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悪魔パズル [海外の作家 パトリック・クェンティン]


悪魔パズル (論創海外ミステリ)

悪魔パズル (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2020/02/02
  • メディア: 単行本

<カバー袖あらすじ>
ふと目覚めると、見知らぬ部屋のベッドに寝ている。自分の名前も、ここがどこかも、目の前の美女が誰かもわからない。記憶喪失。あなたはゴーディよ、わたしの息子よ、と言う女。自分はゴーディという名らしい。だが、何かがおかしい。なぜ女たちは自分を監禁し、詩を暗唱させようとするのか……。幾重にも張りめぐらされた陰謀。ピーター・ダルース、絶体絶命の脱出劇。〈パズル・シリーズ〉第五作、待望の邦訳!


「迷走パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら
「俳優パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら
「人形パズル」 (創元推理文庫)(ブログへのリンクはこちら
「悪女パズル」 (扶桑社ミステリー)(ブログへのリンクはこちら
に続くシリーズ第5作です。
論創海外ミステリ91。単行本です。

冒頭プロローグで、日本へ3ヶ月の慰問に行くアイリスを、ダルースはバーバンク空港で見送ります。
第1章にはいると、一転して記憶喪失の男。これがピーター・ダルースだと(読者には)すぐわかるのですが、記憶喪失である本人にはわからない。
(それでも、帯に「記憶喪失のダルース監禁される」と書くのはマナー違反だと思いますが。)

面白いのは、記憶喪失のピーターのまわりにいる家族が、母親、妻、妹と女しかいないという状況であること、でしょうか。
もちろん男性も登場します。家族の医師クロフト先生。
日に焼けた顔はハンサムすぎていやでも人目を引くし、トルコの踊り子ばりの長いまつ毛とつぶらな黒い瞳は、やり手の仲買人を思わせるツイードの上着とまるで釣り合っていない(20ページ)
もうひとり、雑用係の使用人ジャン。
身体が八フィートもあって、たくましい体をしているのよ。健康雑誌の表紙を飾れそうなくらい--もちろん、いかがわしい雑誌じゃないわよ。いつもにこにこして、身につけているのは水泳パンツ一枚。(50ページ)
身長は二メートル近くあるに違いない。水泳用のトランクスに、袖なしのポロシャツといういでたち。セレナと同じ光輝くブロンドの髪が、ひたいに垂れかかっている。むきだしの腕も脚も筋骨隆々として、日に焼けた肌は明るいアプリコット色だ。白い歯をむき出しにして、輝くような笑みを浮かべている(67ページ)
基本的に美男美女集団となっていまして、映画化を意識したのかな、と思ってしまったくらい。

隠されていたような謎の老婆が登場し、ピーターも自分が周りにいわれているようなゴーディーではないと意識し始める、という流れです。
記憶喪失ものって、わりといつも楽しく読めますが、この「悪魔パズル」は、記憶喪失者の正体があらかじめわかっているという点が興味深い点ですね。

ピーターに、ゴーディになりすまさせようということですから、基本的には全員グルなわけですね。
富豪の放蕩息子になりすます、富豪は死んだばかり、となると、狙いは一つで、単純なのですが、これがなかなか飽きさせない。

タイトルは、ゴーディの妹であるマーニーが、家族のことを悪魔と呼ぶことから来ていると思われます。
「どうしてって、悪魔だからよ。あの人たちはあなたを人間として扱っていなかった。自分たちの都合で切っても焼いても構わない肉の塊だと思っていたのよ。」(198ページ)
と悪魔と呼んだ理由をピーターに説明するシーンがあります。

最後のどんでん返しにあたる部分が、きわめて定型通りというか、わかりやすいですが、登場人物も少ないことですし、この程度がすっきりしてよいかもしれません。

シリーズとして気になったのはエピローグ。
ある意味ネタバレになってしまいますが、シリーズものであることが明らかなので書いてしまうと、エピローグでピーターは無事アイリスと再会します。
でもね、そこでの会話がちょっと不安な感じがするんですよね......
シリーズの続きが気になります。


<2020.10.27追記>
この作品、「2011 本格ミステリ・ベスト10」第6位でした。


原題:Puzzle for Fiends
作者:Patrick Quentin
刊行:1946年
訳者:水野恵






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フレンチ警部最大の事件 [海外の作家 F・W・クロフツ]

フレンチ警部最大の事件 (創元推理文庫)

フレンチ警部最大の事件 (創元推理文庫)

  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/02/02
  • メディア: 文庫

<裏表紙あらすじ>
宝石商の支配人が殺害され金庫からダイヤモンドと紙幣が消えた。事件当夜、支配人は職場を離れて舞い戻った形跡があり、状況証拠はことごとく彼に不利だが決め手はない。加えてアムステルダム支店の外交員が消息を絶っていると判明、ロンドン警視庁の捜査官を翻弄する。スイス、スペイン、フランス、ポルトガル……真相を求めて欧州を駆ける、記念すべきフレンチ警部初登場作品。


創元推理文庫2018年の復刊フェアの1冊です。
クロフツの作品を読むのは、「フローテ公園の殺人」 (創元推理文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)以来2年ぶり。
なんだか意外です。
クリスティ、クイーン、カーと違って、クロフツはもともと未読作品が多い一方で創元推理文庫からは順調に毎年復刊フェアで手に入りやすくなっていることもあって、最近はクロフツをよく読むようになってきているのに2年も読んでいなかったのか......

ちょっと気になったので、2010年以降の創元推理文庫の復刊フェアで対象となったクロフツ作品を調べてみました。
2019 「クロフツ短編集 1」 「クロフツ短編集 2」
2018 「フレンチ警部最大の事件」
2017 「チョールフォント荘の恐怖」
2016 「二つの密室」
2015 「船から消えた男」 (ブログの感想ページへのリンクはこちら
2014 「フローテ公園の殺人」(ブログの感想ページへのリンクはこちら
2013 「殺人者はへまをする」
2012 「製材所の秘密」 (ブログの感想ページへのリンクはこちら
2011 「サウサンプトンの殺人」(ブログの感想ページへのリンクはこちら
2010 「フレンチ警部とチェインの謎」 (ブログの感想ページへのリンクはこちら

うち、「殺人者はへまをする」は、なんとなく手を出しそびれているうちに、ふたたび品切れ状態に、「二つの密室」 は読んだけれども感想を書けずじまい、「チョールフォント荘の恐怖」 は購入したものの日本に置いてきてしまってしばらく読めない、という状態です。
また、復刊フェア以外でも創元推理文庫は復刊をやってくれていますね。
たとえば「フレンチ警視最初の事件」(ブログの感想ページへのリンクはこちら)などはそうですね。

さて、「フレンチ警部最大の事件」 です。
本作品は記念すべき、フレンチ警部初登場作品です。
初登場にして、タイトルが「最大の事件」
クロフツ、かなり気負って書いたのかもしれませんね。

で、事件の内容が、フレンチ警部「最大」というのにふさわしい難解なもの、規模の大きいものだったかというと......そこまでのものには感じられなかったのですが、この事件で特徴的なのはフレンチ警部があちこち駆け巡ることですね。
その意味ではフレンチ警部の活動領域は非常に広範囲で、引用したあらすじにもスイス、スペイン、フランス、ポルトガルとありますが、ほかにもオランダ(アムステルダム)にも行ってしますし、イギリス国内でも、ロンドンだけではなくレディング、サザンプトンにも出張っています。
「フレンチ警部のように、プリマスやニュー・カスルへちょっと足をのばすくらいを大旅行だと思っている出不精な人間には」(94ページ)ある意味 "great" といってもよい事件かも、という気がしました。
この点に関して驚くのは、フレンチ警部の上司がいつもやすやすと出張を承認すること。承認するどころか、渋るフレンチを捜査進展の見込みが薄くてもシャモニーに行けとけしかけるくらいです。(84ページ~)
あと、物語の焦点がそこにないからだと思いますが、フレンチ目線でのコメントはなされるものの、それぞれの土地についての描写はあっさりしていて、少々もったいないですね。

フレンチ警部であれっと思ったことが......
フレンチ警部は、事件の捜査がまったく行きづまったと感じたときは、いつでもその事件の諸状況をあますところなく細君に話して聞かせることにしていた。(116ページ)
フレンチ夫人がアイデアをいう、というシーンがあるのですが(二度も!)、そういう設定だったんですね。後の作品ではあまりそういうシーンに記憶がないのですが。

事件は、最大かどうかはともかくとして、あれこれ細かいアイデアが盛り込まれているように思いました。
「本格小説をかりに“謎をとく”小説だと定義すれば、クロフツのフレンチものはその範疇には入らない。それは、“謎がとける”小説なのである。」と訳者あとがきに書かれていますが、この言説自体には賛成できないものの(フレンチ警部などクロフツの小説の探偵役は、地道な捜査が売りながら、ポンっと飛躍したひらめきをちょくちょく見せるからです)、それらのアイデアが数珠つなぎで解かれていきますので、この「フレンチ警部最大の事件」 に限っては、“謎がとける”と言ってしまってよいように思える仕上がりになっています。
最初はこういう感じでフレンチ警部の設定をしていたのかな? と興味がわきました。

細かなアイデアがそれなりに気が利いていて、楽しく読めました!



<蛇足1>
被害者の近親者側は法的にだれも検屍に立ち会わなかった。(54ページ)
ここの検屍は検屍審問を指すのだとは思いますが、「法的に」というのが謎ですね。

<蛇足2>
こういう神秘的な矛盾もすべてつじつまがあい(55ページ)
検屍審問のあとフレンチが事件について考察をめぐらすシーンに出てくる表現ですが、「神秘的」というのは不思議な表現ですね。神秘的、ではないでしょう。
原語は mysterious なのかな?

<蛇足3>
スホーフスという人物を見たかぎりでは、夫子(ふうし)自身がいまになってようやくこれは大変な陰謀だと気づいたらしいこの事件に、よもや加担しているというようなことはあるまいと警部は思ったが(74ページ)
恥ずかしながら、夫子がわからず、調べてしまいました。
「あなた、彼などと、その当人を指す語。」ということなので、今風にいえば、彼自身が、というところでしょうか。


原題:Inspector French's Greatest Case
作者:Freeman Wills Crofts
刊行:1925年
訳者:田中西二郎


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憂国のモリアーティ 7 [コミック 三好輝]

憂国のモリアーティ 7 (ジャンプコミックス)

憂国のモリアーティ 7 (ジャンプコミックス)

  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: コミック

<裏表紙あらすじ>
闇夜を切り裂く凶刃と、止むことなき女たちの悲鳴──
ロンドン東部貧民街(ホワイトチャペル)に突如現れた猟奇殺人鬼──その名は“ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)”。“古き師”からの依頼を受け、ウィリアムは新たな仲間と共に捜査を開始する。だが、ジャックの恐怖は次第に人々を支配し、いつしか市警(ヤード)とその街の自警団との対立へと発展してゆく。混迷を極める事件の陰で蠢く、真の脅威とは!?


シリーズ第7巻。
表紙は、モラン大佐です。
なかなかカッコいいではありませんか。

#24 モリアーティ家の使用人たち(The Adventure of Four Servants)
#25、26、27 ホワイトチャペルの亡霊 第一幕、第二幕、第三幕(The phantom of Whitechapel Act 1、2、3)
を収録。
「モリアーティ家の使用人たち」は、モリアーティたちに新たに加わったボンドのお披露目も兼ねたプロローグのような位置づけだと思いますので、この第7巻は、切り裂きジャックテーマの幕開け的位置づけですね。(この第7巻では完結していません)

今回新登場するのは、“ボンド”だけではありません。
ウィリアムたちが、モリアーティ邸の火事の後お世話になったロックウェル伯爵家の執事で、第一次アフガン戦争時の白兵戦の達人、ジャック・レンフィールド。当時の通り名が、“ジャック・ザ・リッパー”
ホワイトチャペルで暗躍し、ロンドンを恐怖の底に突き落とし、“ジャック・ザ・リッパー”を騙る殺人鬼を、本物の“ジャック・ザ・リッパー”が始末したい。

うん、わくわくしますねー。この展開。
“ジャック・ザ・リッパー”の正体は未だ不明で、推理作家もちょくちょくこの謎に挑んでいますが、新説を披露していますね。
この新説、憂国のモリアーティの世界にピッタリで素晴らしい。
説得力もそれなりにあるように思います!

“ジャック・ザ・リッパー”対元祖“ジャック・ザ・リッパー”+モリアーティたち、という構図で展開し、
とてもわくわくします。

最後にウィリアムが敵のアジトに到着するところで、第7巻は終わり。
第8巻が楽しみです!

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出星前夜 [日本の作家 あ行]


出星前夜 (小学館文庫)

出星前夜 (小学館文庫)

  • 作者: 飯嶋 和一
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2013/02/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
寛永十四年、突如として島原を襲った傷寒禍(伝染病)が一帯の小児らの命を次々に奪い始めた。有家村の庄屋・鬼塚甚右衛門は旧知の医師・外崎恵舟を長崎から呼ぶが、代官所はあろうことかこの医師を追放。これに抗議して少年ら数十名が村外れの教会堂跡に集結した。折しも代官所で火事が発生し、代官所はこれを彼らの仕業と決めつけ討伐に向かうが、逆に少年らの銃撃に遭って九人が死亡、四人が重傷を負う。松倉家入封以来二十年、無抵抗をつらぬいてきた旧キリシタンの土地で起こった、それは初めての武装蜂起だった……。第35回大佛次郎賞受賞の歴史超大作。


はるか以前2005年に感想を書いた「雷電本紀」 (小学館文庫)(ブログの感想ページへのリンクはこちら)の作家飯島和一の作品です。
ミステリではありません。この作品も時代小説です。
「神無き月十番目の夜」 (小学館文庫)
から読みはじめ、
「始祖鳥記」 (小学館文庫)
「雷電本紀」 (小学館文庫)
に続き、読むのは4冊目になります。
「雷電本紀」 のあと、「黄金旅風」〔小学館文庫〕が出ているのですが、買ってはあるものの日本にうっかり置いてきてしまったので、その次の「出星前夜」を今回手に取りました。


カバー裏側の帯に大佛次郎賞の選考委員のコメントが書いてあるのですが、そのうち
「たしかにここに歴史があった」という実感--傑作である。
という井上ひさしのコメントがとてもしっくりする歴史大作です。

扱っているのは、島原の乱。
キリシタンの反旗、キリシタン弾圧の最期の一撃、鎖国の完成への一大里標。
この程度の知識しかありませんでしたので、いや、もうびっくりすることの連続でした。
だいたい、名前からして(呼び名からして、というべきか)明らかなのに、天草四郎が島原出身ではないことにびっくりしているくらいですから、いかに当方がとんちんかんな知識しかなかったは明らかです......
物語の始めのころに、島原の有家(ありえ)で寿安(ジュアン)と呼ばれる若者矢矩鍬之介(やのりしゅうのすけ)が旧教会堂に立て籠もり事件(?) を起こすのですが、こいつが後の天草四郎なのかな、と勘違いするくらい、島原の乱に認識がない状態でした。

そういった愚かな勘違いを、「出星前夜」は、圧倒的な迫力で次々と打ち破ってくれました。
だいたい、島原の乱はキリシタンの反乱という単純な図式で捉えること自体が愚かなことですね。

長崎の医師外崎(とのざき)恵舟、長崎代官末次平左衛門、有家の庄屋鬼塚甚右衛門......印象的な登場人物が次々と出て来ます。
特に、有家の庄屋で、朝鮮出兵にも参加し勇将として知られた鬼塚甚右衛門=鬼塚監物(けんもつ)ですね。
耐えて、耐えて、耐え抜いた末の島原の乱ということが、鬼塚監物のおかげで鮮やかに迫ってきます。
思いどおりにならないことは世の常であり、最善を尽くしても惨憺たる結果を招くこともある。最善を尽くすことと、その結果とはまた別な次元のことである。しかし、最善を尽くさなくては、素晴らしい一日をもたらすことはない。(277ページ)
こういう心持ちの人物を追い込んでしまうほど、島原藩松原家の苛政は民を顧みないものだったわけですね。

印象的、といえば、原城に立て籠もってからの鎮圧部隊のでたらめさ。
圧倒的な兵力でありながら、連戦連敗。次から次への悪手を繰り出して蜂起勢にやられてしまうさまは、残酷ながら、ある意味快哉を叫びたくなるひどさ。
結果的には蜂起勢は鎮圧されてしまうことを歴史的事実として知っているので、こういったシーンに余計反応してしまうのかもしれません。
散りゆくものたちの覚悟、哀しみがあふれた戦いであったように感じました。

読了して考えてしまったのが、タイトル、出星前夜。
ミステリではないので、ネタバレを気にする必要はないのかもしれませんが、ラストを明かしてしまうので気になる方はこの後は読まないようにお願いします。

ここでいう星とはなんだろう?
いろいろあって原城にはいかず、長崎にいた寿安が、医家として逃禅堂(とうぜんどう)北山友松(ゆうまつ)と名乗って大坂で開業したというエピソードが最後の最後にあります。
長い本書の最後は以下です。
 病児を抱える親たちが、とある星を「寿安星」と呼び、その星に快癒を願う姿が見られるようになったのは、北山寿安が世を去って間もなくのことだった。  その星は、北斗七星の杓(ひしゃく)の柄の二番目に当たる開陽星脇に、小さく見える星だった。それまでは、正月に寿命占いとして使われていたところから寿命星と呼ばれていた。「寿安星」と呼び名が代えられたその小星に祈れば、児の病は必ず治ると信じられ、その星に救いを求める親たちの姿がいつまでも絶えなかった。

とすると、ここでいう星は、寿安、ですね。
タイトルは出星前夜ですから、島原の乱などは、寿安星が世に出る前の物語ということになり、主客どちらかなど、なかなか考えさせるものがありますね。



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