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神の値段 [日本の作家 あ行]


神の値段 (宝島社文庫)

神の値段 (宝島社文庫)

  • 作者: 一色 さゆり
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2017/01/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
マスコミはおろか関係者すら姿を知らない現代芸術家、川田無名。ある日、唯一無名の正体を知り、世界中で評価される彼の作品を発表してきた画廊経営者の唯子が何者かに殺されてしまう。犯人もわからず、無名の居所も知らない唯子のアシスタントの佐和子は、六億円を超えるとされる無名の傑作を守れるのか――。美術市場の光と影を描く、『このミス』大賞受賞のアート・サスペンスの新機軸。


2022年3月に読んだ6作目(7冊目)の本です。
第14回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作

典型的なお勉強ミステリ、お仕事ミステリの文法に則って書かれています。
作者は芸大出のかたで学芸員までされているということで、美術界、とくに現代アートのビジネスの様子が活写されていて勉強になります。
いやあ、すさまじい世界です。

「現代アート作品では、作家の手が全く入っていなくても問題ないのだと唯子は言っていた。」(110ページ)
なんて書かれていて驚愕。

タイトル「神の値段」は、大きく出たものだとも思いますが、直感的でよいと思いました。
「神」は
「美術品を集めるのは、究極の道楽です。金のかかるゲームであり、一種の宗教みたいなものだ。いえ、冗談ではありません。先生は私の神で、私は先生の信者だ。だとすれば先生の作品はさしずめ、信仰の商品化かな」
「ある宗教家は、幸福な人に宗教は分からないと言いますが、私もその通りだと思います。もとからすべての満足し幸福であれば、アートなんかに入れ込みません。アートを買う金持ちというのは、好奇心が強く柔軟で、車や宝石では満たされないんです。だからこのゲームに嵌まり込んでしまいます。上がりがあるかどうかも分からない、ただ神を求めるゲーム、悟りを求めるゲームが、長い歴史にわたって文化として営まれてきました。」(297ページ)
と説明されるまでもなく、作品を生み出す芸術家が神にたとえられているわけです。
一方の「値段」は
「価格というのは、需要と供給のバランスに基づいた客観的なルールから設定される。一方で値段というのは、本来価格をつけられないものの価値を表すためにの所詮比喩なんだ。作品の金額というのは売られる場所、買われる相手、売買されるタイミングによって、常に変動し続ける」(337ページ)
として価格と値段の違いが語られています。美術界ではこういう区別しているのでしょうか?
ちょっと素直にはうなずけない説明です。
うなずけないものの、このタイトルは、芸術品を対象とするマーケットについていろいろ考えるのによいきっかけとなる道しるべのように思えます。

ミステリとしてみた場合、残念ながら大きな不満が残ってしまいます。
ミステリ部分も、きわめて文法通りだからです。
ここまで型どおりだと、サプライズがまったくなくなってしまいます。

ところで、この作者、桐野夏生の乱歩賞受賞作「顔に降りかかる雨」 (講談社文庫)を読んだことあるのかな?
ふと気になりました。

専門知識を生かしつつ、今後はミステリとしての構図にも力を入れていただければと希望します。


<蛇足1>
「松井はよくこんな風に唐突な質問を遠慮なく投げかけてくるが、それは空気が読めないせいではない。おそらく長い海外生活のうちに身についた強みであり、怖いものなしの率直さである。」(22ページ)
なかなか議論を呼びそうな文章だなぁと思って読みました。

<蛇足2>
「だってこの業界では、むしろおネエであることがひとつのステータスじゃない。羨ましいくらいだよ。」(22ページ)
美術界というのは、そうなんでしょうか?

<蛇足3>
「佐和子さんはどうしてここで働くことになったんですか」
「どうしてだろうね」
 お茶を濁したあと頬杖をついて、人差し指で適当にパソコンのキーボードを叩いた。(23ページ)
とても紛らわしい表現ではありますが、ここは「お茶を濁す」ではなく「言葉を濁す」ではなかろうかと思いました。 

<蛇足4>
「無名先生のアートは唯子さんが育てて、唯子さんがすべて司っているって本当ですか。だから無名先生は売れているって」
「そんなわけないじゃない。無名が私を食べさせているのよ。私が無名をたべさせてるんじゃないわ」
 思いがけずロマンチックな話を聞かせてくれた唯子のことを、信頼し始めている自分がいた。(26ページ)
うーん、このやりとり、ロマンティックとは思えなかったのですが。
あるいは書かれていないだけでロマンティックな話が出ていたという含意なのでしょうか?

<蛇足5>
「唯子のギャラリーでは、オーナーの采配ひとつで給料を含めた全事項が決定される。」(31ページ)
「こういうのを、いわゆるブラック企業と呼ぶのだろうか。」(32ページ)
労働実態からしてブラックだと思いましたが、ここのギャラリー、企業だったのでしょうか?
このようなギャラリー、法人化しているケースが多いのでしょうか?
まあ、法人化していたほうがなにかと都合がいいのかもしれませんね。

<蛇足6>
「私たちは自分の死を見ることができないわけですよ。死んだら自分の物語は終わってしまうから、そのあとの世界を見ることはできない。だからいつも死ぬのは他人なんです。自分の死というのは観念でしかない。」(239ページ)
現代アートの創始者とされるマルセル・デュシャンの名言「されど死ぬのはいつも他人」を言い換えたものです。
こういう言葉があるんですね。

<蛇足7>
「過去の作品管理や回顧展を手伝う財団としての経営に切り替えるために、話を進めているようだった。」(336ページ)
財団でも「経営」というのでしょうか?




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