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殺人は広告する [海外の作家 さ行]


殺人は広告する (創元推理文庫)

殺人は広告する (創元推理文庫)

  • 作者: ドロシー・L. セイヤーズ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1997/09
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
広告主が訪れる火曜日のピム広報社は賑わしい。特に厄介なのが金曜掲載の定期広告。こればかりは猛者揃いの文案部も鼻面を引き回される。変わり者の新人が入社してきたのは、その火曜日のことだった。前任者の不審死について穿鑿を始めた彼は社内を混乱の巷に導くが……。広告代理店の内実を闊達に描く本書は、真相に至るや見事な探偵小説へと変貌する。

前作「死体をどうぞ」(創元推理文庫)感想を書いたのが2013年10月なので4年ほど経ってしまっていますが、今月(2017年9月)最初に読んだ本です。8月の終わりごろから読みだして、ようやく、昨日読み終わりました。
読むのにずいぶん時間がかかりましたが、つまらなかったのではありません! むしろとてもおもしろかったです。
なんだか気分的に、このところ本を読む気になかなかならなくて、すごーく飛び飛びに読んだんですが、そのたびに混乱せずに世界に入り込めました。きちんと作りこまれているからこそ、だと思います。

引用したあらすじには「見事な探偵小説へと変貌」と書かれていますが、あまり昔ながらの本格ミステリといった感じはしませんでした。

このシリーズの楽しみの一つは、ピーター・ウィムジイ卿をはじめとする貴族階級の世界にどっぷり浸ることだと思いますが、今回は執事のバンターもハリエットも出てきません。
どうせすぐにわかることなので書いてしまいますが、広告代理店に潜入捜査(!)するという話なので、そのあたりは抑え目です。
「するとお兄さまも、世の労働者のひとりにおなりなのね」
「そうだよ。週にまるまる四ポンド稼いでいる。何とも不思議な感覚だね。自分で一文でも稼いだのは初めてだ。毎週、給料袋を受け取るたびにすなおに誇らしくなるよ」(110ページ)
なんて会話が交わされたりします。
宮仕えの庶民としては、少々馬鹿にされているような気にもなりますが、逆に高踏遊民である貴族から見たらこんな感じなのかもしれませんね。

で、潜入捜査なわけですが、これがなかなか乙なものです。
本格ミステリっぽくないと書きましたが、その分、まったりとしたサスペンス(変な表現ですが)を楽しめます。昔風の表現でいうと、通俗的なスリラー、といった感じでしょうか?
セイヤーズって、こういう作家だったんですねぇ。もっともっとガチガチの本格ミステリだけかなぁ、なんて勘違いしていました。

事件のほうは社内での転落死なわけですが(西村敦子さんによる表紙絵をご覧ください。ちょっと階段のイメージが読んでいる時とは違うんですが、しゃれています)、そこから拡がりを見せるところがポイント。
そういう展開に持っていくのか... いやいや、本格ミステリっぽくないぞ。
ネタばれになるので、伏字にしますが、麻薬販売組織ですか...
話の展開としてはかなり緊迫した状況になりそうなんですが、そしてそういう状況に確かになっているのですが、読むとそういう雰囲気になっていないところがすごい。

クリケットでウィムジイ卿の正体がばれそうになる、ってのもイカしてます。
クリケットかぁ...日本人にはまったく馴染みのないスポーツなので、延々試合の描写がされても、なんだかなぁ、というところですが、それでもシチュエーションが笑えそう(笑えます)。

最終的な着地を見ると、ウィムジイ卿が潜入したピム広報社の位置づけがちょっと期待外れではありましたが、セイヤーズの曲者ぶりを十分堪能できました。
解説で、若島正が
「セイヤーズの自評が影響しているのかどうか、脂がのりきった時期に書かれたにもかかわらず、『殺人は広告する』は従来からさほど評価が芳しくない。」
と書いていますが、正統派の本格ミステリを逸脱するような部分が評価を下げている理由なのかもしれませんね。
今となっては、むしろそのはみ出た部分のほうが楽しめるように思えました。

このあと、シリーズは
「ナイン・テイラーズ」 (創元推理文庫)
「学寮祭の夜」 (創元推理文庫)
「忙しい蜜月旅行」(ハヤカワ・ミステリ文庫)
の3冊になりました。
たまにしか手に取らないのですが、残り少なくなってきたセイヤーズの作品、これからも、ゆーっくり読んでいきます。


<蛇足1>
「最初から始め、最後にたどりつくまで続け、できればそこでとまってくれないか?(『不思議の国のアリス』より)」(111ページ)
これ、いろんなところで使われるフレーズですが(たとえば岡嶋二人「クラインの壺」)、原典は『不思議の国のアリス』だったんですね。ちゃんと意識していませんでした。
古典をはじめとする引用の多い作品には、こういうのを再発見する楽しみもありますね、レベルの低い発見で申し訳ないですが...

<蛇足2>
引用ついでに
「疑り深いトマス(『ヨハネ伝』二〇章二四~二九節)」(114ページ)
というのもありました。
ロバート・リーヴズ「疑り屋のトマス」 (ハヤカワ ポケット ミステリ)のタイトルはここからきていたのですね。たぶん解説や何かで触れられていたでしょうから、「疑り屋のトマス」 を読んだ当時認識していたとは思うんですが、すっかり忘れていて、ちょっと嬉しくなりました。

<蛇足3>
「ワトソンを五十人集めたような無能ぶりと熱意」(122ページ)
いや、いくらなんでもワトソンに気の毒な言いぶりでは...ウィムジイ卿...

<蛇足4>
「堤防街(エンバンクメント)まで歩き」(158ページ)
という文章が出てきますが、エンバンクメント、というのは今では(ひょっとしたら昔から?)地下鉄の駅名にもなっている地名です。
これ、「堤防街」と訳す必要はなかったのではないでしょうか?
たとえば「テンプル」も「寺院」とは訳さないでしょう?

<蛇足5>
謎解きにもすこーし絡むので、気をつけないといけないですが、これくらい大丈夫と思うので、書きます。気になる方は避けてください。
「パンチしろい」が、「マウントジョイ」の聞き間違いって、ありえますか!?(382ページ)
原語でどうなっているのかがわからないので、日本語訳でうんぬん言っても仕方ないかもしれませんが、あまりにも遠すぎませんか??
いや、文句を言うよりも、むしろ苦笑して楽しんでしまいましたが。

<蛇足6>
実は途中から、アガサ・クリスティーの某作品を読み返したくなって仕方がありませんでした。
その某作品は、子供のころに読んで、どうもぴんと来なかったのですが、この「殺人は広告する」を読んで、今読み返すと楽しめるような気がしてならないのです。


原題:Murder Must Advertise
作者:Dorothy L. Sayers
刊行:1933年
訳者:浅羽莢子




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シンデレラの罠 [海外の作家 さ行]


シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)

シンデレラの罠【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 作者: セバスチャン・ジャプリゾ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2012/02/28
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
わたし、ミは、火事で大火傷を負い、顔を焼かれ皮膚移植をし一命をとりとめたが、一緒にいたドは焼死。火事の真相を知るのはわたしだけだというのに記憶を失ってしまった。わたしは本当に皆の言うように大金持ちの伯母から遺産を相続するというミなのか? 死んだ娘がミで、わたしはドなのではないのか? わたしは探偵で犯人で被害者で証人なのだ。ミステリ史上燦然と輝く傑作。


ミステリ史にその名を轟かせている名作「シンデレラの罠」の新訳です。(まあ、この新訳が出たのは2012年2月なのでもう4年経っていますが...)
なんといっても、原書が出たときのキャッチ・コピーが有名ですね。

わたしの名前はミシェル・イゾラ。
歳は二十歳。
わたしが語るのは、殺人事件の物語です。
わたしはその事件の探偵です。
そして証人です。
また被害者です。
さらには犯人です。
わたしは四人全部なのです。いったわたしは何者でしょう?

一人四役、というのも、記憶喪失というのも、続々とこの「シンデレラの罠」にインスパイアされた作品が出ています。

個人的には、「シンデレラの罠」といえば、訳者あとがきでも触れられている、小泉喜美子の「メイン・ディッシュはミステリー」 (新潮文庫)
もともと名高い作品で読みたいと思っていましたが、「メイン・ディッシュはミステリー」 を読んで一層読みたくなりました。

上で引用したキャッチ・コピーに書かれている、一人四役を成立させる超絶技巧。
そして「ミステリーには自由で斬新な個性や冒険こそが大切なので、些細な辻つまなんぞたいして合っていなくったっていいんだ、とうそぶいている感じ……」と評された流麗な作風。
そういう印象を持ちつつ読んだことを思い出します。
で、読んだ感想はというと、わかったような、わからんような....
実は旧訳版は、3回か4回読んでいるのですが、そのたびに、わかったような、わからんような....
一人四役というのは、証人っていうのはちょっとインチキですが(だって、たいてい、犯人は証人を兼ねているでしょう??)、成立していることは読み取れます。
で、わたしは、ミなの?、ドなの? という部分も、ラストでさらっと決め技を出してくれます。うん、洒落ている。
が、どことなく釈然としない。本当にこれでいいんだっけ?
それでも、雰囲気にはどっぷりと毎回浸っていました。小泉喜美子の言うとおりだなぁ、なんて勝手に納得しながら。

で、ようやく長い前振りを経て、今回の新訳です。

まず、雰囲気がかなり違う。すごくクリアな手触りです。
訳者が平岡敦というのに負うところが大きいのでしょう。素晴らしい。
訳者あとがきが、すごいです。
「たしかに旧訳版の『シンデレラの罠』には、首をかしげたくなる部分も少なくなかったが、それらはすべて翻訳上の問題だからだ。」
とばっさりやっつけちゃっています。
たしかに、どこがと指摘はできなくとも、雰囲気も含め、いろいろとクリアになった印象を持ちました。
かなりシャープな物語だったんですね、「シンデレラの罠」は。
さすが、Ce qui n'est pas clair n'est pas francais. (明晰でないものはフランス語ではない)

そして、ミステリとしての趣向も、訳者あとがきでびっくりです。
えーっ、そういう話だったの?
「シンデレラの罠」といえばどうしても一人四役にだけ注目が集まっていて、この訳者あとがきで書かれているような読み方、解釈を教えてくれた本、いままでなかったと思います。
洒落てると思った決め手まで、平岡さんにひっくり返されてしまうとは...
「読者を宙吊りのまま投げ出すかのようなラストも含めて、「シンデレラの罠」は精緻に計算しつくされた作品であり、「感興のおもむくまま」や「奔放」という表現とはおよそ正反対のところに位置している」
いやあ、本当に、どれだけ緻密な設計図を引けば、こんな作品が出来上がるんでしょうか?

なによりすごいのは、それだけ精緻で彫琢の極みみたいな作品で、新訳でクリアな印象となっても、独特の雰囲気を湛えているところですね。
新訳とあとがきが読めてよかったです。

P.S.
「シンデレラの罠」というオー・デ・コロン、匂いをかいでみたいですね。架空のものでしょうから、叶えられない願いですが。

原題:Piege pour Cendrillon
作者:Sebastien Japrisot
刊行:1962年
訳者:平岡敦


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犯罪 [海外の作家 さ行]


犯罪 (創元推理文庫)

犯罪 (創元推理文庫)

  • 作者: フェルディナント・フォン・シーラッハ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/04/03
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の末っ子。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。──魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たち。弁護士の著者が現実の事件に材を得て、異様な罪を犯した人間たちの真実を鮮やかに描き上げた珠玉の連作短篇集。2012年本屋大賞「翻訳小説部門」第1位に輝いた傑作!


裏表紙側の帯をまずは引用しましょう。

全世界80万部突破、33か国で翻訳
各国に衝撃を与えた驚異のデビュー作、文庫化!
第1位 2012年本屋大賞[翻訳小説部門]
第2位 「このミステリーがすごい! 2012年版」海外編
第2位 「ミステリが読みたい! 〈2012年版〉」
第2位 「週刊文春」 2011ミステリーベスト10 海外部門
クライスト賞・ベルリンの熊賞・今年の星賞受賞

これだけずらっと並んで、1位だ2位だと言われると、こういうのは気が引けますが、かなり地味な本です。
すごーく淡々と書かれていきますし、大きな山場があるわけでもない。

たとえば冒頭の「フェーナー氏」。48年間も耐えに耐えた夫が72歳になって妻を殺す。ただ、それだけです。
「タナタ氏の茶碗」は、日本人の実業家から家宝(?) の茶碗を盗んだ一味が迎える運命を描きますが、もっともっと激しい作品にもなりそうなプロットですが、あくまであっさりと。
「チェロ」は、資産家の父から独立して暮らす姉弟だったが、弟が脳に損傷を受けて、次第に歪んでいく生活。
「ハリネズミ」は、犯罪一家の愚昧な弟が、裁判所を手玉にとって兄を救う。
「幸運」は、ベルリンで身体を売って身を立てていた密入国者(難民)イリーナと、貧しい青年。ところがある日イリーナの客が死んでしまい。
「サマータイム」は、不倫相手を殺した疑いを掛けられたボーハイムを救った手がかり。
「正当防衛」は、駅でネオナチ二人を殺した男。正当防衛か、それとも?
「緑」は、伯爵は羊を殺している息子をかばっていたが、近所の少女が行方不明になって。
「棘」は、市立古代博物館の警備員が大理石像「棘を抜く少年」が気になって仕方なく...最後には
「愛情」は、突然彼女の背中をナイフで傷つけた青年。その動機は。
「エチオピアの男」は、強盗で逮捕された男はエチオピアで素晴らしい過去があったという。
紹介にもなっていない文章で恐縮ですが、弁護士の視点だから、という以上に、いずれも本当に淡々とつづられます。
「犯罪」というタイトルよりも「犯罪者」というタイトルの方がふさわしいような気もしました。

ところで、「サマータイム」なんですが、タイトル通りサマータイムを利用した仕掛け(?)は読んだときすぐに、おかしいな、と思ったんですが、裁判での関係者、誰も気づかなかったんでしょうか? サマータイムを導入していない日本人にはわかりにくいとは思いますが、ドイツ人なら聞いた瞬間理解しちゃうと思うんですが。
あと、「緑」のラストがわかりませんでした。2回読んでもわかりません。数字が来るべきところに、「緑」??

おもしろいよー、と言って回るようなタイプの作品ではありませんが、こういう作風のものもたまにはいいかも。





原題:Verbrechen
作者:Ferdinand von Schirach
刊行:2009年
翻訳:酒寄進一




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ジキルとハイド [海外の作家 さ行]


ジキルとハイド (新潮文庫)

ジキルとハイド (新潮文庫)

  • 作者: ロバート・L. スティーヴンソン
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/01/28
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
ロンドンの高名な紳士、ジキル博士の家にある時からハイドという男が出入りしていた。彼は肌の青白い小男で不愉快な笑みをたたえ、人にかつてない嫌悪、さらには恐怖を抱かせるうえ、ついに殺人事件まで起こしてしまう。しかし、実はジキルが薬物によって邪悪なハイドへと姿を変えていたのだった……。人間の心に潜む善と悪の葛藤を描き、二重人格の代名詞としても名高い怪奇小説。


新潮文庫が Star Classics 名作新訳コレクションと銘打って展開(?) しているうちの一冊です。
少し前に(調べたら2009年でした)光文社古典新訳文庫から、「ジーキル博士とハイド氏」というタイトルで出ていましたが、そのときは見送り。
今回は田口俊樹さん訳ということで、読んでみようと思いました。
実は、「ジキルとハイド」は、子供向けの翻訳を読んだきりで、ちゃんと読んだことがなかったのです。
そうしたら、訳者あとがきで、田口さんご自身が、
「本書の翻訳にかかるまで、原著はおろか翻訳書も、もっと白状すると、児童書も読んだ記憶がない」
と書かれていて、なんだかうれしくなっていまいました。
それにしても、こんなに薄い本だったんですねぇ。

お話の中身は、言わずと知れた二重人格ですが、薬物が取り扱われていたとは、今更ながら思いがけなかったです。
ラストも、こういうエンディングだったんですね。

あとがきでも指摘されていますが、怪奇小説でもあり、道徳的、宗教的なテーマを持つ作品であり、ファンタジーであり、煽情小説であり、ゴシック小説であり、ミステリーであり、悲劇である、というようにさまざまに読めます。
薄いだけになお一層、それぞれの要素をじっくりあれこれ想像しながら読む楽しみもあります。

「フランケンシュタイン」 (新潮文庫)も読んでみようかな。


原題:The Strange Case of Dr. Jekyll and Mr. Hyde
作者:Robert Louis Stevenson
刊行:1886年
翻訳:田口俊樹




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ずっとお城で暮らしてる [海外の作家 さ行]


ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

ずっとお城で暮らしてる (創元推理文庫)

  • 作者: シャーリィ ジャクスン
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
あたしはメアリ・キャサリン・ブラックウッド。ほかの家族が殺されたこの屋敷で、姉のコニーと暮らしている……。悪意に満ちた外界に背を向け、空想が彩る閉じた世界で過ごす幸せな日々。しかし従兄チャールズの来訪が、美しく病んだ世界に大きな変化をもたらそうとしていた。“魔女”と呼ばれた女流作家が、超自然的要素を排し、少女の視線から人間心理に潜む邪悪を描いた傑作。


「あたしはメアリ・キャサリン・ブラックウッド。十八歳。姉さんのコンスタンスと暮らしている。」
この書き出しでこの小説は始まります。
視点人物はこのメアリ(メリキャットと呼ばれています)。彼女の視点で、静かな暮らしと、村人との緊張感のある日常が描かれます。
屋敷で起こった事件の犯人として疑われた姉さんのコンスタンス。裁判では無罪になったけれど、村人の見る目は厳しく、引きこもっている姉に代わって行く、村への買い出しはメリキャットにとって苦行です。
この部分も、なにか起こるんじゃないか、とハラハラします。
村に行くのはつらいけれど、それなりに安定した生活を送っていたところへ従兄のチャールズがやってきて、平穏なメリキャットとコンスタンスの生活にひびが入り始めます。財産狙いなのが見え見えで可笑しいのですが、それに対するコンスタンスの考えや態度あたりから、読んでいて、あれれ? と妙な気分になってきます。
一人称で書かれた小説というのは、だいたいにおいてその視点人物に感情移入する、あるいはその視点人物になった気分で読んでいくものだと思うのですが、どうも、この「ずっとお城で暮らしてる」の場合、メリキャットに違和感を覚えるのです。
閉じこもった生活で、姉がすべて、という暮らしですから、ある程度普通じゃないのは予想していますが、度を超していて...無邪気といえば無邪気なんですが、冒頭にさりげなく忍び込まされた、18歳という年齢を考えると、怖くなってきます。
静かな生活を望む主人公たちを蝕む村人や従兄の“恐怖”を描くと同時に、その守るべき対象である主人公が歪(いびつ)という“恐怖”を味わうことになります。

解説を桜庭一樹が書いていまして、帯にも引用されているのですが、
「本書『ずっとお城で暮らしてる』は、小さなかわいらしい町に住み、きれいな家の奥に欠落と過剰を隠した、すべての善人に読まれるべき、本の形をした怪物である」
というのはとても印象的ですね。
動的なシーンもあるのですが、しんとした、冷え冷えとした感触のホラー作品でした。

原題:We have always lived in the castle
作者:Shirley Jackson
刊行:1962



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ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ  [海外の作家 さ行]


ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (上) (ハヤカワ文庫NV)ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (下) (ハヤカワ文庫NV)ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ (下) (ハヤカワ文庫NV)
  • 作者: オレン・スタインハウアー
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/08/30
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
ツーリスト―――それはCIAがアメリカの覇権維持を目的に世界中に放った凄腕のエージェント。過去も、決まった名前ももたない者たちだ。元ツーリストのミロは現役を退き、妻子と暮らしていた。だが、機密漏洩が疑われる親友の調査を命じられ、最前線に舞い戻る。親友の無罪を信じながらも、彼は監視をはじめるのだった――不確かな新世界秩序の下で策動する諜報機関員の活躍と苦悩を迫真の筆で描く、新世紀スパイ・スリラー。 <上巻>
ミロは殺人の容疑で国土安全保障省に追われる身となった。上司グレインジャーのおかげで、間一髪、逮捕の手を逃れたが、愛する家族との絆は壊れつつあった。いったい誰が仕掛けた罠なのか。ミロは親友の家を捜索し、陰謀の背後に潜む人物の手がかりを得る。だが、明かされる真実は、ミロをさらなる苦境へと突き落とすのだった。彼に逆転の術はあるのか?――ジョージ・クルーニー主演映画化決定! スパイ小説の新傑作 <下巻>

もうすでに年もあらたまり2014年になっていますが、前回感想を書いた
「三姉妹、舞踏会への招待 三姉妹探偵団(23)」 (講談社ノベルス)でようやく10月(!) に読んだ本の感想がおわり、この「ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ」 (上)  (下) (ハヤカワ文庫NV)から、ようやく11月(!) に読んだ本の感想となります。
積読だけでなく、読了本の感想まで滞っているという惨状で、がんばらなきゃ。

さておき、9・11後の世界を舞台にしたスパイ小説です。
ジョージ・クルーニーが映画化を獲得したのですが、映画は完成したのでしょうか?
アンジェリーナ・ジョリーとジョニー・デップが出ている「ツーリスト」 [DVD]とは別でしょうし。あらすじに、クルーニー主演と書いてあるので、当然違いますね、失礼。

冷戦終結後のスパイ小説というのは、なかなかむずかしいようで、ヒット作らしいものもなかった(と思う)のですが、この「ツーリスト 沈みゆく帝国のスパイ」 (上)  (下) は快調です。
新しい時代背景で、いかにもスパイ小説らしいスパイ小説を完成させたところがお手柄、と思えます。
「いかにもスパイ小説らしいスパイ小説」ゆえに、展開やラストに既視感を覚えて、不満を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、敵陣営との駆け引き、二重スパイ疑惑...ちょっと、わくわくしませんか?
久しぶりに、こういったわくわく感を堪能できた気がします。黒幕(?) の正体に意外感なくてもいいんです。とても満足。
すでに続巻「ツーリストの帰還」 (上)  (下) (ハヤカワ文庫NV)が翻訳されています。期待しています。


<おまけ>
解説で霜月蒼が
『嘆きの橋』 (文春文庫) 『極限捜査』 (文春文庫)を読んだ者は、本書のあるシーンで、再会の喜びと別離の悲しみが混交した衝撃を感じることになるはずだ。」
と書いていて、すごーく気になりましたが、両作は未入手なので...
「嘆きの橋」 (文春文庫)はもう品切れのようですね。「極限捜査」 (文春文庫)だけでも買って読むかなぁ??




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死体をどうぞ [海外の作家 さ行]


死体をどうぞ (創元推理文庫)

死体をどうぞ (創元推理文庫)

  • 作者: ドロシー・L・セイヤーズ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1997/04
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
探偵作家のハリエットは、波打ち際に聳える岩の上で、喉を掻き切られた男の死体を発見した。そばには剃刀。見渡す限り、浜には一筋の足跡しか印されていない。やがて、満潮に乗って死体は海に消えるが……? さしものピーター卿も途方に暮れる怪事件。本書は、探偵小説としての構成において、シリーズ一、二を争う雄編であり、遊戯精神においても卓越した輝きを誇る大作である。

解説で、法月綸太郎が
「セイヤーズの全長編刊行もいよいよ佳境に入ってきた」
と書いていますが、現段階ではこの「死体をどうぞ」のあと、
「殺人は広告する」 (創元推理文庫)
「ナイン・テイラーズ」 (創元推理文庫)
「学寮祭の夜」 (創元推理文庫)
まで出ています。
東京創元社のホームページ(リンクはこちら)には、
「このあと『忙しい蜜月旅行』(ハヤカワ・ミステリ刊。2007年創元推理文庫刊行予定)が1937年に出版されて、ピーター卿シリーズの長編は終了します。」
と書かれていますが、まだ、「忙しい蜜月旅行」は出ていません。かわりに(?)、ハヤカワ・ミステリ文庫に2005年に収録されましたが...
さておき、ゆっくりゆっくり読んでいますが、読むほうも佳境に入ってきている、ということでしょう。しかし、「死体をどうぞ」の奥付を見ると、出版されたのが1997年4月。15年以上も積読にしておくとは、われながら、積読にもほどがある...
奥付といえば、原書の刊行年は1932年なんですね。戦前(第二次世界大戦前)ではありますが、100年も経ってない。ピーター・ウィムジイ卿なんて、いかにも貴族! という感じで、有閑階級ならではのありさまなんですが、そういう人種が活躍していた時代から100年も経っていないというのは、なんだか不思議な感じがします。だいたい、ウィムジイ卿に語りかける二人称が「御前」ですから。
このシリーズの楽しみの一つに、やはりこの貴族階級の世界にどっぷり浸ることがあります。執事のバンターも、もう一人の主人公ともいうべきハリエットも、ウィムジイ卿との会話が、とてもおもしろい。
ふざけているかのような(そして実際にふざけているシーンもありますが)やりとりがたまらなく愉快です。
作者も結構冷めた目で地の文にコメントしていたりして(例:222ページ。「あらゆる生物の雄の例に洩れず、ウィムジイも根は単純なのだ」とか。)、余裕を感じさせます。
で、この作品は、きわめて複雑なプロットで、翻弄してくれます。
解説で法月綸太郎も指摘しているように、前作「五匹の赤い鰊」 (創元推理文庫)の姉妹編のような趣で、コリン・デクスターやエラリー・クイーン、そしてバークリーの「毒入りチョコレート事件」 (創元推理文庫)が引き合いに出されるのも納得の充実ぶりです。
トリックが単純だ、なんて批判をする人もいるかと思いますが、トリックは、見せ方が勝負なんですよ、とセイヤーズは言っているかもしれません。

物語の終盤(580ページ以降)で、名探偵たちを例示するやりとりも興味深かったです。
「たとえば、ロジャー・シェリンガム方式があるでしょ。Aが手を下したと、詳しく手の込んだ形で証明しておいて、最後に物語をもうひと振りし、新たな角を曲がらせ、真犯人はBだったと発見するの--それも最初に疑ったきり忘れてた人」
「そうね、それならファイロ・ヴァンス方式があるわよ。首を横に振り、『っこんなものではすまない』と言って、犯人がさらに五人殺して容疑者がかなり減ったところで、誰だか見極める」
「フレンチ警部方式はどう--絶対崩れないアリバイを崩すんだけど」
「ソーンダイク式の解答もあるわよ。ソーンダイク自身、ひとことで言えるとしているもので、『間違った犯人、間違った箱、間違った死体』っていうんだけど。」

たまにしか手に取らないのですが、残り少なくなってきたセイヤーズの作品、これからも、ゆーっくり読んでいきたいです。
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いたって明解な殺人 [海外の作家 さ行]


いたって明解な殺人 (新潮文庫)

いたって明解な殺人 (新潮文庫)

  • 作者: グラント ジャーキンス
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/03/29
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
頭を割られた妻の無惨な遺体……その傍らには暴力癖のある知的障害の息子、クリスタルの灰皿。現場を発見した夫アダムの茫然自失ぶりを見れば犯人は明らかなはずだった。担当するのはかつて検事補を辞職し、今は屈辱的な立場で検察に身を置くレオ。捜査が進むにつれ、明らかになるねじれた家族愛と封印された過去のタブー。めくるめくツイストも鮮やかな、心理×法廷サスペンス!

原題は A Very Simple Crime。Simple が 「単純」ではなく「明解」と訳されています。なるほどねー。
最近の翻訳ミステリにしては短く、334ページ。
三部構成になっていまして、第一部は、夫アダムの目で妻レイチェルの死までを描いています。障害を抱えた息子アルバート。冷えた夫婦生活。浮気しているアダム。視点人物に設定されているので緩和されて受け止めますが、このアダムという男、結構嫌な奴です。
第二部は一転、捜査側にあたる下級検事補レオの視点。この検事補、かつては一線に立っていたのに、失敗をし今は冷や飯を食っていて、この事件に賭けています。よくある設定といえばそうなのですが、検事局内の権力争い(?)を含め、短い中ですっきり。
第三部はアダムを被告人とした法廷劇。弁護人はアダムの兄モンティ。この第三部後半の怒涛の展開が本書のキモです。伏線がカチッ、カチッと音を立てていくように回収されていく様子が楽しめます。
アダムが嫌な奴だったことも結構効果をあげています。
帯で「めくるめくツイスト」と書かれているラストですが、ぼくはある作品(ネタバレになるので、タイトルは伏せます。ネタバレを気にされない方は、こちらをクリックしてリンクを確かめてください)を思い出しました。設定等はずいぶん違うのですが、狙いは同じ方向性だと感じました。その作品よりもこの「いたって明解な殺人」の方が一段手が込んでいると思ったのですが、いかがでしょうか?? 

蛇足1
とはいえ、好みでいうと、「いたって明解な殺人」よりもあちらに軍配が上がるのですが...

蛇足2
ところで、やっぱりこの作品、「いたって『単純』な殺人」の方が向いているのでは? なーんて考えたのですが。
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エージェント6 (シックス) [海外の作家 さ行]


エージェント6(シックス)〈上〉 (新潮文庫)エージェント6(シックス)〈下〉 (新潮文庫)エージェント6(シックス)〈下〉 (新潮文庫)
  • 作者: トム・ロブ スミス
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2011/08/28
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
運命の出会いから15年。レオの妻ライーサは教育界で名を成し、養女のゾーヤとエレナを含むソ連の友好使節団を率いて一路ニューヨークへと向かう。同行を許されなかったレオの懸念をよそに、国連本部で催された米ソの少年少女によるコンサートは大成功。だが、一行が会場を出た刹那に惨劇は起きた――。両大国の思惑に翻弄されながら、真実を求めるレオの旅が始まる。驚愕の完結編。<上巻>
1980年、ニューヨーク行きの野望を断たれたレオは、ソ連軍の侵攻したカブールで、設立間もないアフガニスタン秘密警察の教官という職に甘んじている。アヘンに溺れる無為な日々がつづくが、訓練生ナラを伴ったある捜査で彼女とともにムジャヒディン・ゲリラに囚われてしまう。ここにいたって、レオは捨て身の賭けに出た。惜しみない愛を貫く男は何を奪われ、何を与えられるのか?

「チャイルド44」 〈上〉 〈下〉 (新潮文庫)
「グラーグ57」 〈上〉 〈下〉 (新潮文庫)
に続くシリーズ第3作で、完結編です。
「チャイルド44」 〈上〉 〈下〉 「このミステリーがすごい! 2009年版」第1位、
「グラーグ57」 〈上〉 〈下〉 「このミステリーがすごい! 2010年版」第6位、
そしてこの「エージェント6 (シックス)」〈上〉 〈下〉 「このミステリーがすごい! 2012年版」第3位。
いずれも高評価ですね。
今回は、レオ自身の過去を振り返るようなかたちで、非常に時間軸を長くとった作品になっています。
1950年レオと妻ライーサの出会いから、1981年まで。舞台も、モスクワから、ニューヨーク、カブール(アフガニスタン)と広範です。
共産主義を礼賛するアメリカの黒人歌手によるソ連訪問シーンも、迎える側から見ればスリル満点だったのでしょうか。緊張感が伝わってきて、楽しめました。
また、冷戦のさなか、キューバ危機のあと1965年に、両国間の関係改善のために、ソ連の生徒一行がニューヨークとワシントンでコンサートを開く。ライーサがそのまとめ役に選ばれ、娘たちも参加(でもレオは出国を認められず)。そのこと自体がもたらす緊張と高揚感。夢中になってしまいました。コンサートが成功裡に終わったと思ったすぐあとに襲う悲劇...
しかしまあ、主人公レオを襲う運命(?)の過酷なこと、過酷なこと。レオに感情移入して読んでしまうと、とてもつらい体験となります。あまりにもつらい。つらすぎ。
さまざまな夫婦のかたち、家族のかたちが描かれますが、それらを通しても、レオのライーサに対する深い、深い愛を感じてしまいます。
レオが長い長い旅路の末つかんだものは、果たして真実と呼べるものなのか。大きなものが仕掛ける陰謀(?)の正体が掴みきれるものなのか。そして、レオには安らぎが訪れるのか。
シリーズの完結作ではありますが、レオとその家族の物語や、今回登場したアフガンの少女たちの物語はとても気になりますので、スピンオフでも後日談でも前日談でもよいので、またこの世界を形にして出版してほしいです。
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風の影 [海外の作家 さ行]


風の影 (上) (集英社文庫)風の影 (下) (集英社文庫)風の影 (下) (集英社文庫)
  • 作者: カルロス・ルイス・サフォン
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2006/07/20
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
1945年のバルセロナ。霧深い夏の朝、ダニエル少年は父親に連れて行かれた「忘れられた本の墓場」で出遭った『風の影』に深く感動する。謎の作家フリアン・カラックスの隠された過去の探求は、内戦に傷ついた都市の記憶を甦らせるとともに、愛と憎悪に満ちた物語の中で少年の精神を成長させる…。17言語、37カ国で翻訳出版され、世界中の読者から熱い支持を得ている本格的歴史、恋愛、冒険ミステリー。 <上巻>
謎の作家フリアン・カラックスの過去が明らかになるにつれて、ダニエルの身に危険が迫る。一方、彼は作家の生涯と自分の現在との不思議な照応に気づいていくのだが…。ガウディ、ミロ、ダリなど幾多の天才児たちを産んだカタルーニャの首都バルセロナの魂の奥深くを巡る冒険の行方には、思いがけない結末が待っている。文学と読書愛好家への熱いオマージュを捧げる本格ミステリーロマン。 <下巻>


2006年週刊文春ミステリーベスト10 第2位、「このミステリーがすごい! 2007年版」第4位です。
舞台となっているバルセロナは旅行で2回行ったことがあるのですが、思い出してなんだかうれしくなりましたね。アルダヤの館、とかグエル公園の近くかなぁ? カフェ「クワトロ・ガッツ」とか有名で、たいていのガイドブックには載っていますし、食事をしに行きました。
この長い作品の冒頭、11歳のダニエルが父親に連れて行かれた「忘れられた本の墓場」。わずか10ページのこの部分を読むだけで、わくわくできる物語が始まる予感がします。P15からP16にかけての、父親による「忘れられた本の墓場」の説明のなんと魅力的なことか。
このあと、「忘れられた本の墓場」でダニエルが手に入れた本、「風の影」の作者、フリアン・カラックスの過去をさぐるストーリーが展開します。
ダニエルの、そしてフリアンの成長物語が、さまざまな語りで明らかになっていくスタイルで、ダニエル自身の物語と、フリアンの物語が、時を隔てて響きあう重層的な展開で、まさに「ミステリーロマン」と呼ぶにふさわしい作品です。
狭義のミステリの枠からするとはみ出てしまいますし、意外性を狙ったものではありませんが、各種ベスト10で上位に入ったのも納得のエンターテイメントです。
安心してお勧めできます。きっと夢中になれることでしょう。

といっておいて、気になった点を...
冒頭に出てくる「忘れられた本の墓場」があまりにも魅力的すぎるので、そちらに焦点が当たるのでは、と考えたのですが、ストーリーは、フリアンの方へシフトしていきます。振り返ってみると、「忘れられた本の墓場」はあまり重きが置かれておらず、とっておきの「つかみ」でしかなかったようです。
冒頭だけではなく、何ヶ所か、わりとポイントとなるシーンで「忘れられた本の墓場」は登場してはくるのですが、冒頭も含め、「忘れられた本の墓場」は、珍しい本のある場所、あるいはダニエルが本と出合った場所という程度の意味合いしかなく、「忘れられた本の墓場」がなくても、このストーリーは構成可能です。
いまのままでも十二分におもしろい作品なのですが、せっかく「忘れられた本の墓場」などというとびきり素敵なアイデアを出したのだから、それを生かしたストーリーを読みたかったなぁ、なんて贅沢な希望を抱いてしまいました。
作者カルロス・ルイス・サフォンの次作、「天使のゲーム」 (上) (下) (集英社文庫) にも「忘れられた本の墓場」は登場するようなので、そういう方向にストーリーが展開するといいなぁ、なんて勝手な期待をして、読みたいと思います。


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