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スマホを落としただけなのに [日本の作家 さ行]


スマホを落としただけなのに (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

スマホを落としただけなのに (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 志駕 晃
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2017/04/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
麻美の彼氏の富田がスマホを落としたことが、すべての始まりだった。拾い主の男はスマホを返却するが、男の正体は狡猾なハッカー。麻美を気に入った男は、麻美の人間関係を監視し始める。セキュリティを丸裸にされた富田のスマホが、身近なSNSを介して麻美を陥れる狂気へと変わっていく。一方、神奈川の山中では身元不明の女性の死体が次々と発見され……。


2017年の『このミステリーがすごい! 』大賞・隠し玉作品です。
前年の第15回『このミステリーがすごい! 』大賞の応募作品を改稿したものです。
ちなみにこのときの大賞受賞作は岩木一麻「がん消滅の罠 完全寛解の謎」 (宝島社文庫)(感想ページはこちら

この「スマホを落としただけなのに」 (宝島社文庫)は、映画化もコミカライズもされている話題作ですね。
人気だったようで、シリーズ化されてもいます。

タイトルでも明らかなように、スマホを落とした結果、悪意ある人物に拾われてしまい、難事に巻き込まれる、というわけです。
スマホだけからどうやって、という部分は、それほど特筆すべきところはありません。
ネット社会ならではという感じでクラッキングにより情報を入手していくわけですが、そういう手口はネットでもさんざん書かれていますし、目新しいところも、ひねりもありません。
解説で「ラストで待っている驚天動地のトリックには、誰もが目を疑うだろう」と書かれているのですが、えっと、そんなのありましたっけ?
驚くところは、どこにもなかったような。

本書の魅力はサプライズにあるのではなく、いわゆるジェットコースターノベルを目指したところにあるのではないかと思います。
謎も仕掛けも語りも軽いかわりに、ちょっぴりセンセーショナルで、ぐんぐん読める駆動力ある物語。

ところで、五十嵐貴久による解説がすごいですよ。いきなり
「予言しておく。本書によって、日本のミステリーは劇的に変わる。
 十年後、出版に携わる者、もちろん読者、そしてあらゆる階層の者たちが『志賀以前』『志賀以降』というタームで、ミステリーというジャンルを語ることになるだろう。」
ですから。
本書が出たのが2017年だから、あと5年ですか。そうなるかどうか、楽しみに待ちましょう。


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キネマ探偵カレイドミステリー [日本の作家 さ行]


キネマ探偵カレイドミステリー (メディアワークス文庫)

キネマ探偵カレイドミステリー (メディアワークス文庫)

  • 作者: 斜線堂 有紀
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/02/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
華麗なる謎解きの名画座へ、ようこそ。
「休学中の秀才・嗄井戸高久(かれいどたかひさ)を大学に連れ戻せ」
 留年の危機に瀕するダメ学生・奈緒崎は、教授から救済措置として提示された難題に挑んでいた。しかし、カフェと劇場と居酒屋の聖地・下北沢の自宅にひきこもり、映画鑑賞に没頭する彼の前に為すすべもなく……。そんななか起こった映画館『パラダイス座』をめぐる火事騒動と完璧なアリバイを持つ容疑者……。ところが、嗄井戸は家から一歩たりとも出ることなく、圧倒的な映画知識でそれを崩してみせ――。


読了本落穂拾いに戻ります。
手元の記録によると2017年10月に読んでいるようです。
今注目度の高い作家、斜線堂有紀のデビュー作、第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞受賞作です。

「ビブリア古書堂の事件手帖」 (メディアワークス文庫)シリーズ(感想ページはこちら)の三上延が帯で推薦しています。いわく
「豪快に蘊蓄が詰めこまれた、
 映画好きによる映画好きのためのミステリー。
 想像を超えるクライマックスに震えた。」

第一話「逢縁奇縁のパラダイス座」(『ニュー・シネマ・パラダイス』)
第二話「断崖絶壁の劇場演説」(『独裁者』)
第三話「不可能密室の幽霊少女」(『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』)
第四話「一期一会のカーテンコール」(『セブン』)
の四話からなる連作短編集です。
幸い、映画は四作とも観ています。

巻頭に見開き2ページの導入部分が書かれていて、探偵役を務める嗄井戸高久と語り手である俺・奈緒崎とのやりとりが掲げられています。
その結びに
「現実より映画の方が素敵で素晴らしいなんてことは、本当にあるんだろうか?」
なんとも気宇壮大な投げかけで物語が始まるではありませんか。
新人作家らしいこういう気負いいいですよね。

第一話の冒頭いきなり
「俺は映画というものを殆ど観たことがない。強いて言うなら小学生のときに観た『ドラえもん』が最後だろうか。-略- 中学に上がってからはあの恐ろしくて楽しい映画を観返したことがない。というか、映画自体を観なくなってしまった。」(8ページ)
でびっくり。
あら、映画の蘊蓄たっぷりらしいのに、映画を知らない人物を中心に据えるのか。
蘊蓄パートは名探偵役に委ねるとしても、映画好きとは言えなくても、それなりに映画は観ている人物あたりを使うのではと思っていたのです。
ダメ押し的に
「大学に入ってから、俺は映画なんか観なくなってしまった。」(8ページ)
と続きます。
小学校以来観ていないのだから、大学に入ってから「観なくなった」のではなく、「大学に入ってからも映画なんか観なかった」でないとおかしいだろう、と思いましたが、このあたりがダメ学生の由縁なんでしょうね。

同時にこのあとすぐに、しっかり読もう、と決意していました。
というのも、語り手の文章の密度が(比較的)濃いのです。
文章の響き、トーン、使われる単語や漢字、みっしり、という感じ。
ラノベ的な軽い文章を予期していたので、かなり意外感あり。
大学生(しかもダメ大学生)というよりは、もっと年齢の高い男性が書いているかのよう。
と、今感想を書きながら気づいたのですが、この作品、冒頭の見開き導入がつけられていることからしても、ひょっとして奈緒崎がかなり後になって振り返っているという構造の作品なのでしょうか?
大学の事務室の女性からの電話で、「きっとまだ若い女の子だろう」(10ページ)なんて、到底大学生が抱きそうもない感想が書かれたりもしますし。
この推測が当たっているかどうかはともかくとして、かなりの後出しじゃんけんっぽいですが、このあとラノベではない小説分野で活躍されるのを予見させてくれるような。

各話みていくと、
「逢縁奇縁のパラダイス座」は、実現性があるのかどうかわからないのですが、トリックがなんともいえない味がある。
「断崖絶壁の劇場演説」は、うーん、無理じゃないですか? 演説者である坂本くん次第ではあると思うのですが。
「不可能密室の幽霊少女」は、タイトルになっている不可能現象の解明は見え見えなのは置いていくとして(見え見えだけど、高校生がやったと考えると楽しいです)、若干アンフェア気味なのが気になります。
「一期一会のカーテンコール」は、割と早めに書いてあるで明かしてしまいますが、見立て殺人を扱っているのですが、犯人の狙いのずらし方が残念。

といろいろと注文を付けてしまいましたが、映画とミステリ、どちらも好きなので、とても楽しく読めるシリーズになっています。
続刊も出ているので、読んでいきたいです。



<蛇足1>
第一話のタイトルにある「逢縁奇縁」。この言葉知りませんでした。
ネットで検索しても、固有名詞以外では出てきませんね。検索では、合縁奇縁(あいえんきえん)は出てきます。
意味は、合縁奇縁と同じだろうとわかるんですけどね。

<蛇足2>
「高畑教授からの呼び出しまでバックレるほど、俺は強い人間ではなかった。」(11ページ)
「バックレる」という表現、表記は「バックレる」で、「バックれる」ではないのですね。
「バックレ」自体が名詞として使われることもありますので、確かにこの表記のほうがしっくりくるかも。

<蛇足3>
第一話のパラダイス座に関し、運営者の常川さんが
「私が今までで一番愛した作品から頂いた名前だ。」(32ページ)
と語るシーンがあります。
言うまでもなく、『ニュー・シネマ・パラダイス』なわけですが、とすると歴史の浅い映画館だなぁと思ってしまいました。
でも、ですよ、この「キネマ探偵カレイドミステリー」 (メディアワークス文庫)が出版されたのが2017年で、『ニュー・シネマ・パラダイス』は調べてみると1988年公開の映画。
とするともう30年前の作品なんですね。
『ニュー・シネマ・パラダイス』が出てすぐにできた映画館ではないとしても、それなりに時間は経っていて「歴史の浅い」とは限らないですね。
こちらが歳をとってしまって、このあたりの感覚がずれてきていますね(苦笑)。

<蛇足4>
「元々成績優秀者の名を欲しいままにしていた坂本真尋のことだ。」(145ページ)
「ほしいままにする」は「欲しい」ではないですね。
新人作家なのだから、しっかり校正してあげてほしいです。

<蛇足5>
「それは……如何とも言い難い話だったが、」(284ページ)
「如何とも言い難い」って言いますか? 「如何とも」だと続くのは「し難い」ではなかろうかと。



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人間の顔は食べづらい [日本の作家 さ行]


人間の顔は食べづらい (角川文庫)

人間の顔は食べづらい (角川文庫)

  • 作者: 白井 智之
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2017/08/25
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
「お客さんに届くのは『首なし死体』ってわけ」。安全な食料の確保のため、“食用クローン人間” が育てられている日本。クローン施設で働く和志は、育てた人間の首を切り落として発送する業務に就いていた。ある日、首なしで出荷したはずのクローン人間の商品ケースから、生首が発見される事件が起きて――。異形の世界で展開される、ロジカルな推理劇の行方は!?横溝賞史上最大の“問題作”、禁断の文庫化!


第34回(2014年)横溝正史ミステリ大賞候補作。
佳作でも優秀作でもなく、候補作で出版されるというのは稀ですよね。
横溝正史ミステリ&ホラー大賞のHPによると、第23回(2004年)の「夕暮れ密室」 (角川文庫)(感想ページはこちら)以来。それ以前には、「ヴィーナスの命題」 (角川文庫)しか例がないようです。
それくらい、選考委員の中に推す人がいて、独自性が認められた、ということですよね。

余談ですが、横溝正史賞→横溝正史ミステリ大賞→横溝正史ミステリ&ホラー大賞と名前が変遷していく賞って珍しいですよね......

あらすじだけでもお分かりいただける通り、特殊な世界を設定して、そのフィールドでミステリを展開するという作風です。
その特殊な世界というのが、食べるために自分のクローンを作らせる日本。
いやあ、強烈な世界を設定しましたですね。
そのおかげで、タイトルも相当強烈なものになっていますが......
食用のクローン、というだけでおぞましいですが、それを飼育するプラナリアセンターなどのおぞましさは凄まじい。読むのが嫌になる人もいるでしょうね。

ただ、この設定(食用クローン)、倫理面は仕方ないので置いておくとしても、突っ込みどころ満載でして......
成長促進剤を投与し、太らせるため食事(というか餌)を与え続ける。
成長促進剤の効果がどの程度なのかわからないのですが、「口を開くだけで顎の贅肉がぶよぶよと揺れる」(47ページ)ということでは、贅肉、つまり、脂肪がついている状態なわけで、決して肉=筋肉が多くなっているわけではないような気がします。
食べる、ということを考えると、脂肪ではなく、筋肉を増やさないといけないのではないかと思うのですが、この飼育方法でよいのでしょうか? 閉じ込めていてはだめで、健康的に適度な運動もさせてやらないと、食用としてはあまり意味がないのでは、と思います。
また、食用クローンには人権が認められず、教育も施さない(本当は自我=人格を形成させないのがベストでしょうね)、という設定になっていますが、その割にはクローンたち知能が発達しています。
人間は動物の中では成長がかなり遅いので、食用にするには時間、コストがかかりすぎると思います。これなら、無菌状態で牛とか豚を飼育する方を選びますよね。
どうも、強烈な世界設定を支えるだけの十分な検証をしないまま、作品世界を構築してしまっているように思えます。

また真相も、無理がありすぎて笑えるほど、です。
難点を挙げだしたらきりがない。
特に大きい難点は、プラナリアセンター爆破事件かと思います。この犯人なら、こんな事件絶対に起こさないと思います。動機に無理がある。
(奥歯に物が挟まったような言い方で恐縮ですが、大事の前の小事として軽視したとも思えないんですよね)

とまあ、欠点ばかりあげつらってしまいましたが、個人的にこの作品ダメかというとまったく逆です。
こういう作風の作品は、世界設定が謎解きに直結するように仕組まれていることが重要になってきますが、その点はしっかりできています。
個人的には、この設定だけで当然想定しなければいけないことを簡単に見逃してしまっていまして、真相でとても悔しい思いをしました。作中に堂々と触れられているというのに想定しなかった、というのはミステリ読者としてかなり至らない......反省。
この1点で、ぼくはこの作品、許せちゃいます。
こういう作品を褒めると、人格を疑われそうですけど。
倫理面は別にしても、世界設定にも、謎解きにも、人物設定にも、有り余るほどの無理がある作品で、正直、いかがなものか、と思わないでもないですが、それでも、許しちゃいます。
自分の、ミステリ読者としての未熟さを、再認識させてくれましたから。

この作品が候補作ながら世に出たのは、選考委員だった道尾秀介(解説を書いています)と有栖川有栖の強い推輓があったかららしいです。
この作品が読めて、道尾秀介と有栖川有栖に感謝します。よく、こんなの褒めましたね......

ちなみに、このときの受賞作が藤崎翔の「神様の裏の顔」 (角川文庫)(感想ページはこちら)。納得です(笑)。

<蛇足1>
「亡くなったのが現役政治家となれば、捜査上のミスは許されない。」(6ページ)
プロローグにある記載で、ちょっと嫌になりかけました。
うーん、被害者の属性により捜査上のミスが許されるということはないはずですよね。
政治家が非常に重要視される世界という設定になっていることを示すのだ、と理解して読み進めることにしました。

<蛇足2>
「今からさかのぼること七年目の秋、あらゆる哺乳類、鳥類、魚類に感染する新型コロナウイルスが流行を起こした。」(40ページ)
本書が出たのは2014年ですから、今のCOVID-19 騒ぎの前です。この段階で、コロナウイルスに注目されていたのですね。
今流行しているCOVID-19 を受けて、食人法ができたりしませんように......







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夏の祈りは [日本の作家 さ行]


夏の祈りは (新潮文庫)

夏の祈りは (新潮文庫)

  • 作者: しのぶ, 須賀
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/07/28
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
文武両道の県立北園高校にとって、甲子園への道は遠かった。格下の相手に負けた主将香山が立ち尽くした昭和最後の夏。その十年後は、エース葛巻と豪腕宝迫を擁して戦 った。女子マネの仕事ぶりが光った年もあった。そして今年、期待されていないハズレ世代がグラウンドに立つ。果たして長年の悲願は叶うのか。先輩から後輩へ託されてきた夢と、それぞれの夏を鮮やかに切り取る青春小説の傑作。


「本の雑誌が選ぶ2017年度文庫ベストテン」一位、と帯に書かれています。
ミステリではありません。
高校野球を題材にしたスポーツ小説、青春小説です。

第一話 敗れた君に届いたもの
第二話 二人のエース
第三話 マネージャー
第四話 はずれ
第五話 悲願

の五話収録の短編集--ではありますが、同時に、県立北園高校の野球部の変遷?を描いた連作になっています。
第一話、最初の一文が
「悲願である、と言われ続けた。」
であり、第五話のタイトルが、そのものずばり「悲願」ですから。
その悲願とは、甲子園に行くこと。

第一話の段階で、その30年前(昭和33年=1958年)の埼玉大会準優勝が最高成績で、あと一歩だった、と記されています。
つまり、第一話は、昭和63年=1988年。
最終話の設定が平成29年=2017年。
十年ごとの周年大会に照準を合わせつつ、30年にわたる北園高校野球部の歴史、思い?が描かれています。(昭和33年からカウントすると60年!)

さて、最後に甲子園に行けたのかどうか、はさすがにエチケットとしてここでは明かしません(ミステリではなくても、この種のネタバレは禁止だと思いますので)。

しかし、高校三年間という時間に限りのある高校野球という世界は、観ていても楽しいものですが、ドラマに満ち溢れているのですね。
この「夏の祈りは」は、当然ながら、野球の試合のシーンが面白いです。ゲームの進展も十分ワクワクできるのですが、それをめぐる登場人物たちの方に焦点が当たっているところもGOODです。
これがとても面白いんですよね。
と同時に、試合以外のシーンも充実しています。
第三話が、マネージャーの話であることでも、そのことはわかると思います。(ちなみに第三話は、逢坂剛が朝日新聞の文芸時評でお薦めしていることが、帯に引用されています)

ミステリ以外の小説はほとんど読まないので、この「夏の祈りは」の出来栄えが、スポーツ小説として、あるいは青春小説としてどうか、というのは正直自信がありませんが、少なくともとても面白く読みましたし、人にお薦めしたくなりました。実際、友人に薦めました。
軽い小説ではありますが、読めてよかったな、と思いました。


と、これで終わってもよいのですが、あえて気になる点に触れておきます。

第一話で対戦相手である溝口高校のすごさが、キャプテン香山始を通して語られます。
結果的に北園高校は、溝口高校に敗れてベスト4。
このとき、香山が抱く感慨
「やりきったから後悔はない? そんなはずがあるか。全身全霊でやったからこそ、苦しいのだ。」(56ページ)
がとても印象に残っています。

話がそれました、第一話では明かされませんが、後に第三話で、溝口高校は「逆転の溝口」と称えられ、甲子園に進出し、溝口旋風と呼ばれ甲子園ベスト4になったことが明かされます。
「常に笑顔で楽しんでプレーをする彼らの姿勢は、文字通り爽やかな風となって全国を駆け抜けた。」(139ページ)

第四話、第五話は続いていて(同じチームを扱っていて)、ハズレと呼ばれた世代が最高学年となる周年大会を描くのですが、そのとき、監督が香山始。
このハズレ率いるチームが、著しい成長を遂げる、という展開で、地方大会を勝ち進んでいくのですが、その際のチームの有り様が、往年の溝口高校のよう、なんですね。

これを、連作長編の構成の妙、と捉えるのか、あるいは、安直だ、と捉えるのか。

また、この作品は、高校野球賛歌でもあると思うのですが、この構成をとったことで、意図したことなのか意図していないことかわかりませんが、ある種のメッセージ(高校野球のあるべき姿?)を送る形になってしまっており、それを是ととるか非ととるか。

個人的には、この構成、この結構は大賛成ではありますが、ここが気になったポイントです。

爽やかな野球小説、青春小説として、お勧めです!







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叫びと祈り [日本の作家 さ行]


叫びと祈り (創元推理文庫)

叫びと祈り (創元推理文庫)

  • 作者: 梓崎 優
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/11/29
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
砂漠を行くキャラバンを襲った連続殺人、スペインの風車の丘で繰り広げられる推理合戦…ひとりの青年が世界各国で遭遇する、数々の異様な謎。選考委員を驚嘆させた第5回ミステリーズ! 新人賞受賞作を巻頭に据え、美しいラストまで突き進む驚異の連作推理。各種年末ミステリ・ランキングの上位を席捲、本屋大賞にノミネートされるなど破格の評価を受けた大型新人のデビュー作。


第5回ミステリーズ! 新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」を含む5話収録の連作短編集で、
「このミステリーがすごい! 2011年版」第3位、「2011本格ミステリ・ベスト10」第2位、週刊文春ミステリーベスト10 第2位です。
デビュー作でこれはすごいですねぇ。

基本的構図は、斉木という旅人が異国で経験する謎を描いています。舞台となっているのは、各作品ごとに
「砂漠を走る船の道」サハラ砂漠
「白い巨人(ギガンデ・ブランコ)」マドリッドの郊外の風車の街レエンクエントロ
「凍れるルーシー」モスクワの修道院
「叫び」アマゾン
「祈り」インドネシアのモルッカ諸島にあるゴア・ドアという洞窟寺院、東ティモール
です。

最初の「砂漠を走る船の道」がやはり素晴らしいですね。
ちょっとした仕掛けが施されていて、その部分にはあまり感心しなかったのですが、それを割り引いても傑作だと思いました。
いや、すごい動機ですよね、これ。

「白い巨人(ギガンデ・ブランコ)」の人間消失のトリックは、少々どころか大きな難あり、と言われてしまいそうですが、スペインのあの強烈な日差しの元では十分あり得るような、そんな気がしました。そして、このトリック、スペインの白い風車の立ち並ぶ世界に似合っていると思うのです。この作品にもちょっとした仕掛けが施されていますが、これはまあ、ご愛嬌という感じですね。

ここまでは素直に楽しんだのですが、個人的にはこの後から少々怪しくなってきます。

「凍れるルーシー」は、ウクライナに隣接する南ロシアの丘陵地帯に位置する修道院に眠る不朽体(生前の姿を留める遺体)を扱っていて、これが目くらましになって、殺人事件が切れ味鋭く解決される、と言いたくなるところが、ラストで違う意味でびっくりさせられました。えっ!? 本件、そういう話なの?

「叫び」は、アマゾンでエボラ出血熱かと思われる疫病で集落が全滅しそうなときにおこる殺人事件を扱っています。もう死ぬことがわかっているのに、なぜ殺すのか、というホワイダニットを扱っていますが、これがなかなか印象深い。異形の動機ですが、物語にはふさわしいものになっています。

そして最後の「祈り」。これ、問題作ですよねぇ......
正直、個人的にはこの作品をどう受け止めてよいのかわかりませんでした。
解説に書かれているように、「サナトリウムのような場所で、患者と訪ねてきた友人の間でささやかなゲームが開始される。やがて明かされる事実とは……」という話で、ミステリからはみ出た部分がこの作品の魅力なのだと推察するものの、その部分が個人的には消化不良でして......
もっともっと斉木の物語を読みたいのですが、斉木はどうなってしまうのでしょうか??

「砂漠を走る船の道」と「叫び」で動機に触れましたが、解説で瀧井朝世がポイントをまとめています。
「本作で重要なのは犯人の動機である(事件が起きない話もあるものの)。本書で起きる人殺しの発端にあるのは、個人的な怨恨や憎悪ではない。彼らが人を殺す動機には必ず、その文化に根差した価値観が隠れている。その多くは日本人にとって馴染みのない異文化の論理であり、それこそが推理のポイントだ。ここにこそ、海外を舞台に選んだ意義がある。というのも、本作ではトリックのために都合のよい土地が選ばれたというよりも、その土地の文化的特性から謎の種類が選ばれたという感があるからだ。真相が明らかになるたびに、その国、その文化に生きている人々の切実な想いが浮かび上がる。読者はその者が背負う物語を感知できるのだ。」
この解説、ここ以外にも読みどころの多い素敵な解説です。


<蛇足>
「凍れるルーシー」に以下のような会話が出てきます、
「日本から取材でお越しだということですがーー日本では、キリスト教といえばプロテスタントですか?」
「そうですね。信徒の数はわかりませんが、一般的なイメージだと、やはり」(143ページ)
そうなんですね。知りませんでした。
なんとなく、日本のキリスト教は、イエズス会が最初だったのでカトリック優勢なのかと思っていました。


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ノワールをまとう女 [日本の作家 さ行]


ノワールをまとう女

ノワールをまとう女

  • 作者: 神護 かずみ
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/09/19
  • メディア: 単行本

講談社HPから>
日本有数の医薬品メーカー美国堂は、傘下に入れた韓国企業の社長による過去の反日発言の映像がネットに流れ、「美国堂を糺す会」が発足して糾弾される事態に。
かつて美国堂がトラブルに巻き込まれた際に事態を収束させた西澤奈美は、コーポレートコミュニケーション部次長の市川から相談を持ちかけられる。新社長の意向を受け、総会屋から転身して企業の危機管理、トラブル処理を請け負っている奈美のボスの原田哲を排除しようとしていたものの、デモの鎮静化のためにやむを得ず原田に仕事を依頼する。
早速、林田佳子という偽名で糺す会に潜り込んだ奈美は「エルチェ」というハンドルネームのリーダーに近づくと、ナミという名前の同志を紹介される。彼女は児童養護施設でともに育ち、二年前に再会して恋人となった姫野雪江だった。雪江の思いがけない登場に動揺しつつも取り繕った奈美は、ナンバー2の男の不正を暴いて、糺す会の勢いをくじく。
その後、エルチェは美国堂を攻撃する起死回生の爆弾をナミから手に入れたというが、ナミ(=雪江)は奈美と約束した日に現れず、連絡も取れなくなった。起死回生の爆弾とは何なのか?


単行本です。
先日の「到達不能極」(講談社)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)に続いて江戸川乱歩賞受賞作です。

女性が主人公のハードボイルドタッチの作品ということで、乱歩賞の系譜的には
第39回桐野夏生「顔に降りかかる雨」 (講談社文庫)
第42回渡辺容子「左手に告げるなかれ 」(講談社文庫)
につながるかたちでしょうか。
とすると、23年ぶりですか......
ハードボイルドタッチということを取り払って、女性が主人公というだけで考えても同じ結果になるんですよね......乱歩賞は女性作家が受賞することも少ないですから、仕方がないのでしょうか?

服装が黒ずくめ、まさに「ノワールをまとう女」である西澤奈美が主人公です。
選評でも触れられていますが、奈美の職業の設定がおもしろいですよね。
「企業の炎上案件を解決する裏稼業」(湊かなえの選評)。
きわめて現代的で、それでいてあまり日頃目にしない職業。
実際に非合法なことにまで手を染めるこういう職業があるのかどうかはわかりませんが、コンサルタントとかアドバイザーとかいう形で、合法の範囲内で対応する職業はあるのでしょうね。
総会屋が形を変えたものという設定で作中には登場しますが、もしこの職業自体が作者神護かずみの創作だったとしたら、それだけでもすごいことですね。
「同性パートナー、AI、排外主義、企業コンプライアンスなど今日的な題材を随所に鏤めて」(京極夏彦の選評)ありまして、このあたりの題材の選び方もセンスあり、ではないでしょうか?

一方で、書き方はハードボイルドタッチといいましたが、「見方によってはステレオタイプとも受け取れてしま」うもので(貫井徳郎の選評)、「流行りのJ-POPを演歌歌手が歌っているような作品」という湊かなえの評言には笑ってしまいましたが、まったくその通り。
でも、新奇な題材(というほどのものではないかもしれませんが)をたくさん盛り込んでいるので、この主人公の設定だと、自然とハードボイルドタッチになるのかもしれませんが、安定感漂う書き方というしっかりした土台の上に物語が築かれるという安心感があります。「古い器に新しい食材を盛る手つきは堂に入って」いると京極夏彦がいう通りですね。

ミステリとしてのラストが定型通りといえば定型通りなのですが、ハードボイルドタッチならでは、とも思いますし、「様式美って感じで楽しかった」という新井素子の選評に1票(笑)。

手堅く纏められた佳品なのでは、と感じます。

ところで、巻末の選評で湊かなえが強く、強く推している箕輪尊文さんの「歌舞伎町 ON THE RUN」という作品ぜひ読んでみたいですね。

<蛇足>
月村了衛が選評で「言わば<暗黒面>-それとリアリティ-が決定的に足りないのは私には致命的に思えました。」と否定的な立場をとっていますが、そしてそれは正しいとも思いましたが、この人間の暗黒面の軽さが、かえって現代的な感じがするんじゃないかな、という気もしております。




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到達不能極 [日本の作家 さ行]


到達不能極

到達不能極

  • 作者: 斉藤 詠一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/09/20
  • メディア: 単行本

<裏側帯あらすじ>
二〇一八年、遊覧飛行中のチャーター機が突如システムダウンを起こし、南極へ不時着してしまう。
ツアーコンダクターの望月拓海と乗客のランディ・ベイカーは物資を求め、今は使用されていない「到達不能極」基地を目指す。
一九四五年、ペナン島の日本海軍基地。訓練生の星野信之は、ドイツから来た博士とその娘・ロッテを、南極にあるナチス・ドイツの秘密基地へと送り届ける任務を言い渡される。
現在と過去、二つの物語が交錯するとき、極寒の地に隠された“災厄”と“秘密”が目を覚ます!


単行本です。
第64回江戸川乱歩賞受賞作。
乱歩賞は、第62回の「QJKJQ」 (講談社文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)の次の第63回が受賞作なしでしたので、2年ぶりですね。
帯に「衝撃の“受賞作”なしから1年ーー。」
と書いてあって笑ってしまいました。別に衝撃ってことはないだろうと。
でも、巻末に江戸川乱歩賞の受賞リストがあるのですが、それを見ると、受賞作なしは過去3回あって、第63回が4度目なのですね。確かに、昭和46年の第17回以来、受賞作なしはなく、低調だろうとなんだろうと必ず受賞作は出ていたので、46年ぶりの受賞作なし、ですか......衝撃といってもいいのかもしれませんね。

この「到達不能極」、読むのがどんどん後回しになってしまっているうちに、もう次の第65回の受賞作「ノワールをまとう女」 (講談社)が出版されていますね......

さて、その“衝撃”の受賞作なしという事態を受けての待望の受賞作ですが、ミステリーという語をかなり広義に捉えた上でのミステリー、ですね。
SF風味の冒険小説風、といったところでしょうか。
ミステリーを推理小説だと考えると、謎らしい謎もなく(そう感じました)、伏線もなく(あったとしても、かなり見え見えであってミステリーとしての伏線とは到底いえない)、特段のサプライズもない。失格の烙印を押されても文句は言えないような感じです。
サスペンスも、それほどありませんねぇ。
また、SF風味、と書いたのは、作中に出てくる技術がどう考えても眉唾であるうえ、時代設定からしても無理があるから、SFと言い切るとSFに失礼な気がするからです。
と、こう書くと、SFとしてもミステリとしても不十分な作品でつまらないのかな、と思われるかもしれませんが、個人的にはとても楽しく読み終わりました。
過去と現在を交錯させるプロットも平凡ですが、ワクワクできました。

まず南極を舞台に物語が繰り広げられるのが楽しい。
一度行ってみたいですよね、南極。寒いのは嫌なんですが(笑)。
荒唐無稽な物語が、南極やペナンあたりだとなんとなくおさまりがいいように思えます。
ナチがやはり悪者、というのも抜群の安定感ですし。

荒唐無稽で行くなら、とことん荒唐無稽なほうがよいので、SFに失礼といった技術なんかも、いかにも二流(三流?)な安っぽさが、かえって心地よい。
むしろ、実際の科学的にはおかしなものであっても、そういうことが起こる世界というフィクションをしっかり構築したほうがよかったのかもしれませんね。現実に近いせいで、むしろ粗が目立ってしまっていますので。
(話はそれますが、ちょっと福井晴敏の「終戦のローレライ」を思い出してしまいました。福井晴敏ファンの方からは、一緒にするな、と叱られそうですけれど。)

ということで、楽しく読み終わりましたが、江戸川乱歩賞という観点で見ると、ちょっと感慨深いですね。
今までのところ全作読んでいますが、長い乱歩賞の歴史の中で、この「到達不能極」のように、ここまで意外性を狙っていない作品が受賞したのは初めてだと思うからです。
なので、この「到達不能極」の受賞が、江戸川乱歩賞の今後にどう影響するのかも気になるところですが、規定上の原稿の枚数が限られているので、意外性を放棄してしまうと、読者に印象付ける手段が、それこそプロットだったり、人物だったり、書き方だったり、と熟練の技的なものが中心になることに加え、ある程度の枚数(長さ)がないと実現しにくいものになってしまうので、新人賞という性格の乱歩賞のことですから、あまり影響ないのかもしれませんね。




<蛇足>
この作品に限らないのですが、戦争中を舞台にした小説や映画で、現代的な考え方を持った人物が登場すると違和感を覚えることが多いです。
たとえば、反戦思想を持った人。
確かに、強い反戦思想を持った人は当時にもいたでしょうし、一般的にも戦争反対と言う人が多かったのだろうと思いますが、こと日本が実際にかかわった戦争に関しては、情報操作というのかプロパガンダというのか、その結果支持している国民が圧倒的多数だったのではないかと思うのです。
現代的な視点のため、そういう人物を登場させるのは必須なのかもしれませんが、それを不自然に思われないように、そういう考えに至った経緯を丁寧に物語に組み込む必要があるのではないかと思います。
本書では戦時中の主人公である若い信之が、同盟国であるドイツの反ユダヤ政策(たとえばユダヤ人を劣等人種とすること)に怒りを覚えている設定になっています。
「信之は、基本的に押し付けることも押し付けられることも苦手ではあるのだが、本人にはどうしようもない生まれや人種に関して、偏った思想を押しつけられることに耐えられなかった。そうした考え方を持ち合わせてはいないのだった。」(81ページ)
と説明されていますが、当時の教育環境でこのような考えを持つことが自然でしょうか? 日本自体が貴族制度のある差別・区別前提の社会だったというのに。
両親が進歩的な教師だったから、と簡単に説明されていますが、納得感は少ないですね。
むしろ思いを寄せている少女ロッテがユダヤ人であることをきっかけに、そういう思いを強めていく過程をしっかり書き込んでもらったほうが納得感もあり、自然なのではないかと思うのです。
(と言いながら、乱歩賞の規定の枚数では書ききれないのかも、とも思ったりしますが)
このような思想的な面だけではなく、戦況を見通しているという設定にも違和感を覚えます。
信之は二等飛行兵曹で、学生に毛の生えたようなものなのですが、それでも一九四五年一月の段階で
「最終的な勝者となるのが自らの祖国とは、信之にはどうしても思えなかった」(162ページ)というほどの戦況把握をしているのです。
軍上層部などはともかくとして、一般には、連戦連勝という嘘を徹底していたのでは? と。





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夜の床屋 [日本の作家 さ行]


夜の床屋 (創元推理文庫)

夜の床屋 (創元推理文庫)

  • 作者: 沢村 浩輔
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2014/06/28
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
慣れない山道に迷い、無人駅での一泊を余儀なくされた大学生の佐倉と高瀬。だが深夜、高瀬は駅前の理髪店に明かりがともっていることに気がつく。好奇心に駆られた高瀬が、佐倉の制止も聞かず店の扉を開けると…。第4回ミステリーズ!新人賞受賞作の「夜の床屋」をはじめ、奇妙な事件に予想外の結末が待ち受ける全7編を収録。新鋭による不可思議でチャーミングな連作短篇集。


裏表紙のあらすじに、チャーミングな連作短編集とありますが、目次を見てみると

夜の床屋
空飛ぶ絨毯
ドッペルゲンガーを捜しにいこう
葡萄荘のミラージュⅠ
葡萄荘のミラージュⅡ
『眠り姫』を売る男
 エピローグ

となっていまして、純粋な(単なる寄せ集めの)短編集ではないですね。
創元からデビューした新人の方々には多い作風ではありますが、この「夜の床屋」 (創元推理文庫)は、中でも異色の着地を見せる作品だと思いました。
解説で、千街晶之が
「本書『夜の床屋』(二〇一一年三月に東京創元社から刊行された『インディアン・サマー騒動記』を改題)は、単に多彩な小説を楽しめるというだけの短編集ではない。エピローグまで到達したとき、読者は『今、自分が読み終えた小説は一体何だったのか』と茫然とするに違いないのだ。こんな途轍もないことを思いついた発想力とと、それを成立させた構想力への感嘆とともに」
と書いていますが、まったくその通りで、へんなことを考える作家ですね。気に入りました!

「夜の床屋」「空飛ぶ絨毯」「ドッペルゲンガーを捜しにいこう」
この3編は、日常の謎、とは言い難いけれど、ふとしたきっかけから、予想外の犯罪や裏に秘められた謎が明らかになる、というかたちの、割と小味なミステリなんですね。
でも、小味とはいえ、それぞれ独特の味わいがあって楽しい。
「葡萄荘のミラージュⅠ」は、まだその範囲の続きという感じなのが、幕間的な「葡萄荘のミラージュⅡ」とそのあとの作中作「『眠り姫』を売る男」で大きく様相を変えていき、ラストのエピローグで主人公がたどり着く境地は、いやはや、すごくおもしろいです。
好みがわかれる着地かとも思いますが、支持します!


<蛇足1>
「背筋をきちんと伸ばし、落ち着いた所作でスプーンを口に運ぶクインを見ているうちに、ダンはアップタウンのレストランにいるような気がしてきた。」(237ページ)
とあります。
イギリスの監獄でのシーンなのですが、アップタウンという表現に違和感を覚えました。
アップタウン、ダウンタウンという表現は日本でもかなりおなじみになっていますが、基本的にアメリカの表現で、イギリスではあまり使わないような気がします。
また階級意識の強固だったイギリスで、監獄にいるような(ことをしでかす)ダンが高級レストランに行ったことがあるかな? こんな感想抱くかな? とも思いましたが、ダンは「ロンドンの大富豪の遺産を掠め取ろうとしてあっさり御用となり」(232ページ)ということなので、そういうことも可能な育ちだったのかもしれませんね。

<蛇足2>
「だとすれば、いったい女はどこに消えてしまったのか?
『彼女に足はあったのか?』
 それまで黙って聞いていたクインが奇妙な質問を投げかけた。
『おいおい。まさか幽霊が犯人だったなんて言い出すんじゃないだろうな』」(255ページ)
密室状況から消えた女についての会話で、おもしろい展開だとは思うのですが、幽霊に足がないのは日本だけのような気がします。イギリスの幽霊には足がついていると思うので、このような会話は成立しないはずです。
もっとも、この部分は、パーカー博士が持ってきた小説で、それを読んでいる人物(僕)が訳をつけていることになりますから、日本人にわかりやすいように意訳したと考えることはできますが...

<蛇足3>
それにしても、「インディアン・サマー騒動記」が改題されて『夜の床屋』になる、というのはかなりの落差ですね。
まったく受ける印象が違います。どちらかというと、個人的には「インディアン・サマー騒動記」の方が好みですが...

実は沢村浩輔、第2作である「北半球の南十字星」 (ミステリ・フロンティア)も文庫になる際に「海賊島の殺人」 (創元推理文庫)と全然違うタイトルに改題されているのですよね。
その点でもおもしろい作家ですね...

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うそつき、うそつき [日本の作家 さ行]


うそつき、うそつき

うそつき、うそつき

  • 作者: 清水 杜氏彦
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: 単行本


<表紙袖あらすじ>
国民管理のために首輪型嘘発見器の着用が義務付けられた世界。非合法の首輪除去技術を持つ少年フラノは、強盗犯、痣のある少女、詐欺師、不倫妻、非情な医者、優しすぎる継母など、様々な事情を抱えた人々の依頼を請けて日銭を稼いでいた。だが彼には密かな目的があった。ある人のために特殊な首輪を探しだして、外すこと。首輪には複数のタイプがあり、中でも、フラノに技術を仕込んだ師匠ですら除去法を教えられず、存在自体ほとんど確認されていない難攻不落の型こそ、フラノが探す首輪・レンゾレンゾだった。レンゾレンゾを求めることがやがてフラノを窮地へ追いやり、さらには首輪に隠された秘密へと導いてゆく。人はなぜ嘘をつき、また真実を求めるのか。フラノが辿り着いた衝撃の結末とは?
近未来の管理社会を生きる少年の苦悩と成長を瑞々しい筆致で描く、ディストピア青春ミステリ。小説推理新人賞とダブル受賞でデビューした超大型新人による、第5回アガサ・クリスティー賞受賞作。


単行本です。
第5回アガサ・クリスティー賞受賞作。
ディストピアという語も上↑のあらすじには出てきますが、SF的設定を用いています。
正直、この設定、かなり疑問だらけ。
でも、まあ、この種の作品はそういうものだ、として読むのがよいのでしょう。
むしろ、その設定が効果的に使われているか、という方を気にしないといけないのでしょうね。
嘘発見器が常につけていて、他人がこちらの嘘を見抜いてしまうという状況で生まれ育つと、だいぶ人間の行動も変わってくると思うのですが、そういうような部分は読み取れませんでした...

この作品は、「首輪外し」を繰り返していくわけで、連作短編のようなテイストになっています。
後半はフラノ自身の物語としてまとまっていきます。
主人公フラノの現在と過去を交互に重ねて描いていくので、この構成はおもしろかったですね。

「首輪外し」は人助けでありながら、同時にその人を殺してしまう可能性を強く持っている設定が、フラノに与える影響が読みどころですね。
もともと少年少女の成長物語的なストーリーが好きなので、この作品には点が甘くなりますが、フラノのラストは予定調和でありながら、衝撃的で気に入っています。
しかし、このディストピア、何を目指したんでしょうか。

ただ、アガサ・クリスティー賞はどこに行ってしまうのでしょうか? 気になりますね。
アガサ・クリスティー自体、本格ミステリだけではなく、さまざまな作品を書いていましたので、本格ミステリでなければならない、とは思いませんが、これまでの5年間で、本格ミステリーは「致死量未満の殺人」 (ハヤカワ文庫JA)1作だけ、残りの4作はいずれも癖球ばかり、というのはミステリ好きとしては寂しいです。
普通のミステリーでも、十分おもしろい、というのがアガサ・クリスティの王道だと思いますから、彼女の名を冠した賞もそうだといいのになぁ、と思います。




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サナキの森 [日本の作家 さ行]


サナキの森

サナキの森

  • 作者: 彩藤 アザミ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/01/22
  • メディア: 単行本


<裏表紙側帯あらすじ>
昭和怪奇譚的テイスト×ラノベ的文体
平成生まれの25歳が放つ、新感覚ホラーミステリー。
帯留めを探して欲しい――売れない小説家だった祖父が遺した手紙に従い、仕事を辞めてひきこもっていた私は、遠野を訪れる。この地の旧家で起こった80年前の不可解な殺人事件。それは祖父の怪奇小説『サナキの森』に描かれていた「呪いによる殺人」に酷似していた……。これは偶然の一致か? 祖父は何を知っていたのか? 時空を超えた謎解きが始まる。


単行本です。
新潮ミステリー大賞とかいう、新しい賞の第1回受賞作。
奥付は2015年1月です。

昭和怪奇譚的テイスト、ラノベ的文体、新感覚ホラーミステリーと惹句はいろいろと書かれていますが、読後の印象は、一所懸命ミステリを書こうとしたんだなぁ、というもの。なんたって密室事件ですから。

印象的な文体でスタートして、なかなかいいなと思って数ページ読んでいたら、
「おかーさん」
なんて記載が16ページにあって、せりふとはいえ、なんだかなぁ、と警戒モード。
あとは、「せんせー」というのが出てきますが、それ以外はそこまでひどくない。
この2つを除けば、文章にかなり自覚的な作家なのだと思います。

それが証拠に、作中作「サナキの森」は、旧仮名遣い(!)。
若い作者(1989年生まれ)の旧仮名遣いが正しいのかどうか、わかりませんが、雰囲気は出ています。
サナキというのは「逆袈裟に身体を千切られ、左腕と頭部、それより下の部分に分れた若い女性の妖怪」(116ページ)で、舞台となる佐代村が言い伝えの発祥という設定です。
「一人で山歩きしていると、どこからともなくゆっくり草履で歩く足音が聞こえて来て、その音が聞こえる方に行くとサナキい出会ってしまうから、聞こえたら反対方向に逃げなきゃいけない、けれど絶対に走ってはいけないって話。左腕とか左耳にアクセサリーと着けていると肉ごと持って行かれる……って」(67ページ)とも説明されます。
これをベースにした、旧仮名遣いの作中作「サナキの森」がポイントで、80年前の密室事件を解き明かす、というストーリー。

ただねぇ、この密室トリックがあまりにもいただけない。よくこれで長編を支えようとしましたねぇ。
新潮「ミステリー」大賞だし、なんとかミステリーっぽくしようとして、密室を採り上げたのはいいけれど、そんなにすごいトリックを思いつけるはずもなく、平々凡々なトリックでお茶を濁しちゃった、ということでしょうか。
これなら、密室だ、ということに焦点を当てないほうがよかったと思いますが、これがないとミステリーとしての趣向がほぼなにもないことになってしまうのがねぇ。
作中作の怪奇趣味すらミステリに奉仕する構成となっているので、一層ミステリとしての弱さが気になりますね。

とはいえ、新旧の文体を取り混ぜた構成とか、それぞれの時代に配置した人物像の軽やかさとか、いくつかポイントのある作品には仕上がっていると思いましたので、無理してミステリを志向せずに、自由に想像の羽根を拡げられるとよいのでは、と思いました。


<以下のブログにトラックバックしています>
積読本は積読け!!


<2018.8追記>
2017年10月に文庫化されていました。
サナキの森 (新潮文庫)

サナキの森 (新潮文庫)

  • 作者: 彩藤 アザミ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2017/10/28
  • メディア: 文庫


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