チョールフォント荘の恐怖 [海外の作家 F・W・クロフツ]
<カバー裏あらすじ>
十五歳の娘を抱え夫に先立たれたジュリアは、打算の再婚に踏み切った。愛はなくともチョールフォント荘の女主人として過ごす日々は、隣人との抜き差しならぬ恋によって一変する。折も折ジュリアの夫が殺され、家庭内の事情は警察の知るところとなった。殺害の動機または機会を持つ者は、ことごとく容疑圏外に去ったかに見えたが……。終局まで予断を許さぬフレンチ警部活躍譚。
創元推理文庫2017年の復刊フェアの1冊です。
「フレンチ警部最大の事件」 の感想で挙げた、2010年以降の創元推理文庫の復刊フェアで対象となったクロフツ作品を、今年2020年分も含めてもう一度。
2020 「ホッグズ・バックの怪事件」
2019 「クロフツ短編集 1」 &「クロフツ短編集 2」
2018 「フレンチ警部最大の事件」 (感想ページへのリンクはこちら)
2017 「チョールフォント荘の恐怖」
2016 「二つの密室」
2015 「船から消えた男」 (感想ページへのリンクはこちら)
2014 「フローテ公園の殺人」(感想ページへのリンクはこちら)
2013 「殺人者はへまをする」
2012 「製材所の秘密」 (感想ページへのリンクはこちら)
2011 「サウサンプトンの殺人」(感想ページへのリンクはこちら)
2010 「フレンチ警部とチェインの謎」 (感想ページへのリンクはこちら)
この「チョールフォント荘の恐怖」 は購入したものの日本に置いてきてしまってしばらく読めない、という状態でしたが、一時帰国の際の発掘本として読みました!
永らく手に入らなった作品が手に入って読めるようになるので、復刊というのは大変ありがたい試みでぜひ続けてもらいたいのですが、ここしばらくのクロフツの復刊作品群については、新訳を検討してもらってもよいのかな、と思いました。
なんといっても、訳文が古い。
奥付をみると、初版は1977年。ざっと40年前ですか。読んでみると、40年以上の古さに感じられる翻訳です。
個人的には、二人称の選択がなんとも時代を感じるというか、違和感を抱きました。
恋人同士の男が女に向かって「あんた」。言わないですよね。
また、母親が娘に向かって「あんた」ということはシチュエーションや設定次第ではありうると思うのですが、本書の使われ方はちょっとなじめませんでした。
これ以外も古いんですよね、全体的に。
「サンマー・ハウス」って、最初なんのことかわかりませんでした。Summer House。今だと、サマーと表記しますね。
といいつつ、古いということはある意味趣きがあるということでもありますね。
たとえば
「かれらの話が傍え聴きされる惧れはまったくなかった。」(297ページ)
というところでは、思わずニヤリ。
長岡弘樹の「傍聞き」 (双葉文庫)(感想はこちら)を連想しましたので。
創元推理文庫でよくあることですが、見開きのところにあるあとがきが、上で引用したカバー裏のあらすじと違っていますので、そちらも引用します。
法律事務所を経営しているリチャード・エルトンは、郊外の見晴らしのよい高台に堂々たる邸宅を構えていた。ある晩、そのチョールフォント荘でのダンス・パーティ開催の直前、彼が後頭部を割られて死んでいるのが庭園で発見される。犯人は誰か? 動機は遺産相続か、怨恨か、三角関係のもつれか。それぞれの動機にあてはまる容疑者は、フレンチ警部の捜査の結果つぎつぎとシロとなってゆく。クロフツが、完全犯罪をめぐる本格推理小説の醍醐味を伝える重厚な謎解き編
内容ですが、しっかり構築された本格ものだな、と思いました。
カバー裏あらすじに「終局まで予断を許さぬ」とありますが、まさにその通り。
見開きのあらすじにある通り、容疑者がつぎつぎとシロになっていく展開に夢中になりました。
真相にたどり着くのが、最終章の一歩手前。
クロフツというと、延々と続くアリバイ崩し、というイメージの方も多いのではと思いますが、そうでない作品も数多く発表していますし、この「チョールフォント荘の恐怖」 はアリバイ崩しではないほうの代表例といってもよいのではないでしょうか?
おもしろかったのは、フレンチ警部が、若手警官(といっても肩書は部長刑事になっています)ロロの指導役をつとめること。
フレンチの捜査はいつも丁寧なんですが、指導役をつとめるからか、いつもよりも丁寧に捜査しているみたい。
このロロという部長刑事のキャラクターもなかなかよさそうなので、レギュラー登場人物にすればよかったのに、と思ったりもしました。まあ、このあと昇進してしまって、独り立ちしたということでしょうね。
タイトルは「チョールフォント荘の恐怖」 ですが、原題は”Fear Comes to Chalfont”。
日本語タイトルのイメージだと、チョールフォント荘で恐怖の連続、恐ろしい事件がいっぱい起こる、あるいは、なにかとても恐ろしいもの/ことがチョールフォント荘にある、という感じですが、違います。
事件をきっかけに、チョールフォント荘の人々が不安に陥ってしまうことを指しています。
スリラー、サスペンスを期待すると肩透かしになります。
小味な謎解きミステリの佳品だと思いました。
<蛇足>
「恋と戦争と探偵の仕事では何をしようとフェアなんだから」(245ページ)
フレンチ警部のセリフです。
そうなんだ......でも、なんとなくわかるような気がします。
ほかならぬフレンチ警部のセリフだというのが少々意外ではありましたが。若手の指導役をつとめているからでしょうか??
原題:Fear Comes to Chalfont
作者:Freeman Wills Crofts
刊行:1942年
訳者:田中西二郎