねりはあって、予想外の展開になっても、非常に落ち着いた印象を受けるところが、このシリーズのミソなのかも。

ケラーが請け負う殺しのターゲットがバラエティに富んでいることもポイントですよね。
タイトルからも明らかですが、野球選手、競馬の騎手、キューバ人亡命者グループの重要人物、、犬(!)、金融会社の不正事件の証人、切手コレクター......
それに応じ、ケラーとトッドが洒落た(?)会話を交わし、ゆっくりとケラーの物語が進んでく。

9.11の影響が強くでていますし(ケラーがボランティアしたりします!)、引退が視野に入ってきていて、「ケラーの遺産」 なんてタイトルの作品もあったりして、シリーズ幕引きモード感が漂ってくるので、いっそう淡々としたイメージが強くなっているのかもしれません。


最後にこのシリーズのリストを。
「殺し屋」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
「殺しのリスト」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
「殺しのパレード」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
「殺し屋 最後の仕事」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
「殺し屋ケラーの帰郷」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
と5冊刊行されています。


<蛇足1>
「しかし、ヤンキースのピッチャー──ぎくしゃくしたワインドアップ・モーションの不愛想な日本人投手には、ブーイングに動じたところなどまるでなかった。」(9ページ)
ヤンキースに所属したことはない選手ですが、記述ぶりから野茂英雄投手を連想しました。

<蛇足2>
「あなた自身、指名打者(デジグネイティッド・ヒッター)なんだから。」(15ページ)
「(ヒッターには“殺し屋”の意もある)」と訳注つきで書かれている箇所で、題材となっている野球の打者と、ケラー自身の殺し屋が掛けられています。
今まで疑問に思ったことがなかったのですが、代打者(ピンチヒッター)や指名打者は、バッター(Batter)ではなく Hitter なのはなぜでしょうね?

<蛇足3>
「それはリーワード諸島からオランダまで、国別に切手を収めたアルバムで、ケラーはマルティニクのページを開くと、まずこれまでに蒐集した二百枚ほどのコレクションを眺めてから、そのあと二枚分の開いたスペースを見つめた。」(63ページ)
リーワード諸島というのは、カリブ海の西インド諸島の一部らしいです。リーワードというのは風下のこと。
マルティニクは、ウィンドワード諸島に属する島で、フランス領らしいです。ウィンドワードは風上で、リーワードとウィンドワードはセットですね。「世界で最も美しい場所」とコロンブスに呼ばしめた、と Wikipedia には書かれています
切手コレクターの間では有名な島なのでしょうか??

<蛇足4>
「最初のうちは引き金を引くことを自分に強いなくてはならないだろう。悪夢を見ることもあるだろう。だけど、そういったことにもすぐ慣れて、自分でも気づかないうちに、そのことにいくらか愉しみを覚えるようになる。セックスとはちがう。セックスではあの種の興奮は得られない。言ってみれば、狩りみたいなもんだ。」(180ページ)
殺し屋稼業について述べたところではなく、軍隊の話です。
引き合いに出ている狩りも経験がないので実感がまったく湧きませんが、そういうものなのでしょうか?

<蛇足5>
「何千何万というニューヨークのタクシー運転手の中から、ケラーはよりにもよって英語が話せる運転手を引きあててしまったのだった。」(275ページ)
短編の冒頭、タクシー運転手にあれこれ話しかけられて閉口するケラーを描いたところですが、確かに、ニューヨークのタクシーは英語を話せない運転手が多い印象ですね。

<蛇足6>
「マイレッジを貯めるためだ」(275ページ)
航空会社が実施しているサービスですが、日本では「マイレージ」と表記するのが通例ですね。
英語では Mileage で、マイレージより、マイレッジの方が絶対的に近いです。

<蛇足7>
「会社の名前は<セントラル・インディアナ・ファイナンス>。抵当権の売買やかなりの量の借換融資をやっていて、ナスダックにも上場してる。」(353ページ)
抵当権の売買、とありますが、原語は Mortgage だと思われ、おそらく日本でいう住宅ローンのことで、住宅ローンの売買(日本ではあまり例がありませんが、住宅ローンの貸し手である銀行が、ローンを売却することはよくある取引です)を指すのだと思います。
日本の概念でいう抵当権を売買する、というのは難しそうです。

<蛇足8>
「一方、株を空売りした投資家が配当金を支払う義務が発生する配当落ちの日よりまえに、なんとか株を買い戻そうとしていた。」(358ページ)
配当落ちの日というのは、投資家から見て配当金を受けとる権利がなくなる日のことを指します。権利落ちともいいますね。
空売りしている投資家は、配当が発生した場合、配当落調整金の支払いが必要ですので、その前にできれば買い戻したい、ということですね。
理論上は、配当落ちすると配当の分だけ株価は下がりますので、実質的な影響はないはずですが、まあ実際には損得が発生しますね。



原題:Hit Parade
作者:Lawrence Block 
刊行:20年
翻訳:田口俊樹




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