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家庭用事件 [日本の作家 似鳥鶏]


家庭用事件 (創元推理文庫)

家庭用事件 (創元推理文庫)

  • 作者: 似鳥 鶏
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
理由(わけ)あって冬に出る』の幽霊騒ぎ直前、高校一年の一月に、映研とパソ研の間で起こった柳瀬さんの取り合いを描く「不正指令電磁的なんとか」。葉山君の妹・亜理紗の友人が遭遇した不可解なひったくり事件から、これまで語られてこなかった葉山家の秘密が垣間見られる「優しくないし健気でもない」など五編収録。苦労性で心配性の葉山君は、今日も波瀾万丈な高校生活を送る!


読了本落穂ひろいです。
2017年8月に読んでいます。
似鳥鶏「家庭用事件」 (創元推理文庫)

「理由(わけ)あって冬に出る」 (創元推理文庫)
「さよならの次にくる <卒業式編>」 (創元推理文庫)
「さよならの次にくる <新学期編>」 (創元推理文庫)
「まもなく電車が出現します」 (創元推理文庫)
「いわゆる天使の文化祭」 (創元推理文庫)
「昨日まで不思議の校舎」 (創元推理文庫)
に続く第6弾。

「不正指令電磁的なんとか」
「的を外れる矢のごとく」
「家庭用事件」
「お届け先には不思議を添えて」
「優しくないし健気でもない」
の5編収録の短編集。


「不正指令電磁的なんとか」のトリックにはびっくりしました。
コンピューターを使ったものなのですが、実は昔会社のコンピューターで似たようなことをやった経験があるからです......(いえ、決して悪いことをしたわけではありません。単に遊んだだけです。あっ、会社で遊んだら、それ自体が悪いことか...)

「的を外れる矢のごとく」は冒頭の弓道の練習風景が、葉山君が言う通りシュールで笑えます。
市立高校の弓道場ならではの事件が素晴らしい。謎が常識的に考えれば解けるようになっている点と、それでいてミスディレクションが効いていて一種の盲点になっているのがポイントだと思いました。

「家庭用事件」は、葉山家で起きた事件で、電流的には問題がないのにブレーカーが落ちた、ということと葉山家の間取りから、するすると(意外な)真相を導き出す伊神先輩、というお話。

「お届け先には不思議を添えて」は映研が保存していた昔の文化祭のVHSテープがダメになってしまった、という事件ですが、発想がおもしろいです。
これ、ひょっとして小峰元「アルキメデスは手を汚さない」 (講談社文庫)へのオマージュ、ではないですよね(笑)。←ネタバレになりかねないので字の色を変えておきます。

「優しくないし健気でもない」は、葉山君の妹の友人の姉が巻き込まれたひったくり事件。
ある意味ミステリ的には大ネタを繰り出してきています。油断していたので驚きました。
この種の大ネタは伏線が成否のカギを握っているもので、第二話の「的を外れる矢のごとく」あたりから周到に伏線が忍ばされていたことがわかります。
この作品の本質は、おそらく事件の謎解きが終わって、犯人を突き止めた後の、葉山君と妹の会話にあるのでしょう。作者の主張が割とストレートに打ち出されていて、ミステリ的な大ネタと共鳴するかたちです。


創元推理文庫には、日本人作家の作品でも扉のところに英題がつけられています。
似鳥鶏の作品の英題はそれぞれ凝っているのですが、今回のものは読了後に見たほうがよいかもしれません。
ここも字の色を変えておきたいと思います。「ALICE IN HEARING LAND


<蛇足1>
「コンピューターって好きじゃないんだよね。論理で動くくせに非論理的に壊れるから」(45ページ)
伊神先輩のセリフです。うまい!

<蛇足2>
いま手元にある文庫本の、227ページ最終行から233ページ6行目まで(最終話「優しくないし健気でもない」の第4章にあたる部分)のフォントがほかの部分と違うのですが、意図がわかりませんでした。



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あじあ号、吼えろ! [日本の作家 た行]


あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)

あじあ号、吼えろ! (徳間文庫)

  • 作者: 辻 真先
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 2023/07/26
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ソ連参戦が噂される満州。国策映画撮影のため、満鉄が誇る超特急あじあ号がハルピンを出発した。得体の知れぬきな臭さを纏う軍人乗客と謎の積み荷。旅程に秘された任務とは? ソ連軍、中国ゲリラの執拗な攻撃が迫る。感動の鉄道冒険巨篇。


2023年6月に読んだ本の感想が終わったので、読了本落穂ひろいです。
2018年1月に読んだ辻真先の「あじあ号、吼えろ!」 (徳間文庫)

「車が主役の冒険小説はあっても鉄道が舞台の冒険小説はないことが、鉄道ファンのぼくは悔しかった。」
巻末に収録されたあとがきに、こう書かれていてあれっと思いました。
でも考えてみると辻真先ご自身による作品を除くと、鉄道を舞台の冒険小説というのは意外にないのかもしれません。

満洲を駆け巡っていた実在のあじあ号を舞台にしていることそのものの興奮度は、世代の関係からか正直ピンと来ない部分はあるのですが(鉄道ファンではありませんし、そういう列車が走っていたのですね、という程度の感想になってしまいます)、それでも当時のことを調べて作品に盛り込むというのは大変だろうなと思いますし、実際に作品として立ち上がってくると、非常にわくわくして読み進むことができました。
「あとがき」と「文庫版 あとがき」を読むと、あじあ号そのものは執筆時点では、一九八〇年夏に蘇家屯機関区でパシナの一台が発見されたきり、という状況で、本書が出版された翌年もう一台大連機関区で、流線型のカバーをつけたまま発見された、とあります。
これ、読む前に知っていたらもっとわくわくしていたかも。

序章のオープニングは帝銀事件!
そして現代になり「私」が新宿駅で人を殺すシーン。
この2つのエピソードについて詳しい説明はないまま、第一部のメインの物語へ移ります。
いよいよ、あじあ号です。

時は第二次世界大戦末期。ソ連が対日本戦参戦しようという折。
ほどなく対日参戦し、満州ではソ連が攻め込んでくると浮足立つ。
特別列車として白羽の矢(?)が立ったのが、あじあ号。
乗り込むは、映画俳優や映画会社の社員、売春婦、そして陸軍と多彩な乗客。
疎開、避難のための列車と思いきや、どうもきな臭い荷物を積んでいるようで......
ソ連軍や中国軍の妨害や攻撃を、あじあ号はどうかいくぐるのか。

ぜいたくな道具立てですね。
実在の人物もちらほら登場し、興趣をどんどん盛り上げてくれます(舞台や時期を考えればすぐわかることではありますが、それが誰かはエチケットとして伏せておくことにします)。
まるで映画を観ているかのよう、というと小説の場合必ずしも褒め言葉と受け取ってもらえないかもしれませんが、ここは褒め言葉です。

大活劇を600ページ近く繰り広げたあと、終章が待っています。
時は現代(戦後四十年の時点)。
往年を振り返る、という趣向ですが、序章と響き合うちょっとしたサプライズが心地よかったです。

こういうのまたどんどん書いて欲しいですね。




タグ:辻真先
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転落の街 [海外の作家 マイクル・コナリー]


転落の街(上) (講談社文庫)

転落の街(上) (講談社文庫)転落の街(下) (講談社文庫)
転落の街(下) (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/09/15
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
絞殺体に残った血痕(DROP)。DNA再調査で浮上した(コールド・ヒット)容疑者は当時8歳の少年だった。ロス市警未解決事件班のボッシュは有名ホテルでの要人転落(DROP)事件と並行して捜査を進めていくが、事態は思った以上にタフな展開を見せる。2つの難事件の深まる謎と闇! 許されざる者をとことん追い詰めていく緊迫のミステリー!<上巻>
ホテルから転落した市議の息子は殺害されたのか自殺だったのか。背後にはロス市警の抱える積年の闇が潜んでいた。一方、絞殺事件は未曾有の連続殺人事件へと発展する。冷厳冷徹に正義を貫き捜査を進めるボッシュ。仲間や愛娘に垣間見せる優しい姿と、陰惨な事件との対比が胸に迫る不朽のハードボイルド小説!<下巻>


2023年6月に読んだ7&8冊目の本です。
マイクル・コナリー「転落の街」(上) (下) (講談社文庫)
前作「ナイン・ドラゴンズ」(上) (下) (講談社文庫)(感想ページはこちら)に続き、作者マイクル・コナリーの看板シリーズであるハリー・ボッシュものです。

未解決事件班にいるボッシュに、ホテルから転落した市議アーヴィン・アービングの息子ジョージの死の真相を探れという本部長からの指示。市議の御指名だという。
アーヴィン・アービングは元ロス市警副本部長ながら警察とは敵対的なポジションをとっており、ボッシュとは過去に遺恨があるというのに......
ハイ・ジンゴ。
「警察と政治の合わさったもののこと」(34ページ)と説明され、「くだらん政治案件」を指すようですが、この語が繰り返し作中に出てきます。

もちろんこの市議の息子の件にかかりきりになれ、という指示のはずですが、とりかかろうとしていた未解決事件の捜査も続けようとするところがボッシュらしい。
事件そのものは複雑ではないのですが、その分決め手に欠けやすいもので、そこに政治的色彩が絡み=いろんな人たちの思惑が絡み、なかなか一筋縄ではいきません。
市議とのやりとりも緊迫しますし、本部長室付きのキッズ・ライダー(ボッシュの元相棒)とのやりとりもピリピリした雰囲気となります。

一方の未解決事件の方は、早々にボッシュが見当をつけてしまうのですが、その途上で、ボッシュは社会復帰訓練施設勤務の医師ハンナと知り合い(というかめぐり逢い、と言った方がよいかも)、仲を深めていきます。

このハンナとのやりとりもそうですが、相棒であるチューとの関係性に変化が訪れたり、ボッシュが衰えを感じ引退のことを考えたり、ボッシュの娘マディが15歳になっていて銃の腕前がボッシュ以上のものになっていたり、シリーズとしての読みどころが、2つの事件の進展とともに描かれていきます。

読み終えてみると、政治的事件の方は関係者の動きのわりに事件が小さい印象ですし、未解決事件の決着がどうにも収まりが悪い印象なのですが、意図的にそうしていると思われます。

いつものことながら、マイクル・コナリーのページターナーぶりを発揮した作品でした。
おもしろい。


<蛇足>
 ハンナは笑みを浮かべた。
「ハードボイルドの刑事が言うようなセリフっぽくないな」」
ボッシュは肩をすくめた。
「おれはハードボイルドの刑事じゃないかもしれない。」(下巻17ページ)
マイクル・コナリーは、メタ的手法をとる作家ではないと思いますので、この「ハードボイルドの刑事」うんぬんというやりとりは素直によむべきところなのでしょう。
ハードボイルドが一般的な誤として日常会話に登場するのですね。


原題:The Drop
作者:Michael Connelly
刊行:2011年
訳者:古沢嘉通


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犬はまだ吠えている [海外の作家 パトリック・クェンティン]


犬はまだ吠えている (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

犬はまだ吠えている (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2015/04/28
  • メディア: 単行本

<カバー袖あらすじ>
その日のキツネ狩りの「獲物」は頭部のない若い女の死体だった。悲劇は連鎖する。狩猟用の愛馬が殺され、「何か」を知ってしまったらしい女性も命を奪われてしまう
陰惨な事件の解決のために乗りだしたドクター・ウェストレイク。小さな町の複雑な男女関係と資産問題が真相を遠ざけてしまうのだが……。


2023年6月に読んだ6冊目の本です。
単行本です。パトリック・クェンティン「犬はまだ吠えている」 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
日本ではパトリック・クェンティンとして紹介されていますが、森英俊の解説によるとこの作品は
ジョナサン・スタッグ名義で発表されたものらしいです。
本書はカバーでは、Patrick Quentin と書かれている一方、巻頭の原題など著作権表示のところは、Jonathan Stagge になっています。

ドクター・ウェストレイクを探偵役に据えたシリーズの第1作ということらしいです。
アメリカでキツネ狩り、というだけで時代を感じてしまったのですが、今でもやっているのでしょうか?
ほかにも時代を感じさせる要素があちらこちらにあり、古き良き探偵小説というイメージを保ってくれています。
扱われている事件はかなり猟奇的というか、首切りですから残忍な感じなのですが、この古典的なイメージのおかげで、あまりどぎつく感じません。

田舎町(と呼んでいいのだと思います)を舞台に、狭い世界の登場人物たちの間で事件を起こす王道の本格ミステリで、連続して第二の殺人や馬殺しが起こる手堅い展開になっています。
最後に物語全体の絵が浮かび上がってくるところでは、勢いよく読んでしまったのでなにげなく読み過ごしてしまったことが手がかりあるいはヒントとして機能していることに満足しました。
犯人当てそのものだけだと難しくはないと思いますが、動機を含めた細かい部分の要素が組み立てられていくところはとても楽しく読めると思います。

このシリーズ、解説によると9作目まであるようなので、残り8作も訳してくれるとうれしいな、と思います。


<蛇足>
「しかし、トミー・トラヴァースの場合、不倫をするとは信じられなかった。アメリカ人の夫なら、似たような立場になれば女漁りを始めるかもしれない。だが、トミーはきわめてイギリス人らしかった。そして──冷血とも、禁欲的とも、そのほか何と呼んでもいいが──イギリス人の夫は結婚の誓いを真面目に受け取る傾向があるのだ。」(174ぺージ)
英米の作品を読んでいると、英米の比較がされることがちょくちょくありますが、ここもその一例かと思います。
当然人によるのだと思いますが、一般的にはこういう観方をされている(あるいは、されていた)ということなのでしょう。
ところで、 ここの「冷血」という語はなんとなくおさまりが悪いですね。原語を確認していませんが、訳しづらい語なのだと思います。




原題:The Dogs Do Bark
著者:Jonathan Stagge
刊行:1936年 
訳者:白須清美




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殺し屋 最後の仕事 [海外の作家 は行]


殺し屋 最後の仕事 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

殺し屋 最後の仕事 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

  • 出版社/メーカー: 二見書房
  • 発売日: 2011/09/21
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
アイオワ州の切手ディーラーの店で、ケラーは遊説中のオハイオ州知事が何者かに射殺されたとのニュースを聞く。引退を考えていたケラーが、アルと名乗る男の依頼を最後の仕事にしようと、アイオワにやってきたのが数日前。やがてテレビに知事の暗殺犯としてケラーの顔写真が映しだされる。全国に指名手配され、ドットとも連絡が取れなくなったケラーの必死の逃亡生活が始まった──濡れ衣をはらすため、そして罠にはめた男への復讐のために。シリーズ最強と評価される傑作ミステリ。


2023年6月に読んだ5冊目の本です。
ローレンス・ブロックの殺し屋ケラー・シリーズ4冊目。「殺し屋 最後の仕事」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)

基本的には殺し屋ケラーの穏やかな日常を描いていくこのシリーズですが、「最後の仕事」と銘打たれた今回は、まったく穏やかではありません。
なにしろ、ケラーが州知事狙撃犯と目されて逃亡生活を余儀なくされるのですから。

この展開、伊坂幸太郎の「ゴールデンスランバー」 (新潮文庫)(感想ページはこちら)を思わせるのですが、本書の解説を伊坂幸太郎が書いていて、人を得た!、という感じです。
この解説が極めてスグレモノでして、ぜひぜひ、ご一読を。

シリーズ読者にとっては、前半で衝撃的な展開を迎えるのがポイントですね。
まさかトッドが......(自粛)
そのため、逃避行は新しい局面に入り、物語は中盤、舞台はニューオーリンズに移ります。

激しく緊迫した前半、落ち着いた雰囲気の中盤、そして急展開する終盤と、物語のリズム感がとても心地よい。
基本的には殺し屋ケラーの穏やかな日常を描いていくこのシリーズと書きましたが、実はローレンス・ブロックの本質は、このリズム感なのかも、と感じました。


最後にこのシリーズのリストを。
「殺し屋」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
「殺しのリスト」 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)
「殺しのパレード」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
「殺し屋 最後の仕事」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
「殺し屋ケラーの帰郷」 (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション)
と5冊刊行されています。
現段階で、もう一冊あるのですよね。楽しみ、楽しみ。


<蛇足1>
「そこで部屋に野球帽を忘れたことに気づいた。が、怪我の功名で、ドレッサーの上にルームキーを置いて出ることも忘れていた。で、鍵がなくてもドアが開けられ、帽子を取りに部屋に戻ることができた。」(146ページ)
モーテルの部屋を出てからの話なのですが、この部分の意味がわかりませんでした。
ルームキーを置いて出ることを忘れていた、というのですからキーは持って出たということかと思います。つまり鍵を持っているのに ”鍵がなくても” というのはどういうことでしょう???

<蛇足2>
「さすらいの絞首刑執行人を描いたローレン・D・エスルマンの西部小説で」(238ページ)
ケラーが読む小説です。ローレン・D・エスルマン、なんだか懐かしい名前ですね。
ミステリも書いている作家です──確か、積読本があったはず(笑)。


原題:Hit and Run
作者:Lawrence Block 
刊行:2008年
翻訳:田口俊樹






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死の実況放送をお茶の間へ [海外の作家 ま行]


死の実況放送をお茶の間へ (論創海外ミステリ215)

死の実況放送をお茶の間へ (論創海外ミステリ215)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2018/10/05
  • メディア: 単行本

<帯から>
生放送中のTV番組でコメディアンが謎の怪死を遂げる。犯人は業界関係者か? それとも外部の犯行か?


2023年6月に読んだ4冊目の本です。
単行本です。論創海外ミステリの1冊で、パット・マガー「死の実況放送をお茶の間へ」 (論創海外ミステリ215)

なかなか事件は起きないのですが、当時のアメリカのTV制作の舞台裏を見る感じがとても興味深く、楽しかったです。
著名なコメディアンのポッジ、その元妻で暴君的なスコッティ、飛躍するチャンスをつかもうと躍起の出演者たち。
語り手である雑誌調査係のわたしメリッサのジャーナリズム学部生時代の同級生で番組担当アナウンサーのデイヴ・ジャクソン、プロデューサーに、いかにもTV業界にいそうなディレクターに野心に燃えるオーケストラの指揮者。

人気者であるポッジをめぐって、みんなの邪魔者的存在であったスコッティを出し抜いて取り込もうという面々と、それに負けじと対抗してくるスコッティ。
よくある話といえばよくある話でしょうが、多彩な登場人物で飽きさせません。

生放送中のTV番組中で起こる事件ということで、非常にセンセーショナルなものです。
事件が起こってからは、物語のテンポがアップします。
畳みかけるように話が進み、一気に解決シーンにもつれ込んだ印象で、このテンポも悪くなかったですね。

トリッキーな謎解きではありませんが、登場人物の性格にしっかり寄り添ったプロットになっていて(戯画的なところはありますが)、安心して読めるものでした。

メリッサとデイヴのやりとりも、なんだか時代を感じさせて楽しかったです。
ここまでが作品の感想ですね。

訳者は、E・C・R・ロラック「殺しのディナーにご招待」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら)と同じ方ですが、引き続きレベルの低い翻訳を提供してくださっています。
下の蛇足で気づいた点からいくつか。

<蛇足1>
「今は、放送中じゃないだよ、かわい子ちゃん」(28ぺージ)
誤植でしょうか? ないだよ、とは変な言い回しです。

<蛇足2>
「早口の口上であたしをのし上げてくれるっていう大風呂敷を敷いたままじゃないの。」(28ページ)
大風呂敷は確かに敷くことも可能ですが、言い回しとしては大風呂敷は広げるものではないでしょうか?

<蛇足3>
「不在所有者だったジャクソンが、愛想のいいホスト役を務める準備ができたようだよ。」(34ページ)
不在所有者とはどういう意味でしょう? しばらく考えましたが、わかりませんでした。

<蛇足4>
「俺の時代にゃ、銅板印刷だったってのに」(35ページ)
銅版印刷、でしょうね。

<蛇足5>
「彼女は、ホッジに無理強いしないほうがいいときと場合をわきまえてる。俺も、ヴィヴにあれだけの手腕があればな。」(61ページ)
「俺も」がなければ素直に意味がわかるのですが。
どういう意味、主旨の文章なのでしょう?

<蛇足6>
「あなたは、作家やディレクターよりもずっと多くを台本に加味できるんですもの。ネタはあまり面白くなくても、あなたなら、面白そうに見せられる。そして、そのことのほうが、コメディの台詞をかけることよりも重要です。タレントであって、芸能界では、ほかの何よりも価値があるんです」
「タレントねぇ」その言葉は、彼にほとんど満足感を与えなかったようだ。「そうかもしれない。だけど、問題は──俺が、どの程度のタレントなのか、スコッティが、どれだけの物を考えて作り上げたか?」(81ページ)
英語の talent は才能ある人という意味で、日本語でいうタレントとは意味が異なりますので、ここは誤訳と言わざるを得ないと思います。

<蛇足7>
「カメラやマイクのブームが入り込んで」
ブームがわからなかったので調べました。
撮影や収録スタジオで、マイクロフォンなどを出演者の声の届く範囲で、カメラの収録する範囲の外(主に上方)に配置できるようにした、吊り下げる装置。先端にマイクロフォンをつけ、反対側の端にはバランスのとれるように、おもりをつけている。

<蛇足8>
「わたしは、コートを脱いで窮屈な座席に落ち着こうとしている視聴者をガラス越しに見つめていた。」(141ページ)
ここは、わたしが調整室から撮影現場を見ているところです。
間違いとまではいえないのでしょうが、ここは視聴者ではなく、観客の方が親切かと思います。
すぐあとに、番組参加視聴者という語も出てはきますが、一般に視聴者というとテレビの前にいる人たちのことを指してしまうように思います。

<蛇足9>
「するとデイヴが、幕の後ろから現れたが、わたしは、彼が司会者らしくわざと人当たりよくしているのにはほとんど気づかなかった。」(141ページ)
一人称の記述で、わたしが気づかなかったことをどうして書けるのでしょう??
これ、原文を当たる必要がありますが、まず間違いなく誤訳ですね。

<蛇足10>
「舞台上の人たち──カメラマン、ブームマイクのオペレーター──や、隣でボタンを押したり、レヴァーを捜査したりしているテクニカルディレクターにマイクを通して話しているのだ。」(142ページ)操作、ですね。

<蛇足11>
「それと同時に監察医が、『到着時にすでに死亡』の裁断を下していた。」(149ページ)
監察医がする行為は、科学的事実を突き止めることなので、「裁断」ではないと思います。
  
<蛇足12>
「フルーティーファイヴだ。それでも、番組を長くやってきて、彼にも味はわかっただろうから、ニコチンが、六番目の旨味には思われなかったはずだ」(151ページ)
5種類のフルーツをミックスした飲み物、ということで、入れられた毒であるニコチンは6番目というわけですが、この場合、おそらく原語は taste だと思うのですが、訳は旨味ではなく、単純に味とした方が適切ではないかと思います。




原題:Death in a Million Living Room
著者:Pat McGerr
刊行:1951年 
訳者:青柳伸子







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真実はベッドの中に [日本の作家 石持浅海]


真実はベッドの中に (双葉文庫)

真実はベッドの中に (双葉文庫)

  • 作者: 石持 浅海
  • 出版社/メーカー: 双葉社
  • 発売日: 2022/03/10
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
江見は和沙との不倫現場を毎回撮影し映像に残す。
そのデータという武器を共有することでお互いの家庭を崩壊させるような裏切りを防げるというのだ。
だが和沙は江見を抱きしめたときある違和感を覚え……。(『相互確証破壊』)
美結は五十嵐という男と奇妙な二人旅をしている。深夜の国道でヒッチハイクをしていたところを彼に拾われたのだ。美結の誘いに乗り、車中で激しく求め合ったのち五十嵐は言った。「君は、人を殺しているね?」(『カントリー・ロード』)他、全6編を収録。
燃え上がる欲望と冴え渡る推理。伏線回収の快感にしびれる官能本格ミステリの傑作!


2023年6月に読んだ冊目の本です。
石持浅海の「真実はベッドの中に」 (双葉文庫)
この本、単行本のときのタイトルが「相互確証破壊」(文藝春秋)
相互確証破壊といったら、冷戦時代の核戦略。大学時代の講義を思い出したりして。
しかし、それが改題されたら「真実はベッドの中に」。いったいどういう中身なの!?
カバー裏のあらすじを見たら、官能ミステリ、だと。
とすると改題後の文庫タイトルの方が内容的にはふさわしいのでしょうね。

「待っている間に」
「相互確証破壊」
「三百メートル先から」
「見下ろす部屋」
「カントリー・ロード」
「男の子みたいに」
の6編収録の短編集です。

官能ミステリというだけあって、いわゆるベッドシーンが盛りだくさんで、そこに謎解きが絡む。
性交シーンにかなり筆が割かれています。

石持浅海の作品は、ある種歪んだ倫理観、論理を持つ奇矯な登場人物が特徴だと思っています。
一方、性交というのは非常に属人的なもので、まさに千差万別、人それぞれと思われるところ、奇矯な論理を展開するにはうってつけとも言えるのでしょうが、人それぞれであるがゆえ趣味の問題なのだと思いますが、正直、官能の部分は楽しめませんでした。
そういうシーンを通して謎解きに至る、というかたちをとっているので、そういうシーンを外してしまうわけにはいかないのですが(この点については解説で村上貴史は「両者を二分のもの」と評しています)、ちょっとしつこいかな、と。

その意味では、意図的なものだとは思うのですが、最初の数編の趣向、構成が同じパターンになっているのも、個人的にはマイナスに働いてしまいました。
まあ、秘められた意図を探る、となると似たようなものになってしまうのかもしれませんが。
後半の2編ではパターンから抜け出しているのでよかったですね。
「カントリー・ロード」ではヒッチハイク後の男女の駆け引き。ミステリとしてはよくある展開かとは思いますが、これまでのパターンを大きく抜け出したので好感度大。
最後の「男の子みたいに」は、いわゆるLGBTの観点からいろいろと議論を呼びそうな結末が用意されています。

それにしても、元表題作である「相互確証破壊」。核戦略からよく官能ミステリに持っていきましたね。石持浅海の発想の柔軟さに感服です。







タグ:石持浅海
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開化鉄道探偵 [日本の作家 や行]


開化鉄道探偵 (創元推理文庫)

開化鉄道探偵 (創元推理文庫)

  • 作者: 山本巧次
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2021/02/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
明治12年。鉄道局技手見習の小野寺乙松は、局長・井上勝の命を受け、元八丁堀同心の草壁賢吾を訪れる。「建設中の鉄道の工事現場で不審な事件が続発している。それを調査してほしい」という依頼を伝えるためだった。日本の近代化のためには、鉄道による物流が不可欠だと訴える井上の熱意にほだされ、草壁は快諾。ところが調査へ赴く彼らのもとに、工事関係者の転落死の報が……。


2023年5月に読んだ2冊目の本です。
山本巧次「開化鉄道探偵」 (創元推理文庫)
「このミステリーがすごい! 2018年版」第10位。
「大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう」シリーズの山本巧次の新シリーズ。
単行本で出版されたときは、「開化鐵道探偵」 (ミステリ・フロンティア)と旧字体が使われていたようです。

富国強兵を目指す文明開化初期の鉄道トンネル工事現場で起こる怪事件、という設定。
探偵役は元同心の草壁。ワトソン役は鉄道技手見習の小野寺。
あらすじは、香山二三郎の解説に丁寧に書かれているのでご参照いただきたいのですが、鉄道工事の現場そのものの様子が興味深いことに加えて、鉄道反対派や薩長の権力争いも背景としてしっかり盛り込まれています。
工事も、寄せ集めに近い藤田商店に差配された工夫と、生野銀山から連れてこられた熟練の鉱夫の対立など見どころが多い印象。(しかし、本当に人の手で掘ったのですね......)

事件は、測量記録の改ざん、落石事故、資材置き場に積み上げた材木の崩壊、削岩機の破壊などなど色とりどり。そこに列車内で起きた殺人事件が絡みます。
先斗町から流れてきた(?) 居酒屋の女将や鉄道反対派の住民の来歴も含め、非常に盛りだくさんの内容が、要領よく読みやすい文体でつづられていくので、楽しく読み進むことができました。

不満をいうとすると、主役である草壁と小野寺のキャラクターが掘り下げ不足のように思われること。一方で、急に草壁が自分のことを語り始めるシーンは、ちぐはぐな印象。
これはシリーズが続いていくとこなれてくるでしょう。今後に期待します。

個人的に、本筋とは関係ないものの気になったのは、機関士のお雇い外国人でイギリス人のカートライト。
「あの英国人も、漢(おとこ)や、ちゅうこっちゃな」(181ページ)
って、ほめ過ぎでしょう。もっともっと嫌な奴のままでいいのに(笑)。


<蛇足1>
「昨夜臨時列車で運んだ怪我人は七条(しちじょう)病院に運ばれ」(182ページ)
京都の七条に "しちじょう" とルビが振ってあります。
七条は ”ななじょう” ではないと教えてもらったことがあります。
また、一条(いちじょう)と紛らわしくならないように、”しちじょう” と発音せずに、”しっちょう” あるいは ”しっじょう” というのだ、と教えてくれたお年寄りもいましたが、この方以外ではそういうのを聞いたことがないので、真偽がわかりません。

<蛇足2>
「ふうん、自腹で不寝番か」(184ページ)
ここの ”自腹” という語の使い方に、おやっと思いました。
自腹というのは金銭的な負担のみを指すと思っていたのに、ここでは特に金銭に限定することなく負担という意味合いで使っているように思われるからです。
雰囲気の伝わるよい使い方だと思いました。



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アンデッドガール・マーダーファルス 2 [日本の作家 青崎有吾]


アンデッドガール・マーダーファルス 2 (講談社タイガ)

アンデッドガール・マーダーファルス 2 (講談社タイガ)

  • 作者: 青崎 有吾
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2016/10/19
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
 1899年、ロンドンは大ニュースに沸いていた。怪盗アルセーヌ・ルパンが、フォッグ邸のダイヤを狙うという予告状を出したのだ。
 警備を依頼されたのは怪物専門の探偵“鳥篭使い”一行と、世界一の探偵シャーロック・ホームズ! さらにはロイズ保険機構のエージェントに、鴉夜(あや)たちが追う“教授”一派も動きだし……? 探偵・怪盗・怪物だらけの宝石争奪戦を制し、最後に笑うのは!?


2023年6月に読んだ最初の本の感想です。
「アンデッドガール・マーダーファルス 1 」(講談社タイガ)(感想ページはこちら)に続くシリーズ第2作である、青崎有吾「アンデッドガール・マーダーファルス 2」 (講談社タイガ)

「アンデッドガール・マーダーファルス 1 」感想で、「アンデッドガール・マーダーファルス 3」 (講談社タイガ)で完結なのかな?、と書いたのですが、2023年7月に映像化されて、第4作「アンデッドガール・マーダーファルス 4」 (講談社タイガ)も出ましたね。

目次が
第三章 怪盗と探偵
第四章 夜宴
となっていまして、前巻からの続きであることがクリアに宣言されています。

今回はひときわ派手ですよ。
引用したあらすじに「探偵・怪盗・怪物だらけの宝石争奪戦」と書いてありますが、目次の次のページに登場人物表が掲げてあり、そこにかかれている名前を見るだけで、わくわくがとまりません。

アルセーヌ・ルパン、ファントム、シャーロック・ホームズ、ジョン・H・ワトスン、レストレード、ガニマール......
ミステリ好きだとこちらに目を奪われますが、そもそも盗みの対象となる宝石<最後から二番目の夜>の持ち主で、主要な舞台となる邸宅の持ち主であるフィリアス・フォッグは、ジュール・ベルヌ「八十日間世界一周」 (創元SF文庫) の主人公なんですよね。
この登場人物表に含まれていない豪華キャストもいます。

宝石<最後から二番目の夜>盗難の予告状、鉄壁の守りを固めたはずの壮麗な大邸宅(フォッグ邸。巻頭の見取り図からすると屋敷というレベルを超えている気がしますが......)。
<最後から二番目の夜>は人狼の居場所をつきとめる手がかりとなるという。
なんだかわくわくしますね。
ここに、数々の豪華絢爛な登場人物たちが所狭しと大活躍。

現在の視点でみると、古めかしい筋書きではあるのですが、時は1899年。
むしろこういう筋書きこそふさわしい、と思ってしまいます。

青崎有吾らしい、論理に基づく謎解き、という点での興味は薄いのですが、それを補って余りある、華麗な登場人物たちの丁々発止の駆け引き。
知力、腕力(!) の限りを尽くして、争奪戦が繰り広げられます。
攻守それぞれが、何段構えにもなった策を弄しているため、思惑が交錯して展開が読みにくい。

こういう先人のキャラクターを盛りだくさんに導入すると、あちらを立てればこちらが立たずで、中途半端な仕上がりになってしまう例もあります。さてさて、本作の首尾は直接読んで確かめていただかないといけないのですが、怪物たちが登場することが良い効果を発揮しているように思えました。

強大な敵も明らかになりましたし、物語も大きく転回します。
「アンデッドガール・マーダーファルス 3」 がとても楽しみになってきました。


<蛇足1>
「いやこの近くにタッソー館ていう蝋人形館があっては。ニッチな人気が……」(102ページ)
ホームズが追ってくるかも、という状況でマダム・タッソーで観光しようというあたり、さすがはルパンなのですが、マダム・タッソーがニッチ!? 当時はあまり人気がなかったのでしょうか?
長蛇の列の観光名所というイメージなのですが。

<蛇足2>
「土地勘のない市内を歩き回るうち完全に迷ってしまった。」(105ページ)
土地勘ではなく、土地鑑が正しい、とどこかで読んだことがありますが(確か、佐野洋の「推理日記」だったかと)、"土地勘" も雰囲気がでて良い表記ですね。

<蛇足3>
「深まりつつある紺色の空に、ビッグ・ベンやヴィクトリア・タワー、トラファルガー・スクエアのモニュメントの影が浮かび上がっている。」(144ページ)
ヴィクトリア・タワー?? 国会議事堂(ウェストミンスター宮殿)の塔のことを指すのですね。

<蛇足4>
綺羅星のような登場人物たちのうちの一人に、アレイスター・クロウリーがいるのですが、このジャンルは疎くて、調べてしまいました。

<蛇足5>
「ハナイカダ」
 やがて彼女は妙な言葉を発した。日本語だろうか、津軽と静句が目だけで反応する。(127ページ)
のちに196ページで絵解きがなされますが、このシリーズ、こういうところも面白いですよね。
その絵解きの少し前、194ページには「釜泥」が出てきます。

<蛇足6>
虹について
「……光のスペクトル。虹の七色か」
「そう、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、青、そして紫。」(316ページ)
と、ワトスンとシャーロック・ホームズがやり取りをするのですが、ここは少々疑問です。
以前も別の作品の感想で書いたのですが、虹を七色として認識しているのは日本でして、アメリカやイギリスでは七色としてはいません。
鴉夜たちやり取りにしておけばよかったのではないでしょうか?
ちなみに、日本語では一般的なのは、赤橙黄緑青藍紫、かと思います。



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秘剣こいわらい [日本の作家 ま行]


秘剣こいわらい (講談社文庫)

秘剣こいわらい (講談社文庫)

  • 作者: 松宮 宏
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/01/16
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
事故で両親を亡くし、自身も脳に障害を抱えることになった美少女・和邇(わに)メグル。危険が迫るとプラダのリュックから短い棒を抜き敵をぶち倒す、秘剣「こいわらい」なる業(わざ)をもった女剣士だ。そんなメグルが始めたバイトは電器屋会長の用心棒だったが!? 飛び切りユニークでセンス抜群なチャンバラ現代劇、ついに開演!!


読了本落穂ひろいです。
2016年2月に読んだ松宮宏「秘剣こいわらい」 (講談社文庫)
もともとは日本ファンタジーノベル大賞

ミステリではなかったのですが、たしか「本の雑誌」だったかで大森望に激賞されていた作品で、興味を持って手に取りました。
本書の解説も大森望で、もちろん激賞してありまして
「現代の京都を舞台に、用心棒の女子大生が棒切れ一本で大の男をばったばったと薙ぎ倒してゆく。いやはやまったく、こんな小説、読んだことない”
 ウソだと思う人は、とりあえず第一章(冒頭二十七ページまで)に目を通してみてほしい。気がつくと、この不可思議なこいわらいワールドのとりこになっているはずだ。」
と書かれています。
ちなみに僕が持っている文庫の折り込みチラシには「ダマされたと思って、冒頭33ページまで(立ち読みでもいいから)読んでみて!!」となっています。
ページ数が違うのはご愛敬でしょうが、かなり力の入った宣伝です。

で、注目の書き出し冒頭部分なのですが......
主人公和邇(わに)メグルの一人称で軽快に語られて、面白いかも、と期待させてくれたのですが、同時に大きな失望を味わいました。
というのも28ページから登場する京都宮内庁(これ、役所ではなく電器屋さんです)の会長のキャラクターが、実在の城南電機の宮路社長を彷彿とさせるものだったからです。
ある程度の年齢以上の方であれば、カバンに現金を詰め込んで持ち歩いているという宮路社長の姿をテレビでよく見かけた記憶をお持ちではないでしょうか。
それによりかかったような人物設定に少々がっかりしたのです。
現代の日本を舞台に、秘剣だ、チャンバラだ、というのですから、戯画調になるのは必然かもしれませんが、その戯画化の手段として主要人物に借り物感漂うというのは小説としては勘弁してほしいかな、と思いました。

最後まで楽しく読めました。
戯画化された人物たちが繰り広げる大騒動は、よくこんな話考えたな、と思えるもので。お話はとてもおもしろい。
メグルが繰り出す秘剣で戦うのも爽快といえば爽快。

なんですが、小説としては大きな不満が残りました。
人物設定のみならず、「小説としては勘弁してほしいかな」と思える箇所があちこちに。
物語の進み方自体も、伏線がほぼなく、ただただ流れていって、「実はこうでした」「秘剣とはこうなんです」「こういう背景がありました」と、あとからあとから付け足しのように情報が補足され、あたかも後出しジャンケンのオンパレード。
主人公が知らされていなかった、というだけならまったく問題ないとは思いますが、キーとなる情報をほぼ読者にも伏せたままというのでは物語の構造として困ると思います。

小説観も人それぞれでしょうから、さまざまな考え方があるのだろうとは思いますが、ただただ筋さえ追えればよい、という小説観には与しえません(個人的にはかなりストーリー展開重視な立場だと自覚はあるのですが、それにも限度があろうかと)。

お話は面白かったので、小説としての調理がうまくいっていなかったかな、というのが正直な感想です。







タグ:松宮宏
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