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キッド・ピストルズの妄想 [日本の作家 山口雅也]


キッド・ピストルズの妄想: パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

キッド・ピストルズの妄想: パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

  • 作者: 雅也, 山口
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/11/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
塔から飛び降りた学者の死体が屋上で発見された!? 北村薫氏絶賛の「神なき塔」をはじめ、ノアの箱舟を模した船での密室殺人「ノアの最後の航海」、貴族庭園の宝探しゲームが死体発見に発展する「永劫の庭」など、妄想と奇妙な論理に彩られた三編を収録。名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズの推理が冴える中編集が改訂新版で登場!


2023年7月に読んだ4冊目の本です。
「キッド・ピストルズの冒瀆」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの妄想」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの慢心」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの醜態」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの最低の帰還」 (光文社文庫)
と続いているシリーズの第二作。共通して「パンク=マザーグースの事件簿」という副題がついています。
前作「キッド・ピストルズの冒瀆」 (光文社文庫)(感想ページはこちら
に続き単行本が出版されたときに買って読んでいますが、改訂版で読んでみようと再読。

「序に代えて──パラレル英国概説」で舞台の説明があったあとに、
『神なき塔』
「ノアの最後の航海」
「永劫の庭」
の3編収録

遠しタイトルが ”妄想”。この妄想という語は、作中に何度も出てきます。

「人はわけのわからない事件に出合うと、みな、狂人のやったことでしょう、で済ませてしまう。おいらが知りたいのはその先だ。狂気には狂気なりの筋の通った論理があるはずだ。これは犯人に限らんことだが、奇妙な現象を伴う事件には、必ずなんらかの形で、その事件に関わった者の<狂気の論理>──妄想が存在するはずなんだ。」(149ページ)
「真相を追及する側も、その途方もない妄想を共有する覚悟がなきゃならねえ。」(156ページ)

「人はみな、それぞれの世界、それぞれの現実に生きているからだ。」
「それぞれの世界はそれぞれの神が支配している。そして、その神に盲従する者を妄想家と呼ぶ。シドニーが言うように、俺たちは、死んだ二人が住んでいた世界──妄想に世界に目を向けなけりゃあ、事件に関わる動機を掴むことはできない。」

「人の奇矯な行動の裏には、必ずなんらかの理由が潜んでいる。その理由というのは、時に他人には理解しがたい妄想と映るかもしれないが、その人にとっては立派な独自の哲学になっている場合もある。世界は客観的に一つ存在するだけじゃないんだ。それぞれの人間がそれぞれの世界を抱えて生きているだ。だから、人の行動の謎を解くには、その人の世界──時には妄想さえも──を共有することからはじめなきゃあならないんだ」(444ページ)

3編いずれも、不可能犯罪、あるいは不可思議な現象が起こり、その謎を解く物語になっているのですが、その怪現象を裏打ちするのは犯人の奇矯な論理=”妄想”。
そして、その ”妄想” を名探偵(=キッド・ピストルズ)が共有することによって、謎が解かれる。
名探偵の推理すら ”妄想” たらしめるために、周到にマザー・グースやアリスなどの意匠が配置されている印象を受けました。

犯人の論理は非常に独特なもので、普通に語ってしまったのでは、到底読者の理解を得られない。なんとか理解できたとしても、到底共感は得られない。
言い換えれば、通常の作品世界では成立しないミステリ世界ということになります。
それを(物語としての)説得力をもって読者に届けるために、犯人の ”妄想” に共鳴する名探偵の ”妄想” が導入され、それを支えるために、舞台となるパラレル英国とモチーフとなるマザー・グースが導入されている。
これを凝りすぎと呼ばずして、何と呼びましょう。
前作の感想の繰り返しになりますが、ミステリで凝りすぎというのは欠点ではなく美点。
とても楽しいシリーズです。


<蛇足1>
「すでに太陽が傾き、茜色に染まった空と鳩羽鼠色(ダウグレイ)の雲が幾重もの諧調を見せながら斑に交じり合う夕暮れ時。」(62ページ)
鳩羽鼠色のルビは、おそらくダヴグレイのタイポかと思われます。

<蛇足2>
「保党の経済政策からシーク教徒の特別な武具に至るまで、自在に語るコメンテーターとして、つとにマスコミには人気のある人物だったのである。」(203ページ)
ヘンリー・ブル博士の説明ですが、ここは保守党のタイポでしょうか?

<蛇足3>
「あの牙、唇を突き抜けて、怪我でもしてんの?」
「いや、ああいうものなのです」「バビルサ。偶蹄目イノシシ科、セレベス島に分布する珍種です。」(215ページ。セリフ部分のみ抜き書き)
バビルサって、昔聞いたことがある気がするのですが、すっかり忘れていました。思い出させてくれました。それにしても
「バビルサが……あたしに怯えていた」(242ページ)
とピンクが言うセリフがあるのですが、バビルサを怯えさせるピンク......(笑)。

<蛇足4>
「オランウータンが密室殺人だって? なんか……どこかで聞いたような話だが、あんたの口から改めてきくと、ほんとに、馬鹿ばかしいな……」(278ページ)
どこかで聞いたもなにも......偉大なる先達の作品ですよ(笑)。

<蛇足5>
「またぞろ密室なんてものにこだわり過ぎるからいけないんだ。ここまでくると妄想だぜ」(279ページ)
”妄想”が本書のキーワードですが、密室にこだわってしまう読者として反省いたしました(笑)。


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