サクソンの司教冠 [海外の作家 た行]
<裏表紙あらすじ>
フィデルマはローマにいた。幸い、ウィトビアの事件を共に解決したエイダルフが加わっている、カンタベリー大司教指名者(デジグネイト)の一行と同行することができた。ところが、肝心の大司教指名者がローマで殺されてしまったのだ。犯人はどうやらアイルランド人修道士らしい。フィデルマとエイダルフは再び事件の調査にあたるのだが……。美貌の修道女フィデルマが縺れた謎を解く。長編第二作。
「死をもちて赦されん」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)に続くシリーズ第2作です。
司教冠には、ミトラ、とフリガナが振ってあります。
今回は舞台がローマです。
新たなカンタベリーの大司教に指名されたウィガード司教が殺されるという大事件が起こります。
フィデルマとエイダルフは首尾よく(?) ローマのゲルシウス司教(教皇の伝送官[ノメンクラートル])から捜査を依頼され、自由に思うように進める権限を得ます。
この場面でもそうですが、「死をもちて赦されん」 の感想でも書いた通り、フィデルマ、我を通すというか(それがいかに合理的なものであっても)、嫌な女です。
筋を通すというと聞こえはいいですが、もうちょっとやりよう、いいようはあるのでは、と思ってしまいます。
エイダルフが緩衝材になっている、ということでしょうが、それにしてもねぇ、と思えてなりません。
ひょっとしたらフィデルマは、厭味ったらしい名探偵の正統派の後継者なのかもしれませんね。
怪しげなアイルランド人修道士が犯人と目されているという状況は常套的ながら手堅い印象です。
非常にゆったりと謎解きは進みますが(なかなか進まない、というべきかもしれませんが)、解説で若竹七海が書いているように
「例によって多少くどすぎたり長すぎたりする箇所がないわけではないが、地下通路で迷いかけたり、死体を発見し謎のアラビア人の会話を立ち聞きし、挙げ句の果てに頭を殴られて気絶したり、売春宿におしかけて大女の女将を投げ飛ばしたり、聞き込みの合間にアクションも盛りだくさんとサービス精神旺盛な娯楽大作になってい」ます。
事件の背景にある、犯人をはじめとする登場人物たちの流転の物語が興味深く、大部な作品ですが面白く読み終わることができました。
おもしろかったのは、冒頭ミスをしてしまうラテラーノ宮殿衛兵隊の小隊長(テツセラリウス)のリキニウスですね。冒頭のこのチョイ役なのかな、と思っていたら、フィデルマ、エイダルフとともに捜査に加わります。
でね、
「フィデルマの部屋の戸口に、宮殿衛兵(クストーデス)の正式制服を着用した、若い美男の士官の姿が現れた。」(66ページ)
「好感のもてる容貌、というのが、フィデルマの第一印象だった。」(108ページ)
とあるように、ハンサムという設定なんですよ。
ちょっと、おやおや、と思うではないですか。
でもね、
「気がつくとフィデルマは、考え込みながらサクソン人修道士をじっと見つめていた。二人の意見は、自分たちの性格の違い、文化の違いのせいで、奇妙にも絶えず衝突していた。それにもかかわらず、フィデルマは彼と共にいる時には、常に温かさ、楽しさ、心地よさを、感じるのだった。これは、どういうことなのかと、フィデルマはその理由を見出したかった。」(434ページ)
なんてフィデルマが考えるくらいですから、リキニウスは到底エイダルフの敵ではありませんね。若い、若いと連発されていますから、年齢的にもフィデルマとは釣り合わないのでしょう(愛があれば歳の差なんて、といいますが...)。
<蛇足1>
「アイルランドの法律は、全ての女性を庇護しています。もし男性が相手の意に反して接吻をすれば、あるいは少々体に触れただけでさえ〈フェナハス法〉によって、銀貨二百四十スクラバルの罰金を科せられます」(206ページ)
アイルランドには古代(「サクソンの司教冠」の時代設定は 664年の夏です)からこんな進んだ法律があったんですねぇ。
でも、そうでないと、フィデルマのような性格の女性は生まれ得なかった(存在しえなかった)ようにも思えますが(笑)。
<蛇足2>
「フィデルマは、セッピのあからさまなパトック批判に、驚かされた。」(235ページ)
というところ、その前のセッピのセリフは確かにパトックを批判を意図するセリフではあるのですが、別の当事者に話が流れたかたちにもなっており、さほど「あからさまな」パトック批判とは言い難いものだと読んだのですが、誤読なのでしょうね...
<蛇足3>
「この傲慢な女性に一分間でも対応しようものなら、彼女はいつもの自制心を忘れて、感情を爆発させてしまうこと必定であろうから。」(258ページ)
フィデルマさん、いつもあなたやりたい放題に近いじゃないですか。いつもの自制心って、あなた、そんなに自制心のあるタイプではないでしょうに......
<蛇足4>
物語の最後の方、フィデルマが故郷に向かう道中のシーンがあり、当時の風景をアイルランドと対比させつつ描くシーンがあって印象深いです。
「その銀緑色は、彼女がなじんできた母国アイルランドの濃緑とは違うことに、フィデルマは気づいた。」(509ページ)
こういうの楽しいですよね。
ところで、濃緑に「こみどり」とルビが振ってあって、おやっと思いました。
普通に読むと「のうりょく」かな、と思うのですが、「こみどり」も辞書にはあるようですね。
ひょっとしたら少し特色ある原語が使ってあったのかな、と想像して楽しくなりました。
原題:Shroud for the Archibishop
作者:Peter Tremayne
刊行:1995年
翻訳:甲斐萬里江
ここにこれまで邦訳されている長編の書影を、ぼく自身の備忘のためにふたたび順に掲げておきます。
コメント 0