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リヴァトン館 [海外の作家 か行]


リヴァトン館 上巻 (RHブックス・プラス)リヴァトン館 下巻 (RHブックス・プラス)リヴァトン館 下巻 (RHブックス・プラス)
  • 作者: ケイト モートン
  • 出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン
  • 発売日: 2012/05/10
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
老人介護施設で暮らす98歳のグレイスの元へ、新進気鋭の女性映画監督が訪れた。「リヴァトン館」という貴族屋敷で起きた70年前の悲劇的な事件を映画化するため、唯一の生き証人であるグレイスに取材をしたいと言う。グレイスの脳裏に、リヴァトン館でメイドとして過ごした日々が、あざやかに蘇ってくる。そして墓まで持っていこうと決めていた、あの惨劇の真相も……。死を目前にした老女が語り始めた、驚愕の真実とは? 気品漂う、切なく美しいミステリ。<上巻>
母とふたりのさみしい暮らしから、上流社会のメイドに。戸惑いつつも、優雅な生活と人々に惹かれていくグレイス。無邪気なお嬢様達、贅沢な料理、心おどる晩餐会……厳格な執事の小言も苦ではなかった。だが、迫りくる戦争で状況は激変する。慌ただしく月日は流れ、グレイスはリヴァトン館とともにたくさんの秘密を抱えこんでゆく。それが、大切なお嬢様をあの悲劇へ導く羽目になるとは知らず――。巧みな伏線と見事な筆致で世界中のミステリファンを魅了した物語。<下巻>


あらすじでお分かりになると思いますが、イギリスのお屋敷で働くメイドの目から第一次世界大戦前後の暮らしぶりを描く小説です。
悲劇的な事件が起こった館。うーん、魅力的な舞台ですね。
「イギリス詩壇の新星が社交界の盛大なパーティの夜に、暗い湖のほとりで自殺する。目的者はふたりの美しい姉妹だけ、彼女たちはその後たがいに二度と口を利かなくなる。ひとりは詩人の婚約者で、もうひとりは愛人とうわさされていた。すごくロマンティックだわ。」(上巻30ページ)
と現代の時点で若き映画監督が語り手であるグレイスに語るのですが、そうなんですよね、ロマンティック。
お屋敷、社交界、執事、メイド、貴族。
いろいろな面で窮屈な生活だったのでは? と思いつつ、ロマンティックに思えます。
事件の背景が、少しずつ、ゆったりと語られる。このテンポも時代や舞台にピッタリです。
登場人物が限られているので、果たして何があったのか、を考えるのはさほど難しくないことだと思いますが、この叙述パターンだと、先の予想がたとえついてしまっても、あまり問題にならないような気がします。もちろん、作者の筆力あっての話ではありますが。そしてその筆力は、確実にあります。

作者ケイト・モートンによる著者解題に
「わたしはかねてより読者として、また研究者として、本書のようにゴシック風の技法を用いる小説に興味を持ってきた。過去につきまとわれる現在。家族の秘密へのこだわり。抑圧された記憶の再生。継承(物質的、心理的、肉体的な)の重要性。幽霊屋敷(とりわけ象徴的なものが出没する屋敷)。新しいテクノロジーや移ろいゆく秩序に対する危惧。女性にとって閉鎖的な環境(物理的にも社会的にも)とそれに伴う閉所恐怖。裏表のあるキャラクター。記憶は信用ならないこと、偏向した歴史としての性格を帯びること。謎と目に見えないもの。告白的な語り。伏線の張られたテクスト。」(下巻328ページ)
とありまして、(当然ですが)ケイト・モートンはこれらの技巧を意識的に使いこなしています。
訳者あとがきに
「戦争の世紀の黄昏ゆく貴族社会、古きよき英国の静かな崩壊の歴史」
と書いてありますが、この滅びの予感が一層物語を魅力的に、ロマンティックに感じさせてくれているのでしょう。

ところでグレイス。
最初はシャーロック・ホームズのファンで、ひそかに読むのが喜び、だったのですが、途中で宗旨替えします(笑)。
「わたしがもうシャーロック・ホームズには傾倒していないのをハンナが知ることはないだろう。ロンドンでわたしは、アガサ・クリスティの作品と出会ってしまっていた。」(下巻47ページ)

そしてこの「リヴァトン館」 上・ 下巻 にクリスティ本人も登場します! (下巻108ページ~)
「当時はまだ『スタイルズ荘の怪事件』 一冊しか発表してなかったが、すでにわたしの想像の世界では、エルキュール・ポワロがシャーロック・ホームズに取って代わっていた。」(下巻108ページ)

池田邦彦のコミック「シャーロッキアン!(4) (アクションコミックス)」の感想(リンクはこちら)にも書きましたが、クリスティやクロフツはコナン・ドイルと活動期間が少しですが重なっているんですよね。改めて思いました。

ケイト・モートンは、
「忘れられた花園」〈上〉 〈下〉 (創元推理文庫)
「秘密」〈上〉 〈下〉 (創元推理文庫)
「湖畔荘」〈上〉〈下〉(東京創元社)
と翻訳が進んできていますね。楽しみです。

<蛇足1>
本書、なぜか「リヴァトン館」だと長い間勝手に思い込んでいました。不思議。
あと、カバーや後ろ側の見返しに、リヴァトン館の「館」の字に「やかた」とルビがふってあって、びっくり。
「リヴァトンかん」と呼ぶんじゃないんですね。

<蛇足2>
「ハンナとエメリンは、括弧の起こしと閉じにように両端にいる」(上巻231ページ)
“(”と“)”のこと、起こし、閉じ、というんですね。よく使うのに呼び方を知らずにいました。





原題:The Shifting Fog (英版タイトル The House of Riverton)
作者:Kate Morton
刊行:2006年
訳者:栗原百代








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偽りの銃弾 [海外の作家 か行]


偽りの銃弾 (小学館文庫)

偽りの銃弾 (小学館文庫)

  • 作者: ハーラン コーベン
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/05/08
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
何者かに夫を射殺された元特殊部隊ヘリパイロットのマヤ。二週間後、親友の勧めで二歳の娘の安全のために自宅に設置した隠しカメラに映っていたのは、殺されたはずの夫だった。彼は生きていたのか、それとも誰かの罠か、あるいは戦場の後遺症によるマヤの幻覚か。夫の死に潜む謎を追ううちに、マヤは四か月前に殺害された姉クレアの秘密、さらに十七年前のある事件へとたどり着く……。
ハードボイルドなヒロインの生き様、予想を遥かに超える結末。本作に惚れ込んだジュリア・ロバーツ製作・主演で映画化が進む、ベストセラー作家の傑作サスペンス!


ハーラン・コーベン、ひさしぶりです。
確か、ハーラン・コーベンには未読本があったはず。それも船便で持ってきたはず、と確認してみたのですが、見当たりません。どうも間違えて日本において来てしまったようです。
あ~あ。「ステイ・クロース」 (ヴィレッジブックス)を持ってきたはずだったのに...
ハーラン・コーベンは、お気に入りの作家のひとりでして、特にデビュー作「沈黙のメッセージ」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)以来のマイロン・ボライターを主人公にしたシリーズが大好きです。
これまでの全翻訳作は持っていますし、上記の「ステイ・クロース」 を除いて、全翻訳作を読んでいます。
実はハヤカワミステリ文庫で出ているマイロン・シリーズとそれ以外とではかなり手触りが違う作品になっていまして、マイロン・シリーズを懐かしく思ったりしているのですが、手触りが違ってもハーラン・コーベンの作品は面白いので、続けて読んでいます。解説で堂場瞬一も書いていますが、「マイロン・シリーズの未訳部分も、また読みたいものである。」です。

さておき、今回は女性の退役軍人が主人公です。
手堅いサスペンスかな、と思いきや、なかなかの(ミステリ的な)野心作ではないですか。
もっとも作者は「予想を遥かに超える結末」を仕掛けてやろうとしただけで、ミステリ的な意味合いとかはあんまり考えてはいないでしょうが、日本で同じ趣向を狙った泡坂妻夫の作品が復刊(amazon にリンクを貼っていますのでネタバレ覚悟でご確認ください)されていたのでタイミングとして印象的です。
サスペンスタイプの作品には珍しく
“絶対にありえないことを除外して残ったものこそ、どんなにありそうになりことでも、真実にちがいない”
というシャーロック・ホームズのことばやオッカムの剃刀という語を何度も使ってみせていますので(たとえば462ページに両方でてきます)、ひょっとしたらちゃんと意識していたのかもしれませんが。ただ、泡坂妻夫のような超絶技巧といった感じではなく、ちょっとそのあたりは雑な気がします...

解説の堂場瞬一がまとめているストーリー紹介がすばらしいので、読もうかどうかストーリーを確認してからとお考えの場合は解説を2ページ立ち読みして判断されるとよいかとおもいます。
途中まで読んだところで、あらすじでいう「マヤは四か月前に殺害された姉クレアの秘密、さらに十七年前のある事件」までたどり着いたところで、だいたい話の成り行きが読めたような気になります。
ウィキリークスを彷彿とさせる<コーリー・ザ・ホイッスル>というサイトとその創設者が登場することで、そして主人公マヤがイラクでの特殊部隊経験を持ち<コーリー・ザ・ホイッスル>に過去を暴かれていることで複雑化・輻輳化していますが、主人公の夫が大富豪の御曹司という設定で、自らを守ろうとする名家とそれを取り巻く事件という構図が浮かび上がってきますから。
これをどうひねるのか、あるいはひねらないのか、が作者の腕の見せどころですが、さすがはハーラン・コーベンというべきか、ちょっと想定外のボールを投げ込んできたなぁ、というところ。

ひさしぶりのハーラン・コーベン、堪能しました。
あー、「ステイ・クロース」 を日本において来てしまったことが、よくよく悔やまれます。

ジュリア・ロバーツが惚れ込んで、制作・主演で映画化とのことですが、まったく余計なお世話ながらジュリア・ロバーツはミスキャストだと思うんですけど...



<蛇足>
引用したあらすじにある「生き様」。
やめてもらえないでしょうか、こういう無神経な単語を使うの。もうずいぶん広まってしまっているので、無駄な抵抗だとはわかっているのですが。
あるいは、この作品の主人公の場合「生き様」がぴったりだという意味合いが込められているのでしょうか?


原題:Fool Me Once
作者:Harlan Coben
刊行:20016年
訳者:田口俊樹・大谷瑠璃子



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氷姫 [海外の作家 か行]

氷姫―エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫)

氷姫―エリカ&パトリック事件簿 (集英社文庫)

  • 作者: カミラ レックバリ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/08/01
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
海辺の古い邸で凍った美しい女の全裸死体が見つかり、小さな町を震撼させた。被害者が少女時代の親友でもあった作家エリカは、幼馴染の刑事パトリックと共に捜査に関わることに。20年以上疎遠だった親友の半生を辿ると、恐るべき素顔が覗く。画家、漁師、富豪…町の複雑な人間模様と風土に封印された衝撃の過去が次々明らかになり、更に驚愕の……。戦慄と哀歓。北欧ミステリの新星、登場!


5月に読んだ9冊目の本です。
このところ日本で話題の北欧ミステリです。作者のカミラ・レックバリはスウェーデンの作家です。
実はこの作品、以前一度読もうとして読み始めたものの、なぜか挫折してしまった過去が...
今回読んでみて、あのときどうして挫折したのかなぁ、と不思議に思うくらい充実した作品でした。

文庫本にして570ページを超える大部な作品ですが、被害者はいったいどういう人物だったのか...、まずはそういう枠組みで始まります。引用したあらすじにも書いてありますね。
それを調べるのが、長い間音信不通だった知り合い(幼馴染、親友)というのが特徴でしょうか。
同時に、探る側の幼馴染エリカや家族、友人の日常も描かれていきます。
シリーズ第1作なので、事件関係者の日常・人間関係と、探偵役であるエリカの日常・人間関係が混然一体となっているところがミソなのかもしれません。

人間関係がポイントの作品です。
まず目を引くのはエリカのキャラクター設定。自然体、のように思えます。
副題「エリカ&パトリック事件簿」があっさり明かしてしまっていますが、この「氷姫―エリカパトリック事件簿」 中で、エリカはパトリックと恋人関係になります。
エリカの昔のボーイフレンドであるダーンとエリカの現在の関係が、なかなかよろしい。大人の男女に友人関係はありうるか? というのは割とあちこちで聞く議論ですが、成立させています。
一方で、周りが必ずしもそう見てくれるとは限らない。ここも人間関係上のポイントですね。ダーンの妻パニッラが爆発するシーンが出てきますが、シリーズ中でいろいろと出てくるんでしょうね。
被害者アレクサンドラやダーン、そしてエリカの妹アンナの夫婦関係が様々で、そこにいろいろな登場人物の夫婦関係、家族関係が重要なテーマとして出てきます。

これら人間関係の中に、ミステリとしての構図が埋め込まれています。
結局トラウマかいっ、と言いたくなるところもなくはないですが、因習というのか、スウェーデンを舞台にした横溝正史っていう感じの枠組みにトラウマはぴったりなのかもしれません。

さすがにちょっと長すぎる気がしましたが、主要人物たちともお近づきになれたし、続く作品も読んでみるかもしれません。


<蛇足>
「ちょうど大きな雪ひらがゆっくり地面に降り始めていた」(379ページ)
という記述があります。
「雪ひら」という語にひっかかりました。こんな語ありますか?
PCの変換でも出てきませんし、辞書にも載っていません。
でも、花びらからの連想で、すぐに意味が想像できますし、なかなか趣のある語ですねぇ。
使ってみようかな。






原題:Isprinsessan
作者:Camilla Lachberg
刊行:2003年
翻訳:原邦史朗








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マジシャンは騙りを破る [海外の作家 か行]


マジシャンは騙りを破る (創元推理文庫)

マジシャンは騙りを破る (創元推理文庫)

  • 作者: ジョン・ガスパード
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2015/12/21
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
ミネソタ州ミネアポリスとセントポール。ツインシティと呼ばれるこのあたりの川沿いの洞窟で、今夜、死後の世界と交信できるという男のショーがテレビで生中継される。マジシャンのぼくの役どころは、そのインチキを暴くこと。それがうまくいった翌日、ぼくは警察に連れていかれる。件の男が殺され、ぼくが容疑者のひとりだというのだ……。ライトなミステリ・シリーズ第一弾。


今年4月に読んだ本、一冊目です。
愉快な新シリーズの開幕です。
コージー・ミステリとはジャンルがちょっと違いますが、読み心地のよいミステリです。
まず、主人公であるぼく・イーライ・マークスをはじめとするキャラクターがいいですね。
インチキ超能力者対マジシャンという構図は常道というか王道というか、まあよくある設定なんですが、この対決シーンが終わるころにはすっかりイーライ・マークスのファンになっていました。
子供の前でマジックを披露するエピソードもかなりいい感じです。
なにより余裕の感じられる語り口がよいですね。

また、インチキ超能力者対マジシャンということを扱っていても、一方で超能力とか超常現象そのものを否定しきっていないのも興味深い。
結構あたらしい試みなのではないかな、と感じました。
いろんな登場人物たち、シリーズ次巻以降にもぜひ出てきてほしいですね。

ミステリ的には、謎解きが行き当たりばったりで、お世辞にもうまくいっているとは言えないと思いますが、意外な犯人を演出しようとしている点は買えますし、超能力者やマジシャンのあふれた世界で、普通のといいますか、現実的なといいますか、堅実な動機(変な表現ですが)を提示してくれたのもなかなかセンスあるなぁ、と感じました。

あらすじでは、ライトなミステリと書かれていますが、古い表現だと軽本格というのか、こういう手触りの作品、意外とすくないと思いますので、ぜひ続けていってほしいと思います。読みます!

原題は“The Ambitious Card”
67ページ以降、主人公が演じて見せてくれますが、マジックのネタ(技?)の名前です。


原題:The Ambitious Card
作者:John Gaspard
刊行:2012年
訳者:法村里絵




殺人者の湿地 [海外の作家 か行]

殺人者の湿地 (論創海外ミステリ)

殺人者の湿地 (論創海外ミステリ)

  • 作者: アンドリュウ ガーヴ
  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2013/09
  • メディア: 単行本



単行本です。
アンドリュウ・ガーヴの作品を読むのはいつ以来だろう...
「ヒルダよ眠れ」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「カックー線事件」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
「遠い砂」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
あたりを大昔に読んだ記憶がありますが、内容は覚えていませんね。
ただ、サスペンスものとしておもしろかったような感じがしていて、この「殺人者の湿地」 (論創海外ミステリ)を手に取りました。
論創社ミステリって、こういう地味な作品をひょいと訳してくれるので、ありがたいですね。
久しぶりに読んだガーヴですが、おもしろかったですよ。

福井健太の解説からあらすじを引用します。

ケンブリッジ州のトレーラー販売所に勤めるアラン・ハントは、ノルウェー旅行中にホテルで出逢った美女グヴェンダ・ニコルズを籠絡した。「道徳心や両親といったものが完全に欠落していた」ハントは、グヴェンダに偽の住所を渡して帰国し、資産家の娘(事実上の婚約者)スーザン・エーンジャーのもとへ戻るが、やがて予想外の事態が勃発した。ハントを探し当てたグヴェンダが「おなかに赤ちゃんがいるの」と告げたのである。ハントは「ぼくらは結婚すべきだと思う」とグヴェンダを丸め込み、大急ぎである計画を練るのだった。
その翌週、オッケン村の警察に匿名の手紙が届いた。村の湿地で男が女を殺したと思われる光景を目撃した、男はトレーラー販売所の従業員に似ている--という内容を重んじた警察は、ケンブリッジ州犯罪捜査課のジョン・ニールド警部とトム・ダイソン巡査部長を現地に赴かせる。二人はハントの言い分を疑いながらも、グヴェンダを捜そうとするが……

この解説、フェアに書こうとして、かえってポイントが浮き上がってしまっているきらいはありますが、コンパクトにまとまっていると思います。

作者の用意したちょっとした仕掛けは、まあ大したことない(し、割と早い段階で明かされる)ので取り立てていうことはないですが、作品そのものはサスペンス物として十分楽しめますよ。
なんとまあ身勝手な男だなぁ、とハントのことを思いつつも、すっかり作者の手中に嵌っちゃった気がします。
警察側の二人もなかなかいい感じですしね。

イギリスの湿地を舞台にしている、なんていかにも渋そうで、たしかに渋い展開を見せはしますが、ちゃんとサスペンスものとして読者を引っ張っていってくれますし、ラストも読後感が悪くならないよう精いっぱい配慮してくれています。このバランス感というか安定感こそがポイントなのかもしれません。
ということで、アンドリュウ・ガーヴ、久々に読めて良かったです。
未訳のものの翻訳を進めることと、既刊分の復刊をお願いしたいですね。


原題:Murderer's Fen
作者:Andrew Garve
刊行:1966年
訳者:水野恵



一千億の針 [海外の作家 か行]

一千億の針【新版】 (創元SF文庫)

一千億の針【新版】 (創元SF文庫)

  • 作者: ハル・クレメント
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/06/22
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
20億の針』から7年。ボブの体内には、すぐれた知性をもつゼリー状の異星人が共生し、体内の病原菌を殺したり怪我の出血をとめたりしていた。しかし最近になって、ボブの体調が悪化しはじめた。日に日に弱りゆくボブを救うには、7年前に島の近海へ墜落した異星人たちの宇宙船を探しだし、一千億の星の中からただひとつの、彼らの母星の科学者に連絡をとらなければならないのだ。


今回の「一千億の針【新版】」 (創元SF文庫)は、タイトルからも明らかなように、「20億の針【新訳版】」 (創元SF文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)の続編です。
「20億の針」 (創元SF文庫)の原書が1950年刊行で、「一千億の針」 (創元SF文庫)が1978年ですから、なんと28年ぶりの続編。待望の続編、といったところでしょうか。

宇宙人"捕り手(ハンター)"のおかげでつつがなく息災に過ごしていたはずのボブが、体調不良。
"捕り手(ハンター)"がいるがために、免疫不全が起きてしまう。
まず、このアイデアが秀逸ですね。いかにも人間の体に起きそうです。
で、これを解決するために、"捕り手(ハンター)"の母星とコンタクトしなければ、と。
でも、どうやって??
それは"捕り手(ハンター)"と"殺し屋(キラー)"が地球へやって来たときに乗っていた船を探し出せば、なんとかなる、母星でも、"捕り手(ハンター)"と"殺し屋(キラー)"が飛んで行った方向は掴んでいるはずだから...と。
若干心もとない感じもありますが、それなりの理屈はつけてあります。このあたりの塩梅が安心して読める理由なんでしょうね、きっと。

宇宙船捜し、になるわけですが、いろいろと事件が起こり、さて妨害されているのでは?
妨害されるということは、ひょっとしてやっつけたはずの"殺し屋(キラー)"が生き残っていて邪魔している?
なんかドキドキする展開ではありませんか。

ボブは疲れやすくなっていて動きが悪くなっている一方、"捕り手(ハンター)"は結構激しく活躍します。
この"捕り手(ハンター)"が非常にいいやつで、理性的。安心して読めます。この安定感がポイントですね。

ミステリ的な手法あるいはサスペンスの手法をあちこちに使って読者の興味をひっぱっていくので楽しく読めますが、ラストは若干拍子抜け、というか、うーん、今までの努力はなんだったの?  系の脱力もの。とはいえ、ボブにとっては一安心になっているのがありがたい。
ボブにも、"捕り手(ハンター)"にも、結構、愛着が湧いてきちゃってます。

<蛇足>
「一千億の針」 という邦題は、当然前作「20億の針」 を意識したものですが、「20億の針」 の原題には20億というのがなかったのと同様、今回の「一千億の針」 の原題にも一千億というのは出てきません。まあ、こじつけですね。


原題:Through the Eye of a Needle
著者:Hal Clement
刊行:1978年
訳者:小隅黎



バジャーズ・エンドの奇妙な死体 [海外の作家 か行]


バジャーズ・エンドの奇妙な死体 (創元推理文庫)

バジャーズ・エンドの奇妙な死体 (創元推理文庫)

  • 作者: ケイト・キングスバリー
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2009/09/05
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
ここはペニーフット・ホテル。田舎町バジャーズ・エンドにひっそりと建つ、紳士淑女御用達の隠れ家だ。ところがその静かな町で不審死が続発。ただでさえホテルにとって痛手なのに、そのうえ関係者がふたりも疑われているとあっては放っておけない。ホテルの女主人セシリーは、堅物の支配人バクスターの心配をよそに調査をはじめる。古き良き英国の香り漂う人気シリーズ第二弾。


舞台が1906年のイギリス南西部バジャーズ・エンドにあるペニーフット・ホテルのシリーズ第2弾です。
あらすじを読んでびっくり、第1作「ペニーフット・ホテル受難の日」 (創元推理文庫)(感想ページはこちら)を読んだときは意識していなかったのですが、このホテル、「紳士淑女御用達の隠れ家」ってことは、そういう用途のホテルだった!?
でも、この「バジャーズ・エンドの奇妙な死体」 (創元推理文庫)を読んでもそんな印象は受けませんでした。
「それによってさらにホテルの格が上がるわ。」(230ページ)
というセシリーのセリフも、そういう用途のホテルではないことを裏付けているように思います。
こちらの勝手な思い込みだったのでしょう。ちょっとあらすじの書き方、ミスリーディングですけどね...
時代(背景)のせいで、そう思えなかっただけ??? 後続巻では気を付けて読むことにします。

今回もセシリーがどたばたと謎を解いていきます。
バクスターが嫌々ながら、巻き込まれていってしまう段取りも、セシリーの危機一髪を、バクスターが救うという段取りも、予定通り(笑)。
登場人物のにぎやかなことも、第1作と同じく健在。
謎の宿泊客ミセス・パルマンティエとか、メイド、ガーティの妊娠騒ぎとか、わさわさと楽しいですね。
(しかし、ガーティの言葉遣い、ちょっとひどいというか、ホテルの雰囲気に合わないですね。)

事件の方は、他愛ないといえば他愛ないし(日本題の「奇妙な死体」のゆえんである殺害方法の古典的なことにはびっくりできますよ、いまさら感があって)、(ミステリーでは)ありふれた動機ではありますが、おもしろい使い方をしているなぁ、と思いました。怒る人もいるでしょうけれどねぇ。ミッシリング・リンクの解としては、反則ですもんねぇ。

と、作品としてよかったのか、悪かったのか、今一つ難しいところですが、楽しんで読むことは読みました。
シリーズ続刊も、読んでいきます。



原題:Do not Disturb
著者:Kate Kingsbury
刊行:1994年
訳者:務台夏子





20億の針 [海外の作家 か行]


20億の針【新訳版】 (創元SF文庫)

20億の針【新訳版】 (創元SF文庫)

  • 作者: ハル・クレメント
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/05/21
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
2隻の宇宙船が南太平洋に墜落した。1隻に乗っていたのは捜査官、もう1隻に乗っていたのは犯罪者。両者とも人間ではない。高度な知性をもったゼリー状の生物であり、彼らは宿主なしには生きられない。捜査官は一人の少年の体内に宿り、犯罪者は別の人間にとりついている。だがいったい誰に? 容疑者は地球上の人間全員、20億人。様々な寄生生命SFの原点となった歴史的傑作。


無茶苦茶久しぶりの更新となりました。
仕事が忙しくなって...というのもあるのですが、なにより6月頭に引っ越したのが影響大。
マンガを除いてだいたい読んだ順に感想を書いていたのですが、読み終わった本がさてさていったいどの段ボールに潜んでいるのやら...ちゃんとつきとめられていない状態です。
前回感想を書いたのが、「雨恋」で、「雨恋」は2015年10月に読んだ最初の本ですから、まるまる9か月分の本が感想を書けないままです。
このままではいつまでたっても再開できないので、趣向を変えまして(?)、いま読み終わったばかりの本を採り上げたいと思います。

今回の「20億の針」は、創元SF文庫から新訳が出た作品ですが、むかーし小学生の頃、児童書で読んでいます。
覚えていたのはあらすじにも書かれているような程度のことで、細かいところは全くでした。

いやぁ、面白かったですねぇ。
もっと早く大人物としても読んでおけばよかったです。
帯には
『「寄生獣」「ヒドゥン」など、様々な共生生命SFの原点となった歴史的傑作を新訳で贈る』
と書かれていまして、なるほど、そういう歴史的意義のある作品でもあるんですね。

宇宙人で捜査官側である"捕り手(ハンター)"が、少年の体に入り込んで、"殺し屋(キラー)"(“ホシ”とも呼ばれます)をつきとめるという話。
共生する人間と、宇宙人(ゼリー状)が交流する、ファーストコンタクトもなかなかいい感じです。
人間サイドを少年に設定したことが功を奏しています。このことは本文中にも触れられていますが。
なるほどなぁ。
大学生くらいに設定したほうが物語は転がりやすかったように思いますが(まずもって少年には移動の自由が少ない)、ラストの展開などを考えると15歳というティーンエイジャーにしたのはやはり正解ですね。
個人的には、子どもを主人公にした作品は好みなので、ありがたい。

タヒチあたりの島で遭遇し、少年の学校があるシアトルでコンタクトして共生関係を築き、“ホシ”を探しに島へと戻る。ここまでで90ページ。ざっくり全体の1/4程度。
学校でのコンタクトのくだりもとてもおもしろかったですし、その後島へ戻ってからも、島でも少年の生活がいきいきしていて楽しくなりました。
おいおい、そんなことでどうやって探すんだよ、と思わないでもなかったですが...

地球全体から、"殺し屋"が潜んでいる人間を探るということで、当時の地球の人口を使って「20億の針」なわけですが、実際は島に限定されていますし、まあ、ちょっと大げさですね。
でも原題は
「Needle」
シンプルに、針、です。日本語訳するときに20億ってつけたんですね。大げさでも、なかなか良いタイトルです。

20億はおおげさでも、犯人捜しというかマンハント的要素があるわけで、ミステリ好きとしても楽しめて良いですね。

本書の続編「一千億の針」 (創元SF文庫)も新版が6月に出ていますので、読んでみたいと思います。


原題:Needle
著者:Hal Clement
刊行:1950年
訳者:鍛治靖子



ペニーフット・ホテル受難の日 [海外の作家 か行]


ペニーフット・ホテル受難の日 (創元推理文庫)

ペニーフット・ホテル受難の日 (創元推理文庫)

  • 作者: ケイト・キングズバリー
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2009/05/05
  • メディア: 文庫


<裏表紙あらすじ>
ここはペニーフット・ホテル。海辺の田舎町にひっそりと建つ、上流階級に人気の快適な宿だ。そのホテルで宿泊客の婦人が墜落死した。事故、それとも? ホテルの評判を守ろうと、勝ち気で行動的な女主人セシリーは、冷静で忠実な支配人のバクスターと共に、宿泊客らに事情を聞いてまわるのだが……。優雅なホテルで起こる事件の数々と、紳士淑女の人間模様を描くシリーズ第一弾。


舞台は1906年のイギリス南西部バジャーズ・エンドにあるペニーフット・ホテル。
まずこの雰囲気がポイント、と言いたいところですが、そしてその要素は確かにありますが、むしろにぎやかな登場人物たちに重点があるのでしょう。
事件そのものは安直というかなんというか、単純なものですが(時代設定を100年以上前にしているので、いろんなことが楽~に設定できますね)、ニシキヘビを使ったエンターテイメントとか、正直、何考えてるの? (笑) といいたくなる素っ頓狂さが素晴らしい。
帯に
「勝気な女主人&謹厳実直な支配人
 凸凹コンビがホテルの危機に探偵開始」
とあるように、この二人のやりとりがシリーズの注目点でもありますね、きっと。
身分の違いをどう二人が埋めていくのか、というところ?

「バジャーズ・エンドの奇妙な死体」 (創元推理文庫)
「マクダフ医師のまちがった葬式」 (創元推理文庫)
「首なし騎士と五月祭」 (創元推理文庫)
「支配人バクスターの憂鬱」 (創元推理文庫)
と出たところで翻訳はストップしているようですが、よたよたでも読み進めていきたいなと思いましたので、また、続きを翻訳してください、東京創元社さん。


原題:Room with a clue
著者:Kate Kingsbury
刊行:1993年
訳者:務台夏子


エーミールと探偵たち [海外の作家 か行]


エーミールと探偵たち (岩波少年文庫 (018))

エーミールと探偵たち (岩波少年文庫 (018))

  • 作者: エーリヒ・ケストナー
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2000/06/16
  • メディア: 単行本


<裏表紙あらすじ>
おばあちゃんをたずねる列車の中で、大切なお金を盗られてしまったエーミール。ベルリンの街を舞台に、少年たちが知恵をしぼって協力し、犯人をつかまえる大騒動がくりひろげられます。


いわずとしれた児童書の名作です。
引用したあらすじのところに、「小学4・5年以上」なんて記載もあります。
子どもの頃読んでいるはずですが、中身は覚えておらず、なんとなく懐かしく手に取りました。
あらためて大人の目で読むと、他愛もないといえば他愛もない話ですが、ケストナーは決して手を抜いていませんね。

『エーミールは「いい子」だった。そのとおりだ。けれども、おくびょうで根性がケチ臭くて、ほんとうの子供らしさをなくしているために、「いい子」のふりをするしか知らない連中とはわけがちがう。エーミールは、「いい子」になろうと思ってなったのだ!』(54ページ)
こうダイレクトに書かれているところは児童書ならではですが、エーミールの行動を通してもきちんとそのことが伝わるようになっています。
短い物語でも、きちんと個性的な登場人物たちが騒動を繰り広げるところ、安心して読めます。

ミステリ的には(?)、とられたお金を取り返す。そのために子供たちが知恵を絞る、という王道がすっきりと描かれています。
このやり方で本当に犯人が参ったと思うかどうか若干心もとない気もしますが、176ページのイラストなんかをみると、うーん、確かに嫌かも。
子どもから見て、楽しいアイデアなんじゃないかとも思えて、かなりGOODです。

実は児童書を数冊一気に買ってみたんです。
積読に紛れてゆっくり今後も読んできます。

ところで、蛇足。
バタパン(161ページ)って、普通にいう名詞ですか?? バターパンってこと? バターパン、でもあまりぴんと来ないのですが...バターロールみたいな意味合いなんでしょうか?

あと、グスタフという子供がなかなか重要な登場人物なんですが、口癖が「てやんでい」(笑)。
ドイツ語ではどう書いてあるのでしょうか?
訳者あとがきで
「もっとも、これらは私がドイツ語で物語を読んでいて、-略- 登場人物の声が、こんなふうに日本語で聞こえてきた、ということですが」
と述べられています。子供が「てやんでい」...
訳者の池田さんはおいくつなんだろうと思ったら、1948年生まれだそうです。それにしても...「てやんでい」...

原題:Emil und die Detektive
作者:Erich Kastner
刊行:1929年
翻訳:池田香代子


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