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悪意の夜 [海外の作家 ヘレン・マクロイ]


悪意の夜 (創元推理文庫)

悪意の夜 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2018/08/22
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
夫を転落事故で喪ったアリスは、遺品のなかにミス・ラッシュなる女性の名が書かれた空の封筒を見つける。そこへ息子のマルコムが、美女を伴い帰宅した。女の名前はラッシュ……彼女は何者なのか?息子に近づく目的、夫の死との関連は?緊張と疑惑が深まるなか、ついに殺人が起きる……。迫真のサスペンスにして名探偵による謎解きでもある、ウィリング博士もの最後の未訳長編。


ウィリング博士もの最後の未訳長編だったそうです。
巻末にヘレン・マクロイの著作リストが掲げてあるのですが、読むほうもよたよたとではありますがかなり進んできたことがわかります。
ウィリング博士もの以外の未訳作品はまだまだあるようなので、ぜひ訳していってほしいですね。

原題は「The Long Body」= 長い身体。197ページにウィリング博士が解説しています。
「ヒンズー教の神秘的な哲学から借りてきた用語で、一種の分身です。深層心理学の概念のひとつを表しているとお考えください。われわれにとって “身体” という語は三次元、要するに高さと幅と奥行きを持つ個体を意味します。しかし人の本質には時間という四つ目の次元も存在するのではありませんか? 時限とは単純に方向です。四つ目の次元における動きをなぜ認識しないのかと誰かに問われたら、こう訊き返しましょう。時間の経過とともに、生身の肉体の大きさや形状を変化させる成長という不思議な動きは、いったいなんなのか、と。
 通常、われわれは成長を肉体それ自体に起こる変化と考えます。ヒンズー教では肉体を幼年期、中年期、老年期を包括する全体と捉えます――その全体は、時間の作用で局面が移り変わっていくあいだもじっと動かない。それが “長い身体”と呼ばれているものです。誕生から死までの長期にわたる肉体ととらえれば、理解しやすいでしょうか。
 つまり、生まれてから死ぬまで、人の一生のあいだに起こる出来事が真の身体を構成しているわけです。それはある瞬間からある瞬間までの断面図としてわれわれの目に映りますが、実は独自の形を持った、永遠のなかの大いなる全体なのです――その人の生涯におけるすべての進化と出来事を内包する風景と呼んでかまいません 」

難しい概念だなぁと思いますが、ミステリ的には ”過去は影を落とす” という定番テーマを示したもの、と捉えてしまっても(浅薄な解釈ではあるにせよ)それほど間違いではなさそうです。
物語は三部構成になっているのですが、格部のタイトルが
直接法現在
仮定法未来
未完了過去
となっているのが興味深いです。

ヒロインであるアリスの視点から事件が描かれていくのですが、そのアリスが夢遊病である(夢中歩行する)ことには少々がっかりしましたが、ヒロインが追い詰められていく様子はサスペンスフルですし、殺人が発生しガラッと物語のベクトルが変わるところも面白かったです。
影響を及ぼしている過去について、登場人物の手紙(手記?)で大半が説明されるというのはミステリ・プロットとしてどうなの? という指摘もあろうかと思いましたが、なによりその手記の行方が物語全体の牽引となってきたこともあり、その手記が明かされて一転真相にウィリング博士が迫っていくのであまり不満は覚えませんでした。

本当に未訳作品を訳してほしいです。


原題:The Long Body
作者:Helen McCloy
刊行:1955年
翻訳:駒月雅子


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