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禁断の魔術 [日本の作家 東野圭吾]

禁断の魔術 (文春文庫)

禁断の魔術 (文春文庫)

  • 作者: 東野 圭吾
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2015/06/10
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
高校の物理研究会で湯川の後輩にあたる古芝伸吾は、育ての親だった姉が亡くなって帝都大を中退し町工場で働いていた。ある日、フリーライターが殺された。彼は代議士の大賀を追っており、また大賀の担当の新聞記者が伸吾の姉だったことが判明する。伸吾が失踪し、湯川は伸吾のある“企み”に気づくが…。シリーズ最高傑作!


ガリレオ・シリーズ第8弾。
短編集だった単行本の
「禁断の魔術 ガリレオ8」
から「猛射つ」を長編化して文庫版の「禁断の魔術」 (文春文庫)にしたということです。

タイトルの「禁断の魔術」は湯川のセリフからとられています。
「科学を発展させた最大の原動力は、人の死、すなわち戦争ではなかったのか」という、事件関与が疑われている青年・古芝君からの問いに対する答えです。
「もちろん科学技術には常にそういう側面がある。良い事だけに使われるだけではない。要は扱う人間の心次第。邪悪な人間の手にかかれば禁断の魔術となる。科学者は常にそのことを忘れてはならない」(178ページ)

古芝君が高校生のときに、湯川の指導を受けながら作り、新入生歓迎会で披露したというデモンストレーションがすごそうです。
この装置、レールガンなのですが(伏字にしておきます)具体的にどういうものかは明かされるのは物語の終盤です。

古芝君に対して湯川が、草薙がどういう行動を取るか、ということが物語の焦点となっていくわけですが、薄めの長編だからでしょうか、わりとまっすぐなストーリー展開になっています。
最後のシーンは緊迫感あふれてドキドキしますが、賛否わかれるでしょうねぇ......
そのときの湯川の心情を後で勝手に推測するシーンがありますが、内海の説が当たっている気がします。

それより気になったのは、最後の湯川のメールで
「急遽、ニューヨークに行くことになった。しばらく戻らない。」(!!)
シリーズ、これで打ち止めなのかな、と。
しかし、シリーズは続刊「沈黙のパレード」(文藝春秋)が出ているのを確認して安心しました。



<蛇足>
『「じゃなくて、ここへ来たんです」石塚が答えた。
「来た? 古芝君が?」
 はい、と石塚。先輩だから、いらっしゃった、という敬語を使うべきだったことには気づいていない様子だ。』(152ページ)
高校生と草薙との会話なのですが、ちょっと考え込んでしまいました。
物理研究会の先輩にあたる古芝のことを話すので敬語を使うべきだった、という指摘がされているのですが、この場合、敬語ではないほうが正しいのではないかと思ったからです。
自分と同じ部活動に所属していた古芝のことを、完全に外部の人間(で、しかもかなり年上の)草薙に説明する際、この種の会話において敬意を表されるのは聞き手であって、会話の対象人物ではないから、です。
新人社員などは外部からの問い合わせに対しては、上司であっても敬語を使わないよう教えられます。
「課長はいらっしゃいません」
などと敬語で答えたら、強烈なダメ出しを食らうことでしょう。
これと同じようなシチュエーションではないか、と思われます。
敬語は難しくて悩んでしまいます。正解はどうなんでしょうね?? 



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