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入れ子の水は月に轢かれ [日本の作家 あ行]

入れ子の水は月に轢かれ

入れ子の水は月に轢かれ

  • 作者: オーガニックゆうき
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2018/11/20
  • メディア: 単行本

<裏表紙あらすじ>
 那覇・水上店舗通り――繁華な国際通りから一本入ったその場所は、猥雑なバックストリートだ。かつては湿地帯だったガーブ川を、戦後に不法占拠して生まれたワンダーゾーン。……いわば、風来坊たちの隠れ家である。
 水害で死んだ双子の兄の身代わりとして、偽りの人生を生きてきた孤独な青年・岡本駿。母を振り切って実家を飛び出した彼は放浪の果て、水上店舗通りに辿り着いた。高齢フリーターの川平健、そして老女傑の鶴子オバアと出会い、居場所を見つけた駿はやがて、オバアの店を譲り受け『水上ラーメン』をオープンする。しかし開店当日、最初の客が謎多き水死体として発見される。
 不審死を追う駿と健は、在日米軍、CIA、琉球王など、沖縄に滲む黒闇を目の当たりにする――!
 第8回アガサ・クリスティー賞受賞作品。


単行本です。第8回アガサ・クリスティー賞受賞作。
毎度書いておりますが、アガサ・クリスティー賞は素直におもしろいと思える作品が少なく(少ないどころか、なく、かもしれません...)、おやおやと思っているところ、今回の作品はどうでしょうか?
素直に読めて、そこそこおもしろかったですが、どうでしょうね、このレベルで十分おもしろい、とは言い難いですね。なんだか読みにくかったですし。

読み終わっても、タイトルの意味がよくわかりませんでした。
巻末の選評で藤田宜永が「タイトルが示しているような不思議な魅力もある」と書いていますが、さて、なんのことやら。
那覇の地下をめぐる暗渠を舞台とした謎やトリックも、よくわからない。巻頭にイメージ図みたいな地図が掲げてあるのですが、この地図を見てもさっぱり。文中によく出てくるジュンク堂とかくらい地図に書き込んでおいてくれればよいのに。
犯人も容疑者らしき人はほとんどおらず、怪しそうなやつがそのまま怪しいという、工夫のない状態。

また、沖縄の一般的イメージから明るい展開を期待すると裏切られます。
戦後の闇市やら、ベトナム戦争やらが出てきても、真相にたどり着いてみれば沖縄秘史というには極視的なストーリーですが、それでも暗部を明らかにするという構図を、重苦しい感じでつづっていきます。

でもね、否定的なコメントを書いてきましたが、面白かったかどうかというと面白かったんですよ。
スカッとした感じ、からっとした感じはなく、陰、鬱、といった感じではありますが、熱気は感じられましたし、ヤクザな感じではない、アウトローな感じは、しっかり伝わってきました。
物の値段を事細かに覚えている鶴子オバアとか魅力的に思いました。
ミステリ的には小粒ではありますが、消えたキャンディス氏の謎は「そう来たか」とにんまりしてしまう出来で楽しみました。

帯に引用されていますが、選考委員の北上次郎が
「まだけっして完成形ではないが、この作家はもっともっと大きくなる。そういう予感を抱かせてくれる作家と出会えたことを喜びたい。」
と書いています。そうなんでしょうね。
筆力あり、という作家さんだと思ったので、題材は暗いものでも、からっとした読後感になるような作品を書いてくれるといいのになぁ、と思いました。

ところで、作者名のオーガニックゆうき。
オーガニックも有機、ですから、ゆうきゆうき、ですね。
なんとなく洒落ているような、そうでもないような、おもしろいペンネームだと思います。


<蛇足1>
「出来るだけゆっくりと、時間をかけてコーヒーを淹れるのが彼のこだわりだ。」(9ページ)
日常会話やTVでは連発されるのでやむなしなのかもしれませんが、「こだわり」をいい意味で使うというのは、殊に小説の地の文の場合気に入りません。言葉に気を使わない作家なんだなぁ、と警戒してしまいますね。
でも、かと思えば、
「想像しただけでも生きた空もなかった。」(197ページ)
「門にも一対の巨大なシーサーが蹲踞(そんきょ)していた」(293ページ)
なんておやっと思う表現が出てきたりします。おもしろい作家ですね。
(にしても、シーサーって、蹲踞しますか?)

<蛇足2>
羽衣の物語を紹介するところがあるのですが、268ページから約6ページ、全文ひらがなで書かれています。
これが読みにくいこと夥しく、しかも、ひらがなで書く必然性がそれほどない。新人賞応募作なので、ページ稼ぎでもなし、どうしてこんな変なことしたんでしょうね?


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