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絞首人の手伝い [海外の作家 た行]

絞首人の手伝い (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

絞首人の手伝い (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2008/05/08
  • メディア: 新書

<裏表紙あらすじ>
嵐の孤島の悪夢の一夜。これぞ、不可能犯罪の極致
汝、オッドの呪いによりて朽ちはてよ--晩餐会の席上で始まった、つまらない口喧嘩にすぎないはずだった。だがクラーケン島の所有者フラント氏に向けて義弟のテスリン卿が呪いの言葉を吐きかけたとたん、異変は起きた。その場に昏倒したフラントは、なんとそのまま絶命してしまった! しかも怪異は続いた。フラントの死体は死後数時間もたたないうちにすっかり腐乱してしまったのだ……一族に伝わる呪い、水の精霊のたたり、襲いかかる怪物、そして密室の謎。不可能犯罪ミステリの醍醐味をたっぷりと詰めこんだ幻の本格ミステリ、ついに登場


ハヤカワ・ポケット・ミステリです。

ヘイク・タルボットといえば「魔の淵」 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)ですよね。
1981年にエドワード・D・ホックがアンソロジー「密室大集合」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)を編むときに、17人のミステリ作家、評論家でアンケートを行った結果のオールタイム不可能犯罪ミステリ・ランキングで、ディクスン・カーの「三つの棺」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)に次ぐ2位に輝いた作品です。選出にあたったのが、フレデリック・ダネイ、ハワード・ヘイクラフト、エドワード・D・ホック、リチャード・レビンソン&ウィリアム・リンク、フランシス・M・ネヴィンズJr.、ビル・プロンジーニ、ジュリアン・シモンズ、オットー・ペンズラーといった錚々たるメンバーなので、これは価値ある2位ですよね。
でもね、覚えていません......
「三つの棺」も新訳を読んでようやく凄さをしっかりと認識したくらいなので、「魔の淵」もいつか読み返さないといけないですね。

さて、この「絞首人の手伝い」 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)はデビュー作のようです。
帯には、
絶対不可能犯罪!
というステキな惹句が。

あらすじを読んでいただいてもわかると思いますが、カーかな? と思うくらい、怪奇趣味にあふれた作品で、ケレン味たっぷり。
日本では近年小島正樹がやりすぎコージーとして、やりすぎミステリを連発してくださっていますが、さすがにそこまでいかなくても、お腹一杯になるくらいの盛り込みぶりです。

まずもって舞台となる島の名がクラーケン島(!)。
「北欧の、古い怪物の伝説に由来しているのよ。島と同じぐらいの大きさをしていて、通る船、通る船を飲みこんでは、海中のねぐらまで運び、ゆっくり時間をかけて、船員たちの骨をもぐもぐ食べたとか」(25ページ)
近くには、<絞首人の入り江>と呼ばれる場所まである。
<オッド>と呼ばれる悪霊の呪いで死ぬ、死体が死後数時間で見分けのつかないくらい腐る、探偵役のローガンがウンディーネ(水の多いところに棲む自然界の精霊)に密室状態で襲われる......

いずれも豪胆に解決されます。
(実は、死体が腐る謎も、ウンディーネに襲われる密室も、疑問点があるのですが、ネタバレなので、最後に書いておきます)

こういう力技のミステリ、楽しいですよね。
個人的には、探偵役のローガンよりも、ボビーの活躍がお気に入りです。

ちなみにタイトルの<絞首人の手伝い>とは、早々に21ページに出てくるのですが、正確な意味合いは開かされないまま、どんどん物語が進んでいきます。
85ページには、探偵役のローガンがどんなものだろうと空想をめぐらすシーンまであります。
実際にはっきりとその意味が書かれるのはなんと240ページ!
ここで明かしても問題ないとは思いますが、念のため色を変えておきます。
それはだれかではなく--なにかなんです--つまり、潮流(カレント)なんですよ(240ページ)
「ここの海岸に沿って北に向かう海流があるんだ。」 「メキシコ湾流のミニチュア版みたいなものさ。メイクピースがいうには、それはときおり溺死体を<絞首台の入り江>と呼ばれる場所まで運んでいくそうだ。名前がそこから来てるのは明らかだよ」(241ページ)
ちなみに、<絞首人の手伝い>は、謎解きの場面でも大きくクローズアップされます。まあ、そうでなかったらタイトルにならないでしょうけれど。


訳者あとがきによると、タルボットの第三長編の原稿は出版を断られたあと散逸してしまったらしいです。ああ、もったいない。

<おまけ>
奥付が2008年5月のこの本、大きめの帯がつけられています。
当時ポケミスの象徴だった抽象画の表紙の上に、写真をあしらった帯がかかっていて表側は印象深かったのですが、裏側は帯が大きすぎ、あらすじが隠れてしまっていて、「しかも怪異は続」までしか見えません。ポケミスってビニールがかかっていて帯を外すのが大変なので、本屋さんで実物を手に取ってもあらすじを最後まで確認するのが大変です。というか、ビニールを外すのは気が引けてできません。
困るなぁ、これ。


<蛇足1>
「なんだかびびってしまうのよね」(24ページ)
なかなか斬新な訳だなぁ、と思いました。
びびるって、なかなか翻訳ものではみない表現ですよね。ひょっとしたら日本語の小説でもあまり見ないかも。
それなりに古い表現のようですが、もともと関西方面の方言らしいですし、小説で使うにはちょっとどうかな、と思えますね。
ちなみに、この表現平安時代からあった、という説があるそうですが、それは嘘らしいです。
四次元ことばブログの『「びびる」の嘘語源を正す 「平安時代から」はガセ』というページです。(いつもながらの勝手リンクです。すみません)

<蛇足2>
「思いきり拝聴させていただきますよ」(116ページ)
拝見や拝読で同じような表現をよく耳にしますが、日本語としては間違っているので、小説では避けてもらいたいですね。

<蛇足3>
「ミス・ガーウッドもその場に居合わせ、彼女の友人が誤って水銀の塩化物を摂取してしまって以来、どんな類の薬も服用できなくなってしまったといった」
「やつは、自分の薬は水銀の塩化物ではなく塩化第一水銀だといいましたよ」
「水銀の塩化物というのは塩化第一水銀にほかならないというだけけですよ。毒性のあるのは塩化第二水銀のほうです。」(123ページ)
ここの意味がわかりませんでした。訳のせいでしょうか? 原文が悪いのでしょうか?


原題:The Hangman's Handyman
作者:Hake Talbot
刊行:1942年
訳者:森英俊


ーー 以下、ネタバレです ーー

<ネタバレ>の疑問


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閉ざされた庭で [海外の作家 た行]


閉ざされた庭で (論創海外ミステリ)

閉ざされた庭で (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2014/12/02
  • メディア: 単行本



論創海外ミステリ134。単行本です。
エリザベス・デイリーの本を読むのは初めてです。
帯によると「アガサ・クリスティーから一目置かれた女流作家」
らしいです。それが本当だとするとすごい。
・・・のですが、訳者あとがきによると、デイリーの作品の裏表紙に推薦文(プルーフ)を寄せたことから生まれてエピソードらしいです。なーんだ。

庭園で起こった射殺事件を扱っているのですが、庭園と屋敷の位置関係もわからないし、図面も地図もない。
ここからだと見つからないとか見つかる、とか、銃を撃てるとか撃てないとか議論されても、まったくピンと来ないし、少々困りました。不親切ですよね。(もっとも、それでも作者の頭の中ではきちんと図面が引かれていることが想像できるので、不安になったりはしませんでしたが)

分からないと言えば、殺人現場である庭園(バラ園)に置かれている像が、ざんざんけなされているのですが、これもピンと来ませんでしたね。
冒頭から「あんな趣味の悪いもの」(9ぺージ)呼ばわりです。
「どうやら人間、それも男性をかたどったもので、実寸より小ぶりに作ってある。丈の短いギリシャ風の衣装をまとっている。高さのない円形の土台の上に立っていて、風雪にさらされ、劣化が著しい」(10ページ)と説明される、木製のアポロ像ということなのですが、アポロ像がそんなに趣味の悪いもの、なのでしょうか?

作品は、ミステリとしては非常にオーソドックスな謎解き物で、正直、地味でしたね。
退屈したりはしなかったものの(翻訳は読みにくくて問題があると思いましたが、ストーリー展開は読みやすかったですね)、取り立てていうほどのこともないような...(失礼)
いや、真相はかなりトリッキーではあるんですよね。
そう、それこそクリスティが書いてもおかしくないような感じです。(クリスティならもっとうまく書いているでしょうけれども)
だから、大騒ぎせずに、小味ながらウェルメイドなミステリとして楽しめばいいのでは?


<蛇足1>
噴水を作るにはもってこいの場所よ、林の泉からパイプを通したり、古い治水溝から水を引けばいいのだから。(9ページ)
変な日本語ですね。~たり、~たり、となっていないのを別にしても、おさまりがわるい文章だなあと思います。

<蛇足2>
自分ひとりで入ったと警察に主張し、さらには死因審問でも証言するおつもりですか?(80ページ)
明日の午後、死因尋問が始まるまでには動き出すだろう(211ページ)
普通ミステリでは検死審問というところを死因審問とするのはよいとして、審問なのか尋問なのか、一つの書物の中では統一すべきではないでしょうか?

<蛇足3>
わたしには--旧知の友を除き--アビィ以外に地縁はひとりもおりませんし(81ページ)
地縁? 文脈的に間違った用語だと思います。
知り合い程度の訳でよかったのではないでしょうか?

<蛇足4>
相続税を払えばそれぐらい残る。小切手帳を見ればすべてわかるよ(88ページ)
小切手帳というのは(利用者が記録をちゃんとつけているにしても)出金サイドだけを記録するものですから、入金額とか残高はわからないと思います。日本でいう通帳はないでしょうけれど、ここは誤訳ではなかろうかと。

<蛇足5>
エルスワース・モッソン…………州検事(巻頭の主要登場人物欄)
窓辺のカウチに座っているのが、リヴァータウン在住の州検事、エルスワース・モッソンだ。(85ページ)
この件についての権限がおありなら、モッソン判事にも。(110ページ)
ああ、モッソンですか。彼は州判事です。(173ページ)
一体、モッソンさんは、どういう人なのでしょうか? 

<蛇足6>
本当にバカな女。無口な人って、たいていバカよ。無口を装って、自分の愚かさを取り繕っているの。(228ページ)
なかなか大胆なセリフで笑ってしまいました。



原題:Any Shape of Form
作者:Elizabeth Daly
刊行:1945年
訳者:安達眞弓






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ワニの町へ来たスパイ [海外の作家 た行]

ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)

ワニの町へ来たスパイ (創元推理文庫)

  • 作者: ジャナ・デリオン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2017/12/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
潜入任務で暴れすぎたために、敵から狙われる身となった超凄腕CIA秘密工作員のわたし。ルイジアナの小さな町で、自分と正反対の女性になりすまし潜伏するつもりが、到着するなり保安官助手に目をつけられ、住む家の裏の川で人骨を発見してしまう。そのうえ町を仕切る老婦人たちに焚きつけられ、しかたなく人骨事件の真相を追うことに……。型破りなミステリ・シリーズ第一弾。


いやあ、いいです、この本
馬鹿馬鹿しくて、実にいい。

ジャネット イヴァノヴィッチの「私が愛したリボルバー」 (扶桑社ミステリー)から始まるバウンティハンター、ステファニー・プラム・シリーズを思い出しましたが、あちらよりもミステリ濃度は濃い目な気がしましたが、ステファニー・プラム・シリーズを読んだのはずいぶん前なので定かではありません。

主人公が秘密工作でヘマをして身を隠さなければならなくなって、CIA長官の指示で長官の姪になりまし、ルイジアナのちっぽけな田舎町シンフルで蟄居することに......
という冒頭の展開からして、真面目に読む作品ではないことが明らかなわけですが(それ以前に、冒頭から繰り広げられるレディングの語り口からして真面目な作品ではないことがわかります)、その通り、リラックスして気軽に読むのにちょうどよい、ドタバタ展開の作品です。

この種の作品でポイントとなるのは、型破りで、かつ、愛すべき登場人物たち、となりますが、主人公であるレディングもいかれていれば(褒め言葉です、念のため)、町を牛耳るおばあ様たちもいかれています(しつこいですが、褒め言葉です)。
「このふたりのおばあさんたちのことは好きにならずにいられない。」(299ページ)
とレディングも言っていますが、同感。
レディングに目をつける(目の敵にする?)保安官助手・ルブランクもいい感じですね。将来的にシリーズが進めば、レディングといい感じになるのかな? ならないだろうな?

ミステリとしては(いやミステリとして、ではないか......)人骨事件の真相と同時に、町のありようが明かされるのがポイントかと思うのですが、こう書くとネタバレというよりは、ミスリーディングですね。

いやあ、満足しました!
続編「ミスコン女王が殺された」 (創元推理文庫)がすでに翻訳されていて楽しみです。


<蛇足>
「アイスクリームを浮かべたルートビアは完全無欠の飲み物と言っていい。」(167ページ)
げっ、と思いました。ルートビアって、おそろしくまずかったような......それにアイスクリームをON......
しかもこのシーン、アルコール飲料がないことを嘆いて、ルートビアを注文するシーンなんですが、アルコールが欲しかったのにアイスクリームを足すなんて!?





原題:Louisiana Longshot
作者:Jana DeLeon
刊行:2012年
訳者:島村浩子




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サクソンの司教冠 [海外の作家 た行]

サクソンの司教冠 (創元推理文庫)

サクソンの司教冠 (創元推理文庫)

  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/03/11
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
フィデルマはローマにいた。幸い、ウィトビアの事件を共に解決したエイダルフが加わっている、カンタベリー大司教指名者(デジグネイト)の一行と同行することができた。ところが、肝心の大司教指名者がローマで殺されてしまったのだ。犯人はどうやらアイルランド人修道士らしい。フィデルマとエイダルフは再び事件の調査にあたるのだが……。美貌の修道女フィデルマが縺れた謎を解く。長編第二作。


「死をもちて赦されん」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)に続くシリーズ第2作です。
司教冠には、ミトラ、とフリガナが振ってあります。

今回は舞台がローマです。
新たなカンタベリーの大司教に指名されたウィガード司教が殺されるという大事件が起こります。
フィデルマとエイダルフは首尾よく(?) ローマのゲルシウス司教(教皇の伝送官[ノメンクラートル])から捜査を依頼され、自由に思うように進める権限を得ます。
この場面でもそうですが、「死をもちて赦されん」 感想でも書いた通り、フィデルマ、我を通すというか(それがいかに合理的なものであっても)、嫌な女です。
筋を通すというと聞こえはいいですが、もうちょっとやりよう、いいようはあるのでは、と思ってしまいます。
エイダルフが緩衝材になっている、ということでしょうが、それにしてもねぇ、と思えてなりません。
ひょっとしたらフィデルマは、厭味ったらしい名探偵の正統派の後継者なのかもしれませんね。

怪しげなアイルランド人修道士が犯人と目されているという状況は常套的ながら手堅い印象です。
非常にゆったりと謎解きは進みますが(なかなか進まない、というべきかもしれませんが)、解説で若竹七海が書いているように
「例によって多少くどすぎたり長すぎたりする箇所がないわけではないが、地下通路で迷いかけたり、死体を発見し謎のアラビア人の会話を立ち聞きし、挙げ句の果てに頭を殴られて気絶したり、売春宿におしかけて大女の女将を投げ飛ばしたり、聞き込みの合間にアクションも盛りだくさんとサービス精神旺盛な娯楽大作になってい」ます。
事件の背景にある、犯人をはじめとする登場人物たちの流転の物語が興味深く、大部な作品ですが面白く読み終わることができました。

おもしろかったのは、冒頭ミスをしてしまうラテラーノ宮殿衛兵隊の小隊長(テツセラリウス)のリキニウスですね。冒頭のこのチョイ役なのかな、と思っていたら、フィデルマ、エイダルフとともに捜査に加わります。
でね、
「フィデルマの部屋の戸口に、宮殿衛兵(クストーデス)の正式制服を着用した、若い美男の士官の姿が現れた。」(66ページ)
「好感のもてる容貌、というのが、フィデルマの第一印象だった。」(108ページ)
とあるように、ハンサムという設定なんですよ。
ちょっと、おやおや、と思うではないですか。
でもね、
「気がつくとフィデルマは、考え込みながらサクソン人修道士をじっと見つめていた。二人の意見は、自分たちの性格の違い、文化の違いのせいで、奇妙にも絶えず衝突していた。それにもかかわらず、フィデルマは彼と共にいる時には、常に温かさ、楽しさ、心地よさを、感じるのだった。これは、どういうことなのかと、フィデルマはその理由を見出したかった。」(434ページ)
なんてフィデルマが考えるくらいですから、リキニウスは到底エイダルフの敵ではありませんね。若い、若いと連発されていますから、年齢的にもフィデルマとは釣り合わないのでしょう(愛があれば歳の差なんて、といいますが...)。


<蛇足1>
「アイルランドの法律は、全ての女性を庇護しています。もし男性が相手の意に反して接吻をすれば、あるいは少々体に触れただけでさえ〈フェナハス法〉によって、銀貨二百四十スクラバルの罰金を科せられます」(206ページ)
アイルランドには古代(「サクソンの司教冠」の時代設定は 664年の夏です)からこんな進んだ法律があったんですねぇ。
でも、そうでないと、フィデルマのような性格の女性は生まれ得なかった(存在しえなかった)ようにも思えますが(笑)。

<蛇足2>
「フィデルマは、セッピのあからさまなパトック批判に、驚かされた。」(235ページ)
というところ、その前のセッピのセリフは確かにパトックを批判を意図するセリフではあるのですが、別の当事者に話が流れたかたちにもなっており、さほど「あからさまな」パトック批判とは言い難いものだと読んだのですが、誤読なのでしょうね...

<蛇足3>
「この傲慢な女性に一分間でも対応しようものなら、彼女はいつもの自制心を忘れて、感情を爆発させてしまうこと必定であろうから。」(258ページ)
フィデルマさん、いつもあなたやりたい放題に近いじゃないですか。いつもの自制心って、あなた、そんなに自制心のあるタイプではないでしょうに......

<蛇足4>
物語の最後の方、フィデルマが故郷に向かう道中のシーンがあり、当時の風景をアイルランドと対比させつつ描くシーンがあって印象深いです。
「その銀緑色は、彼女がなじんできた母国アイルランドの濃緑とは違うことに、フィデルマは気づいた。」(509ページ)
こういうの楽しいですよね。
ところで、濃緑に「こみどり」とルビが振ってあって、おやっと思いました。
普通に読むと「のうりょく」かな、と思うのですが、「こみどり」も辞書にはあるようですね。
ひょっとしたら少し特色ある原語が使ってあったのかな、と想像して楽しくなりました。




原題:Shroud for the Archibishop
作者:Peter Tremayne
刊行:1995年
翻訳:甲斐萬里江


ここにこれまで邦訳されている長編の書影を、ぼく自身の備忘のためにふたたび順に掲げておきます。
死をもちて赦されん (創元推理文庫)

死をもちて赦されん (創元推理文庫)

  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/01/26
  • メディア: 文庫

サクソンの司教冠 (創元推理文庫)

サクソンの司教冠 (創元推理文庫)

  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/03/10
  • メディア: 文庫

幼き子らよ、我がもとへ〈上〉 (創元推理文庫)幼き子らよ、我がもとへ〈下〉 (創元推理文庫)幼き子らよ、我がもとへ〈下〉 (創元推理文庫)
  • 作者: ピーター トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2007/09/28
  • メディア: 文庫

蛇、もっとも禍し上 (創元推理文庫)蛇、もっとも禍し下 (創元推理文庫)蛇、もっとも禍し下 (創元推理文庫)
  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2009/11/10
  • メディア: 文庫

蜘蛛の巣 上 (創元推理文庫)蜘蛛の巣 下 (創元推理文庫)蜘蛛の巣 下 (創元推理文庫)
  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2006/10/24
  • メディア: 文庫

翳深き谷 上 (創元推理文庫)翳深き谷 下 (創元推理文庫)翳深き谷 下 (創元推理文庫)
  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/12/21
  • メディア: 文庫


消えた修道士〈上〉 (創元推理文庫)消えた修道士〈下〉 (創元推理文庫)消えた修道士〈下〉 (創元推理文庫)
  • 作者: ピーター・トレメイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/11/21
  • メディア: 文庫






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緋色の研究 [海外の作家 た行]

緋色の研究 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

緋色の研究 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)

  • 作者: アーサー・コナン・ドイル
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2006/07/12
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
ホームズとワトスンが初めて会い、ベイカー街221Bに共同で部屋を借りた、記念すべき第一作。ワトスンへの第一声「あなた、アフガニスタンに行っていましたね?」は、ホームズが依頼人の過去を当てる推理のはしり。第一部はホームズたちの出会いから殺人事件解決まで。第二部は犯人の告白による物語で、米ユタ州からロンドンにいたる復讐劇。


ミステリの基本中の基本ともいえるホームズ物ですが、実は子供向けのものしか読んだことがありませんでした。
山中峯太郎の訳のもの(訳というより翻案というべきだ、というご指摘もあるようですが)が図書館にあったのでそれを子供の頃に読んだきりです。
あまりに高名・有名すぎて、またそれぞれ印象的な作品が多すぎて読み返す気にならなかったんですね。
今さらホームズ物かよ、と思う気持ちもないわけでもないのですが、イギリスに来たのもなにかの縁、大人物でちゃんと読み通してみようと思ったのです。
とすると悩んだのが、どの版で読むか、ということ。(原書で読む、という選択肢はありません...)
さすがはシャーロック・ホームズ、各社から文庫本が出ています。
深町真理子さんによる 創元推理文庫の新訳?、表紙イラストが印象的な角川文庫の新訳?、あるいは伝統の延原謙訳の新潮文庫? シャーロッキアンとして高名な小林司・東山あかね訳の河出文庫版?
悩んだ末に、日暮雅通さん訳の光文社文庫版にしました。

本書「緋色の研究」 (光文社文庫)はホームズ初登場作です。

シャーロック・ホームズの職業ですが、本人が語っています。
「ぼくはね、ちょっと変わった仕事をしているんだ。おそらく、世界じゅうでもぼくひとりしかいない。つまり、諮問探偵というやつなんだが、わかるかな。このロンドンには警察の刑事や民間の探偵が大勢いる。その連中が捜査や調査に行き詰まると、みんなぼくのところへやってくるんだ。」(36ページ)
普通の私立探偵と違って、客が刑事や(私立)探偵、というわけですね。
松岡圭祐に「探偵の探偵」 (講談社文庫)というシリーズがありますが、あちらは探偵を捜査対象とする探偵なので違いますね。
という意味では、探偵から依頼を受けて捜査する探偵というのは、ホームズの後にも存在していないのかもしれません。
でも、職業というからには、刑事からも報酬を受けとっていたのでしょうか? レストレード警部やグレグスン警部も金を払っていたのでしょうか?

ホームズはかなり奇矯な性格、ふるまいだった印象はあったのですが、警察を除いて、他の探偵をくさしているとは思いませんでした。
デュパンとルコックが槍玉にあがっています(38ページ)
「デュパンはずっと落ちるね。十五分も黙り込んでおいて、おもむろに鋭い意見を吐いて友人を驚かすなんてやり方は、薄っぺらでわざとらしいことこのうえない。確かに分析的才能はちょっとしたものだが、決してポーが考えていたほどの大天才じゃないよ」
「ルコックなんて哀れな不器用ものさ。とりえはただひとつ。動物的なエネルギーだけ。」「あんなもの、“探偵たるものこうはすべからず”っていう教則本にでもすりゃいい」
さんざんです。

一方で、
「彼は探偵術についての賛辞を聞くと、美人だと褒められた女性のように敏感に反応してしまうのだ」(64ページ)
だなんて、かわいいところもあるではないですか。
このあたりが広く人気を博している理由のひとつなのかもしれませんね。

タイトルの理由も割と早い段階で出て来ます。
「君がいかなかったらぼくは出かけなかったかもしれないし、こんなすばらしい研究対象(スタディ)を危うく逃すところだった。芸術の用語を使うなら、『緋色の習作(スタディ・イン・スカーレット)』とでもいったところじゃないか? 人生という無色の糸の束には、殺人という緋色の糸が一本混じっている。ぼくらの仕事は、その糸の束を解きほぐし、緋色の糸を引き抜いて、端から端までを明るみに出すことなんだ。」(72ページ)
この部分を受けて、河出文庫版は邦題を「緋色の習作」としていますが、個人的には「習作」ではなく「研究」に軍配を上げたいです。
解説で訳者・日暮雅通も触れていますが、ここは、研究と習作の両方の意味を持つ study を一種の掛詞としてホームズが語ったのだと思いますし、仕事、であるなら、習作ではないと思いますから。(さらに言うと、芸術サイドの study を「習作」と訳しているということですが、これも「研究」と訳して差し支えないのではないかと思います)

ホームズの推理のお手並みは、あざやか、と言いたいところですが、わりと決めつけが多い印象でしたね。
そうとは限らないんじゃないの、と突っ込みたくなるところがいっぱい。
終盤振り返って語る部分でも(210ページくらいから)、鼻血の件や変名・本名の件、ちょっと根拠なく(根拠なくは言い過ぎかもしれませんが、きわめて根拠薄くとは言えます) 決めつけちゃっていますよね。
ただ、何気ない部分に違った角度の光を当てて、意外な推理を導き出す醍醐味は十分感じられます。

二部構成になっているので余計そう思ったのかもしれませんが、ミステリ、謎解きとしてというよりも、物語性が強いことに驚きました。
ある意味ネタバレにはなりますが、早い段階で明かされているので(現場に残された血文字 RACHE はドイツ語で『復讐』と60ページで明かされます)書いてしまうと復讐譚なんですね。これが物語に奥行を与えている、というか第二部はその復讐の背景が描かれます。
この犯人が復讐したくなったのはよくわかるのですが、現在の視点で見ると、復讐の相手方、復讐すべき相手としてつけ狙うべき対象は、果たしてこの事件の被害者たちでよかったのだろうか、とちょっと考えてしまいました...余計な話ではありますが。
謎解き物の始祖的扱いを後に受けるわけですが、そんなことをドイルは想定もしていなかったのでしょうね。もっともっと物語性豊かなものを書いていきたかったのかもしれません。

原書刊行順に読もうと思っているので、次は「四つの署名」 (光文社文庫)です。読むのがいつになることやら......


<蛇足1>
「『表が出ればおれの勝ち、裏が出ればおまえの負け』というわけさ。」(87ページ)
ミステリではちょくちょく出てくるこのフレーズ、ホームズにも出てきていたんですね。

<蛇足2>
「刑事警察のベイカー街分隊さ」(87ページ)
この作品では、(未だ)ベイカー街イレギュラーズとは呼ばれていないんですね。
それにしても89ページのイラスト、ちっとも可愛げがない。イメージがあわない...


<蛇足3>
「海軍におります息子にもずいぶんお金がかかります。」(96ぺージ)
下宿を営むシャルパンティエ夫人のセリフなのですが、海軍ってお金がかかるんですか?
軍人は一種の公務員なので、給金が十分に出るでしょうから、お金がかかるというのが理解できませんでした。

原題:A Study in Scarlet
作者:Arthur Conan Doyle
刊行:1887年(この文庫本には原書刊行年の記載がありません...)
訳者:日暮雅通



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悪女イヴ [海外の作家 た行]


悪女イヴ【新版】 (創元推理文庫)

悪女イヴ【新版】 (創元推理文庫)

  • 作者: ジェイムズ・ハドリー・チェイス
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/06/21
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
親しくしていた孤独な作家から死に際に戯曲原稿を託されたクライヴは、それを自作として発表し、一躍有名作家となった。知的で美しい恋人も得て順風満帆だった彼だが、しだいに名声と実力のギャップに苦しむようになる。そんなときに現われた娼婦イヴ。魔性の女の虜となった男が迎える悪夢のような末路をノワール小説界の雄、チェイスが鬼気迫る筆致で描いた傑作。


年末・年始の休みから戻って最初に読んだ本です。
非常に高名な作品ですが、初読です。
この作品、大昔1962年にジャンヌ・モロー主演?で「エヴァの匂い」として映画化されており、そのリメイクが2018年に「エヴァ」として公開されたのにあわせて新版が出たようですね。

長らく絶版となっていました。旧版の画像はこちら↓。
表記が「イブ」から「イヴ」に変わったんですね。

悪女イブ (創元推理文庫 133-3)

悪女イブ (創元推理文庫)

  • 作者: ハドリー・チェイス
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1963/01/10
  • メディア: 文庫


読んでみると、非常にクラシカルな感じがし、登場人物のふるまいや言葉遣いにも時代を感じさせるものがありますが(なにしろ原書刊行は1945年で、文庫の初版は1963年です)、あまり古びた感じはしませんでした。
日本へ行った影響の時差ボケのせいで読み進めるに時間がかかりましたが、後半は眠気も忘れて読むことができたのは、作者の力だと思います。
引用したあらすじには「鬼気迫る筆致」とありますが、主人公である作家クライヴの一人称でつづられており、非常にスムーズに読めるように書かれていると思います。
特に、後半の自分には才能がないと苦悩を述べる場面は、いいなぁと思いました。

個人的に読んでよくわからなかったのは、実は、キーとなるイヴの魅力です。
うーん、こういう女性、魅力的なんでしょうか...
もともといる恋人のキャロルの方が、よほどいいように思ったのですが...こういう女性の魅力がわからないのは、こちらの感性がお子ちゃまということなのかも。
もっとも一般人では惹かれないような女性に堕ちないと、物語にはならないのかもしれませんね。
だからこその「悪女イヴ」なのかもしれません。

しかし、この「悪女イヴ」というタイトル、どうなんでしょうね?
このイヴ、娼婦であって、数多くの男性を虜にし、確かに主人公を手玉に取るのですが、むしろクライヴが一人で勝手にのめり込み、勝手に自滅しているように思えて、「悪女」と呼ばれるような感じもしません。
原題は Eve。「悪女」はついていませんしね。

一番驚いたのはラスト。カタストロフが訪れたあとのエピローグといってもいい部分なのですが、こういう落ち着き方をするとは正直びっくり。

世界的な作家にこんなことを言うと阿呆かと思われるでしょうが、ハドリー・チェイスという作家、おもしろそうです。ほかの作品も復刊されないかな?? いつもの読書傾向とは少しずれるんですが...そんなことを考えました。


原題:Eve
作者:James Hadley Chase
刊行:1945年
訳者:小西宏





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カナリア殺人事件 [海外の作家 た行]

カナリア殺人事件【新訳版】 (創元推理文庫)

カナリア殺人事件【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: S・S・ヴァン・ダイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/04/21
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
ブロードウェイで男たちを手玉に取りつづけてきた、カナリアというあだ名の美しいもと女優が、密室で無残に殺害される。殺人事件の容疑者は、わずかに四人だが、犯人のきめ手となる証拠は皆無。矛盾だらけで不可解な犯罪に挑むのは、名探偵ファイロ・ヴァンス。独自の推理手法で犯人を突き止めようとするが……。『ベンスン殺人事件』で颯爽とデビューした著者が、その名声を確固たらしめたシリーズ第二弾、新訳・新カバーで登場!


ヴァン・ダインの新訳シリーズです。
今回の新訳で、「カナリヤ殺人事件」から「カナリア殺人事件」へ、微妙に表記が変わっています。
ヴァン・ダインの新訳シリーズ、すごーくゆっくりとしたペースで出ますね。
前作が出たのが2013年2月。この「カナリア殺人事件」 (創元推理文庫)が2018年4月なのでなんと5年ぶり! 「ベンスン殺人事件」感想)で
新訳シリーズの次の刊行、まさか3年後ではないですよね!?
と書いたのですが、3年どころか...

とかく蘊蓄が多くて退屈だ(*)、と言われがちなこのシリーズでしたが、新訳の「僧正殺人事件」 (創元推理文庫)(感想ページへのリンクはこちら)と「ベンスン殺人事件」は退屈しなかったんですよね。
でも、この「カナリア殺人事件」は、いささか退屈してしまいました...
事件捜査の最中に、オペラを観に行ってしまう探偵ってどうなんでしょう...(164ページ。ちなみに演目はジョルダーノの「マダム・サンジェーヌ」。知りません...)

現代の目からみるというのは公平ではないのかもしれませんが、この作品に使われるトリックがあまりにも陳腐なことは大きな欠点だと思います。
2つのトリックが使われていますが、密室トリックの方はあちこちで馬鹿にされる類のものですし、もう一つの方は時代的な技術レベルを考えてもトリックとして機能しない、通用しないのではないだろうかと変な心配をしてしまう内容です。
もっともこちらは、当時は斬新に思われたのでしょうし、現実の未解決事件を下敷きにしていることと相まって評判を呼んだのかもなぁ、とも思えます。

もっと個人的にいただけないなぁ、と思ったのは、ヴァンスの心理的推理。
非常に有名なシーンですが、ポーカーを通して犯人を突き止める(!)というのです。
ヴァンスによれば、
「ポーカーってのはね、マーカム、十のうち九までが心理ゲームなんだ。ゲームを理解してさえいれば、テーブルについた人間の心の内が、一年ばかり打ち解けてつきあうよりもずっとよくわかる」(323ページ)
ということなんですが、確かに賭け事などは人間性が伺えるというのは理解できなくもないですが、それはあくまで一面であって、ポーカーでもって犯人を突き止めるレベルにまでいくとは思えないんですよね。
「確実な賭けをするポーカー・プレイヤーってのはね、マーカム、きわめて巧妙かつこのうえなく有能なギャンブラーに備わっている利己的な自信には欠けるものなんだよ。運まかせに冒険したりとんでもないリスクを冒したりはしない。」
「しかるに、オウデルという娘を殺した男は、たった一度の運にすべてを賭けるたぐいまれなるギャンブラーだ。彼女を殺したのは大博打以外の何ものでもないよ。あんな犯罪をやってのけられるのは、どこまでも自己本位で、絶大なる自信があるゆえに確実な賭けを軽蔑してしまうようなギャンブラーだけだ」(345ページ)
と説明を加えられても、一面はね、と思うだけで、全体としてピンとくるものはありませんでした。
心理的推理を大いに喧伝する癖に、結局のところ決め手は上述のトリックに使った小道具という物理的証拠なのも竜頭蛇尾というか、尻すぼみというか、みっともない感じです(笑)。
「ベンスン殺人事件」と違って、物的証拠と心理的証拠のバランスが崩れてしまっている、と思いました。
でも、これも当時はかなりセンセーショナルだったのでしょうねぇ...

ということで、当時としては話題にもなり受けたのだろうな、と思えるものの、現代の観点から見るとちょっと辛い作品かなぁ、というのが感想です。

次は名作と誉れ高い「グリーン家殺人事件」 (創元推理文庫)ですね!
時間がかかってもいいので、新訳をお願いします!

(*)
ファイロ・ヴァンスが調子よく蘊蓄を披露しているところへ、マーカム検事が、
「行こう! 蘊蓄垂れ流しをとにかくせき止めるぞ」(130ページ)
というシーンがあって要注目です!!
蘊蓄はこの時代の人でもうるさいなぁ、と思う人がいたという証左ですし、作者自身も自覚しているということですよね!

そんな鬱陶しい(失礼!)蘊蓄ですが、おもしろいなと思ったものもあります。
「早く馬を走らせるものは、また早く馬を疲らせもする」(シェイクスピア「リチャード二世」
「分別をもってゆっくりとだ。駆けだすものはつまずくぞ」(シェイクスピア「ロミオとジュリエット」
「急いてはことを仕損じる」(モリエール「スガナレル」)
「うまく急ぐ者は、賢明に我慢できる」(チョーサー「カンタベリー物語」中の「メリペ物語」)
「上出来と大急ぎはめったに両立しない」
「せっかちに災い絶えず」
と、ずらっとならべて見せたところ(185ページ)です。
もっとも、ここに対してもマーカムは
「知ったことか! きみが寝物語を始める前に、ぼくは帰らせてもらう」
と言っていますが(笑)


原題:The Canary Murder Case
著者:S. S. Van Dine
刊行:1927年
訳者:日暮雅通



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そして医師も死す [海外の作家 た行]


そして医師も死す (創元推理文庫)

そして医師も死す (創元推理文庫)

  • 作者: D・M・ディヴァイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/01/22
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
診療所の共同経営者を襲った不慮の死は、じつは計画殺人ではないか――市長ハケットからそう言われた医師ターナーは、二ヵ月前に起きた事故の状況を回想する。その夜、故人の妻エリザベスから、何者かに命を狙われていると打ち明けられたこともあり、ターナーは個人的に事件を洗い直そうと試みるが……。英国本格黄金期の妙味を現代に甦らせた技巧派、ディヴァイン初期の意欲作。


ディヴァインを読むのは、「三本の緑の小壜」 (創元推理文庫)(感想ページへのリンクはこちら)以来で、1年半以上間があきました。
「2016本格ミステリ・ベスト10」第1位です。

「兄の殺人者」 (創元推理文庫)に続く作者の第2作をようやく読むことができました。
翻訳される順が遅かったのは、やはりディヴァインの中では出来が落ちるからかな、とちょっと気にしていたのですが、いやいや、無茶苦茶よくできていて、面白いではないですか!!

主人公が語り手でアラン・ターナーという青年医師なわけですが、いわゆる「信頼できない語り手」ではなさそうなのに、どうもはっきりとは言ってくれない感じ。読者に何か隠している感じが強くて、不安になります。
アランの共同経営者で被害者である医師ギルバート・ヘンダーソンの妻エリザベスとアランの間に関係があるのかどうか...それすら、アランは読者に明かしてくれない。
それでも、舞台となっているシルブリッジという地方都市(というか、町レベルかもしれませんね)で、故人の妻エリザベスと主人公アランが孤立していく様子に、引き込まれてしまいました。
婚約者ジョアンとの関係がどうなるかにも、はらはら。

濃密な地方都市の人間関係の中でミステリが展開されるのですが、素晴らしい謎解きです。
解説で大矢博子が
「トリックらしいトリックなどない。あざとさもない。奇を衒う仕掛けもない。」
「本書の謎解きそのものは、決して派手ではない。手堅さでは一流だが、六〇年代にあっても新味は薄いと言わざるを得ない」
と書いていますが、それでも本書は一流の本格ミステリですし、非常に意外な犯人を演出していると思います。
ちょっとクリスティっぽいなぁ、と思ってしまいました。
考えてみれば、クリスティの作品でも、犯人そのものは派手なトリックは使っていませんね。クリスティのまるで魔法のようなミスディレクションで、読者はラストの謎解きであっと驚かされてしまう。
本格ミステリの作者の腕の冴えを堪能できる作品だと思います。

ディヴァインには未読の本がまだ積読状態なので、読むのが楽しみです!

<蛇足>
「アラン、警部補も、あれで一所懸命やってるのよ。」(290ページ)
とあって、とてもうれしくなりました。
最近、一生懸命という無知無蒙の表れとしか思えない無神経な語が使われることが多く「一所懸命」ときちんとした日本語を使っていない本が多くなってきたので。
がんばれ、東京創元社!


<おまけ>
HP「黄金の羊毛亭」の解説(?)は、今回も素晴らしいです。


原題:Doctors Also Die
著者:Dominic Devine (D・M・Devine)
刊行:1962年
訳者:山田蘭








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アンドロイドは電気羊の夢を見るか? [海外の作家 た行]


アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

  • 作者: フィリップ・K・ディック
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1977/03/01
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では生きた動物を所有することが地位の象徴になっていた。人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡した〈奴隷〉アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた! 現代SFの旗手ディックが、斬新な着想と華麗な筆致をもちいて描き上げためくるめく白昼夢の世界! 〔映画化名「ブレードランナー」〕


映画「ブレードランナー2049」を観て、久しぶりに読み返そうと買いました。
映画の感想を昨日書いたので、本の感想は今月(12月)読んだ本を書いてきたところですが、もどって11月に読んだこの本を。
ぼくが買った版では、表紙に非常に大きい帯(もはや帯とはいえず第2のカバーとでもいうべき大きさですが)がかかっていて、映画化仕様という感じです。
実は映画「ブレードランナー」も、この「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」も、以前はあまり感銘を受けず、覚えているところがほとんどありませんでした。
ところが、「ブレードランナー2049」を観たら、「ブレードランナー」がよみがえってきて、勢いをかって「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読んじゃえと思った、ということです。

いやあ、おもしろいじゃないですか、やはり。もちろん、わからない点も多々残ってはいるのですが...
どうして最初に読んだとき感銘を受けなかったのかな? と不思議におもうほど。
たぶん、映画「ブレードランナー」の印象にひきずられすぎたのかも。
そして、いつも読んでいるミステリのようにかちっとピースが嵌っていかないと満足できなかったからかも。

今回読み返してみて、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」のポイントは、イメージの奔流に身をゆだねることだな、と感じました。そもそもSFというのはそうやって読むものなのかもしれませんが。

映画「ブレードランナー」を観てから読むと、ハリソン・フォード(リック・デッカード)に嫁がいるよ...まずそこに驚けるわけですが(笑)、情調(ムード)オルガンとか人工物でないペットを飼いたがるとか、未来っぽい要素とイメージは、まずこのデッカードの家庭から気づかされます。スムーズですね。
デッカードのほかにも、アンドロイドを匿うことになる(?)イジドア、という主要人物が登場します。そしてアンドロイド。
共感(エンパシー)ボックスとウィルバー・マーサー(マーサー教? の教祖?)。そして印象的なレイチェル。フォークト=カンプフ検査。
人間とは? アンドロイドとは? 人間らしさとは? 人間とアンドロイドの区別は?
このテーマが、イメージの奔流のなかで浮かび上がってきます。
訳者あとがき、数々の引用含めディックおよびこの作品について解説してくれているので、鑑賞の手引きとしてちょうどいいように思いました。

<蛇足1>
「服装はぞろっぺえだが」(37ページ)
という文章が出てきます。ぞろっぺえ...
ネットで調べたら、「(主に関東地方で)いい加減でだらしないこと。また、そういう人や、そのさま。ぞろっぺい。ぞろっぺ。」らしいです。
へぇ...

<蛇足2>
「キップルってのは、ダイレクト・メールとか、からっぽのマッチ箱とか、ガムの包み紙とか、きのうの新聞とか、そういう役に立たないもののことさ。だれも見てないと、キップルはどんどん子供を産みはじめる。たとえば、きみの部屋になにかキップルをおきっぱなしで寝てごらん、つぎの朝に目がさめると、そいつが倍にもふえているよ。ほっとくと、ぐんぐんおおきくなっていく」
「それがキップルの第一法則なんだ。グレシャムの悪貨の法則とおんなじで、『キップルはキップルでないものを駆逐する』のさ。」(86ページ)
いやあ、納得。うちにもキップルいます...
でも、グレシャムの悪貨の法則をさらっと口に出すような人物が、マル特=特殊者(スペシャル)認定されるんですねぇ。


原題:Do Androids Dream of Electric Sheep?
作者:Philip K. Dick
刊行:1968年
訳者:浅倉久志


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三本の緑の小壜 [海外の作家 た行]


三本の緑の小壜 (創元推理文庫)

三本の緑の小壜 (創元推理文庫)

  • 作者: D・M・ディヴァイン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2011/10/28
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
ある日、友人と遊びにいった少女ジャニスは帰ってこなかった――。その後、ジャニスはゴルフ場で全裸死体となって発見される。有力容疑者として町の診療所勤務の若い医師が浮上したものの、崖から転落死。犯行を苦にしての自殺と目されたが、また少女が殺されてしまう。危険を知りながら、なぜ犠牲に? 真犯人への手掛かりは意外にも……。英国本格の名手、待望の本邦初訳作。


久しぶりにディヴァインを読んだ、という感じです。

タイトルの「三本の緑の小壜」 というのは、
「一列に並んだ、三本の緑のガラス壜。あの有名な数え歌のように、一本ずつ落ちて割れていく。」(271ページ)
と書かれているように、童謡(?)からとられているようです。
Ten Green Bottles
でも、ここ、なぜわざわざ「緑のガラス壜」となっているのでしょうね? “glass” という単語が使われているのでしょうか? 不思議。

少女たちが続いて殺されていく作品なわけですが、
「こんなことが殺人の動機になりうるとは思えない」(344ページ)
と書かれている動機がポイントでしょうか。ミッシリング・リンクとして、面白い作品だと思いました。
個人的にはミステリとしては、あり、だと思ったものの、まあ、こんな理由で殺されちゃたまらないですが...

動機はさておくとして、犯人を見抜くのはそんなに難しくはないだろうと思います。
「この人物しかありえないというところまで、われわれは犯人を絞り込んだ。五万人から六人へ、六人からふたりへ、そしてついに最後のひとりへ。」(355ページ)
とロウビンズ警部補が言う場面がありますが、これは言い過ぎというもので、もともと容疑者は六人くらいからスタートしているわけです。
ただ、バラまかれた手がかりと作者の仕掛けたミスディレクションとはかなりいろんなパターンを組み合わせてありまして、贅沢な作りの本格ミステリです。
少々犯人が分かりやすかったとしても、満足できます。

そして、この作品は視点人物が切り替わっていくのですが、切り替わるたびに趣が変わっていくというところもポイント高い。
派手ではないですが、いわゆる“ロマンス”が盛り込まれているのも、時代を反映していい感じで楽しめました。

ディヴァインの作品は、ゆっくりとですが、着実に訳されています。
本書のあとも、
2013年に「跡形なく沈む」 (創元推理文庫)
2015年に「そして医師も死す」 (創元推理文庫)
が訳されています。
今月末に
「紙片は告発する」 (創元推理文庫)
が出版されるようですね。
楽しみです。全部読まなきゃ。

<おまけ>
HP「黄金の羊毛亭」の解説(?)は、いつもながら素晴らしいです。
これ読んじゃうと、感想書くのが悪いことをしているみたいな気分になります...

<2018.09追記>
今更ながら、ではありますが、この作品は「本格ミステリ・ベスト10〈2012〉」第1位です。

原題:Three Green Bottles
著者:Dominic Devine (D・M・Devine)
刊行:1972年
訳者:山田蘭






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