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Xの悲劇 [海外の作家 エラリー・クイーン]


Xの悲劇【新訳版】 (創元推理文庫)

Xの悲劇【新訳版】 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2019/04/24
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
鋭敏な頭脳を持つ引退した名優ドルリー・レーンは、ブルーノ地方検事とサム警視からニューヨークの路面電車で起きた殺人事件への捜査協力を依頼される。毒針を植えつけたコルク球という前代未聞の凶器を用いた大胆な犯行、容疑者は多数。名探偵レーンは犯人xを特定できるのか。巨匠クイーンがロス名義で発表した、不滅の本格ミステリたるレーン四部作、その開幕を飾る大傑作!


創元推理文庫で始まった中村有希さんによるエラリー・クイーンの新訳は、
「ローマ帽子の謎」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)から「アメリカ銃の謎」 (創元推理文庫)まで国名シリーズが6冊順調に進んだあと「エラリー・クイーンの冒険」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)になり、その次はこの「Xの悲劇」 (創元推理文庫)でした。

旧訳版でも読んでいるのですが、今回新訳で読んで、いろいろと発見がありましたね。
そもそも記憶力が壊滅状態なので......
覚えていることは、
1) 路面電車が現場だったこと
2) 凶器が印象的だったこと
3) 犯人を突き止める論理を楽しめたこと
4) ダイイングメッセージが印象的だったこと
そして、世界ベスト級の傑作と名高い「Yの悲劇」よりも、「Xの悲劇」の方がよいのではないかと思っていたこと。

イメージですが(あくまでイメージです)、エラリー・クイーン登場の国名シリーズとドルリー・レーン登場の悲劇シリーズの印象を比較すると、国名シリーズは軽妙で乾いた感じ、悲劇シリーズは重厚、重苦しい感じでした。
たしかに重苦しさはあったのですが、再読してみて、お茶目というのか、重厚とは言い切れないものを感じました。

そもそものドルリー・レーンの人物設定自体が、元シェイクスピア俳優というところから重厚さを感じがちですが、軽やかなものになっていたのですね。
朝六時半に起きて三キロ泳いだりしていますし(178ページ)、自分の屋敷ハムレット荘で、ほぼ全裸(腰に白い布を巻いているだけ)で日光浴しているシーン(396ページ)でも、肉体美が紹介されます。ふーん、そういう設定だったんだ。
老俳優ってことで、年老いたよぼよぼ爺を想像してしまっているのですが、年齢は60歳。そんな歳でもないですしね。

だいたい、ドルリー・レーンがサム警視に変装して勝手に捜査してしまう(~206ページ)、なんて!(覚えていなかった)
ドルリー・レーンの耳の状況については「いまでは自身の声色を思いどおりに調節することさえ困難なほど悪化し」(15ページ)と冒頭の紹介のところで書かれていて、耳がまったく聞こえないようです。顔を似せることだけでも、化粧による扮装では限界あると思いますが、それに加えて、耳が聞こえないのに、どうやってサムの話し方をまねしたんだ!? 無理だろう、と思えるところからして、この作品が重厚さを狙ったものではないことがわかりますよね。
エラリー・クイーンは、まじめな顔してふざけているのですね、悲劇シリーズでは、きっと。
だいたい作者名も最初はバーナビー・ロスとしていて、覆面かぶってエラリー・クイーンと対決してみせた(「読者への公開状」480ページ~)、というのですから、そもそも遊びっ気満載だったんですよね。

ブルーノ地方検事が
「クォド・エラト・なんとかかんとか」(235ページ)
なんて、エラリー・クイーンを意識したかのようなセリフをいってふざけるのもその例ですよね。

また聞きのまた聞きの、しかもうろ覚えで恐縮ですが、どこかで、三島由紀夫がドルリー・レーンのことをきざだと言っていた、というのを読んだ覚えがあります。
昔は、ドルリー・レーンをきざとは、不思議だな、と思ったのですが(エラリー・クイーンならともかくね)、今回「Xの悲劇」 を読み返して、ぎざだ、と思いました。
この人、俳優だったからでしょうか? 目立ちたがり屋ですし、いろいろとやってくれますよね。上の変装もそうですが。
「ブルーノさん、役者を相手にするなら、芝居がかった演出がつきものと心得てください」(178ページ)と、ドルリー・レーン自ら言うくらいですもんね。

事件の方は、やはり最初の事件の凶器が印象的ですよね。
ニコチン毒を利用したものですが、
「ニコチンは購入されたものではなく、シリングが言ってた例の殺虫剤を煮詰めた手作りのやつらしい。」(117ページ)
と説明されていて、なぜかはわからないのですが、この作品のニコチンは、殺虫剤ではなくタバコを煮詰めたりしてできたものだと思い込んでいました。なぜだろう?
注目はこの凶器、極めて扱いにくそうであること、ですよね。そのため、ある小道具が(ネタバレを避けるため何かは書きません)注目されるのですが、それでも扱うのは無理だと思いますし、作中で説明されるやり方でうまく殺せるのかどうか疑問を感じました。満員の路面電車で可能かな?

この路面電車での殺人ばかり覚えていたのですが、ほかにも殺人は繰り返されるのですね。
興味深いのはいずれも公共交通機関で起こること。
路面電車、フェリー、ローカル線。
ダイイング・メッセージは有名なものですが、ローカル線での事件のもので、その絵解きは、まあ、どこまで行ってもこじつけですね。
それでも、死ぬ間際にメッセージを残す理由づけがちゃんとされているのは、さすがですし、ラストでとても鮮やかな印象を残す仕掛けになっていて、かっこいい。

あまり覚えていなかったものの、謎解きが素晴らしかったことは印象に残っていたのですが(だからこそ「Yの悲劇」よりも、「Xの悲劇」の方が上だと思い込んでいたわけですが)、今回読み返してみたら、最初の事件の凶器もそうですが、あちこちに無理がある犯行だな、と思いましたね。
鮮やかな謎解きとかっこよさに気を取られて、前に読んだときには、その点に思いが至らなかったのかもしれません。
それでも、ミステリに無理はつきものですから、この作品が堅牢な本格ミステリだという見方には変わりはありません。

「Xの悲劇」 の新訳で、ずいぶん印象が変わりました。
シリーズの残りの新訳を読むのがとても楽しみになってきました。「Yの悲劇」と、改めて比べるためにも。


<蛇足1>
「ウッド様でしたらたしかに当行のお客様でいらっしゃいます。」(198ページ)
銀行員が警視に答える場面です。ここは丁寧な銀行員であれば、「当行」ではなく「弊行」と言ってほしいところですね。

<蛇足2>
「わたくしが? とんでもないことでございます」(362ページ)
執事が答えるシーンです。
「とんでもありません」とか「とんでもございません」と言わないあたり、ちゃんと躾の行き届いた執事ですね。素晴らしい。



原題:The Tragedy of X
作者:Ellery Queen(Barnaby Ross)
刊行:1932年
訳者:中村有希




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