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コールド・コールド・グラウンド [海外の作家 ま行]


コールド・コールド・グラウンド (ハヤカワ・ミステリ文庫)

コールド・コールド・グラウンド (ハヤカワ・ミステリ文庫)

  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/04/04
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
暴動に揺れる街で起きた奇怪な事件。被害者の体内からはなぜかオペラの楽譜が発見され、現場には切断された別人の右手が残されていた。刑事ショーンは、テロ組織の粛清に見せかけた殺人なのではないかと疑う。そんな折、“迷宮"と記された手紙が彼に届く。それは犯人からの挑戦状だった! 武装勢力が乱立し、紛争が日常と化した八〇年代の北アイルランドで、ショーンは複雑に絡まった殺人鬼の謎を追うが……。大型警察小説シリーズ、ここに開幕


2023年9月に読んだ5作目の本です。
エイドリアン・マッキンティ、「コールド・コールド・グラウンド」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

1980年代初頭の北アイルランドという設定で、いわゆるアイルランド紛争が激しかった頃。
アイルランドをめぐる各派入り乱れての状況が背景にあり、おおまかな構図すら頭に入っていなかったので、略号や別称が入り乱れ、読んでいて混乱しました。
読み終わってから、訳者あとがきにキーワードの簡単な説明として解説がされていることに気づき、あとがきから先に読んでおけばよかったと後悔しました。

もともとアイルランドはカトリックが盛んな島で、北アイルランドはイギリスから分離しアイルランドと一緒になることを目指すカトリック系(いわゆるナショナリスト。そのうち過激な人たちがリパブリカン)と、現状のままイギリスに属すことを目指すプロテスタント系(いわゆるユニオリスト。そのうち過激な人たちがロイヤリスト)の対立が激しく、当時はテロや紛争が頻発していました。住民同士の対立も激しかった頃。
有名なIRA(アイルランド共和軍)はリパブリカン系。対するロイヤリスト系の組織がUDA(アルスター防衛同盟)。UDAの下部組織にアルスター自由戦士(UFF)というのがあるそう。また、UVF(アルスター義勇軍)はプロテスタント系のテロ組織。
ちなみにIRAの政治部門(?) が、シン・フェイン党。IRAの内部治安部隊がFRU。
フェニアン(フィアナ騎士団)というのが、カソリック教徒に対する蔑称(11ページ)
プロテスタントはプロディ(カソリックサイドから見た蔑称です)とルビが振られていたりしますし、単にプロディと書かれていたりします。

主人公であるショーン・ダフィは、王立アルスター警察隊(RUC)巡査部長で、カトリック。
大学も出ているある種変わり種。
舞台は北アイルランドですから、イギリス支配下で、すなわちプロテスタントの領域。RUCの組織もほとんどがプロテスタントの人で占められていたはずで、ダフィの置かれた状況の困難さを想像しながら読み進めます。
このダフィの性格設定が本書の、そしてシリーズの最大のポイントなのだと思います。
「IRAはベルファストのどこかに、”IRAは知恵がまわり、UDAは酒がまわる” という落書きをしていて、俺はそれを見るたびに内心ほくそえんでいた」(174ページ)
というくらいには頑迷で、
「俺たちはプロディ流に食前の祈りを捧げた。」(204ページ)
という箇所では、きちんと相手に合わせているくせに”プロディ”を使っていたりします。

捜査もカソリック住民が多い地域、プロテスタント住民が多い地域でやりにくくもなり、やりやすくもある、というところが緊迫感を高めます。

事件は、同性愛者を狙ったとおぼしき連続殺人と、ハンスト中のIRAメンバーの元妻の失踪事件。
ダフィが、全体の方針とは違う方向に捜査を進めていく、というのは警察小説のある意味王道ではあるのですが、当時の北アイルランド情勢を絡めながら、どうもやみくもに戦線を拡げているように思われるところ、一転してラスト間際で大きな転換点を迎えるところが、ミステリ的には見どころなのだと思いました。

こういう展開は現実世界ではよくあるのでは? とも思いますし、ミステリの世界でも物語の序盤あるいは遅くとも中盤でこういう展開になり、その後主人公たちが苦闘する、という流れとなるのはあるのですが、この「コールド・コールド・グラウンド」のようにクライマックス近傍で展開して見せるのは珍しく、ちょっとびっくりしました。
同時に、こういう展開はアイルランドにふさわしいのかも、とも感じました。

その後の展開は衝撃的でした。難しいところへ挑んでいったな、と。
シリーズを続けて読んでいきたいと強く思いました。

今のところ
「サイレンズ・イン・ザ・ストリート」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「アイル・ビー・ゴーン」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「ガン・ストリート・ガール」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「レイン・ドッグズ」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「ポリス・アット・ザ・ステーション」 (ハヤカワ・ミステリ文庫 )
まで翻訳されています。

しかしまあ、勤務時間中に普通にお酒を飲む時代だったのですね......
(人種的に日本人よりもアルコールに強い人たちではありますが)

最後に翻訳について2点。
1点目。登場人物たちの返事がすべて「あい」。
aye という語の訳のようですが、最後まで違和感をぬぐえませんでしたね......
2点目は巻頭に掲げられている、タイトルの由来となったトム・ウェイツの歌詞。訳されていません。原語のまま。
どちらも訳者があえてそうされているのだとは思いますが、馴染めませんね。


<蛇足1>
「お定まりのビニール袋を探した。六ペンス硬貨が三十枚、もしくは五十ペンス硬貨が三十枚入った袋を。けれど見つからなかった。タレコミ屋の処刑現場には銀貨三十枚が残されていることが多いが、必ずというわけではない。
 これが汚い金を受け取った手だ。そしてこれが、ユダが得た裏切りの対価だ。」(29ぺージ)
こういうのがあるのですね。

<蛇足2>
「できん! うちは今、聖歌隊の少年のケツの穴よりきつきつなんだ」(33ページ)
コンプライアンス的にどうかという警部の発言ですが、こういうのが一般的に使われていた表現なのでしょうか?
警部がカトリック系であることも、いろいろと考えさせられます。

<蛇足3>
「あれは一九七四年、五月二日。── 略 ── 俺は大学の下宿から二十メートルばかりの距離にあるオーモー・ロードのバー、〈ローズ&クラウン〉のまえを歩いていた。」(42ページ)
〈ローズ&クラウン〉というパブ、日本でチェーン店でありますね。

<蛇足4>
「聖書のなかで、バト・シェバが自分の髪を梳いてダビデ王の気をひいたように。何か裏があるにちげえねえです。」(100ページ)
クラビー巡査刑事のセリフで、大学を出たという設定になってはいますが、こういうのがさらっと出てくるくらいに聖書は読み込まれているということなのでしょう。なんだかすごいです。

<蛇足5>
「俺はふたりをハイ・ストリートの〈ゴールデン・フォーチュン〉に連れていき、スパイスのきいていない典型的なアイルランド風中華チップスと麺と豚バラを食べた。」(102ページ)
アイルランド風中華チップスって、なんでしょうね? 気になりました。
えびせんべい(龍蝦片)のことかな? でもそれだとアイルランド風とは言えないですね......

<蛇足6>
「被害妄想だな」と一蹴したが、すぐに考え直した。「ウィリアム・バロウズが言うには、被害妄想患者というものは、実際に何が起きているかを理解している人間のことだがね。」
「ビリー・バロウズ? あのフィッシュ・アンド・チップス店の店長がそんなことを?」(183ページ)
「裸のランチ」 (河出文庫)などで知られる作家が、フィッシュ・アンド・チップス屋さんと間違えられるとは(笑)。

<蛇足7>
「ある朝、ストラスブールの欧州人権裁判所で、ジェフリー・ダジョンという同性愛者対イギリスの裁判において、イギリス政府に不利な判決が出たことが新聞で報じられた。判事らは十五対四で、北アイルランドの同性愛行為禁止法は欧州人権条約に違反していると判断した。イギリス法務長官はこれを受け、北アイルランドの法律は変わらなければならないだろうと発言した。成人間の合意にもとづく同性愛行為は合法化されるべきである、と。」(471ページ)
わずか40年ほど前まで違法だったのですね。
ネットでみたところ「英国の性犯罪法は1967年にイングランドとウェールズで、21歳以上の男性同士の同性愛行為を合法化した。 しかしスコットランドでは1980年、北アイルランドでは1982年になるまで、同性愛は違法だった。」ということらしいです。



原題:The Cold Cold Ground
著者:Adrian McKinty
刊行:2012年 
訳者:武藤陽生



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