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馬疫 [日本の作家 か行]


馬疫

馬疫

  • 作者: 茜 灯里
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2021/02/23
  • メディア: 単行本

<帯あらすじ>
「馬が凶暴になってるだけの問題じゃないの。馬インフルエンザが新しい、未知のタイプに変異している。つまり、種を超えて広がるかもしれない兆候があるってことなの」
2024年、欧州での新型コロナ感染拡大を受け、夏季五輪は再び東京で開催されることになった。だが、日本馬術連盟の登録獣医師・一ノ瀬駿美が参加した五輪提供馬の審査会で、突如、複数の候補馬が馬インフルエンザの症状を示し始める。ウイルスの正体は過去に例を見ない「新型馬インフルエンザ」。感染した馬を凶暴にさせてしまう「狂騒型」だった。五輪は無事に開催できるのか、そして新型馬インフルエンザの先に現れる、もう一つの恐ろしいウイルスとは──。獣医師で大学教員の著者にしか描けない、理系ミステリーの新境地!


2022年9月に読んだ10冊目の本です。
第24回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。
単行本で読みました。
2023年3月に文庫化されています。

馬疫 (光文社文庫 あ 73-1)

馬疫 (光文社文庫 あ 73-1)

  • 作者: 茜灯里
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2023/03/14
  • メディア: 文庫

馬インフルを題材に、グイグイ読まされました。とてもおもしろかった。
こういう話、好きなんですよね。
新型コロナがあったせいで、この種の物語が余計リアルに感じられる、という点はあるかと思いますが、専門的な話も、素人にわかりやすく書いてあると思いました。
大きな話の割に読者に提示される世界が限られていて、もっともっと大きな話になりそうなのにならない点(パニック小説というほどの展開にはなりません)や、物語として事件の起こし方が雑に感じられるところがあったのは残念ですが、こういう作品、どんどん書いてほしい。


<蛇足>
「部外者の獣医師でも診察できるなら、私も是非、参加したいです。ー略ー」
「無理だ。俺は今、エクセレントに雇われている。ー略ー」
(一匹狼タイプの三宅先生が、エクセレントに就職ですって?)(116ページ)
獣医師が「雇われている」という場合、語感として「就職」というよりは「顧問」とか「専属」というイメージかと思うのですが、就職というのが一般的なのでしょうか。


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巡査さん、事件ですよ [海外の作家 は行]


巡査さん、事件ですよ (コージーブックス)

巡査さん、事件ですよ (コージーブックス)

  • 出版社/メーカー: 原書房
  • 発売日: 2018/09/07
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
雄大な自然の広がるイギリス、ウェールズ地方。険しいスノードン山の麓の村では、あちこちをひつじが歩き回るのどかな風景がひろがっていた。そんな村へ巡査として赴任してきたエヴァン。都会で起こる事件に疲れ、幼い頃に家族で暮らした村へ戻ってきたのだ。ここでの巡査の仕事は畑荒らしや迷い猫の捜索に、住民どうしの喧嘩の仲裁。悩み事といえば、大家さんの作る食事がおいしすぎでズボンがきつくなり始めたことと、パブのウェイトレスが猛アタックしてくることだった。そんなある日、スノードン山で死体が発見された。本署からやってきた警察官は不幸な事故と決めてかかるが、山をよく知るエヴァンにはどうしてもそうは思えず……!?


2022年9 月に読んだ9冊目の本です。
「貧乏お嬢さま、メイドになる」 (コージーブックス)(感想ページはこちら)ではじまる《英国王妃の事件ファイル》の作家リース・ポウエンの別のシリーズです。
ミステリーにはこちらのシリーズがデビューだったようです。

原書房のコージー・ブックスというコージー・ミステリのレーベルから翻訳されていますが、主人公は男でかつ警官。エヴァン・エヴァンズ。
コージー・ミステリの定型からは大きく外れていますが、舞台となるウェールズのスランフェア村のありようはコージー・ミステリ感を味わわせてくれます。

「よく聞くんだ、エヴァンズ。きみは村の巡査にすぎない。主任警部モースじゃないんだ。今度余計なことに首を突っこんだり、きみの浅はかな考えで勝手なことをしたりしたら、上司に報告する。」(141ページ)
なんて叱られたりする探偵役、いいですよね。
(「巡査さん」という語が使われていますが、お巡りさんという感じなんでしょうね。お巡りさんは事件捜査はしないんですね。)

《英国王妃の事件ファイル》と比較するとミステリ味は濃いめ。
本署は事故と決めつけるけど、不審に思うエヴァンという構図で、したがって当然殺人なわけです。
真相は平凡と言っては失礼かもしれないけれど、それはむしろ本書の場合は長所で、大方の読者の想定どおりに進む物語のテンポが非常に心地いい。
エヴァンをめぐる恋の鞘当ても、(読んでいる側としては)のどかで楽しめそうですし、シリーズを追いかけてみることにしましょう。


<蛇足>
「エヴァンは警察署として使われている建物のこぢんまりした部屋に入った。地元も消防署であり、RAC(イギリス王立自動車クラブ)の施設であり、軽食も売っているガソリンスタンド兼修理工場の〈ロバーツ・ザ・ポンプ〉の隣に建つ小屋だ。」(75ページ)
RACにイギリス王立自動車クラブと説明が付されているのですが、おそらくRAC違いかと思います。
確かにRoyal Automobile Club (イギリス王立自動車クラブ)というのはありますが、これ、いわゆる紳士クラブ。ロンドンの Pall Mall にある社交クラブで、入会するのは簡単ではないと思われますし、その施設が北ウェールズの寒村にあるとは思えません。(Pall Mall についてはアンソニー・ホロヴィッツの「シャーロック・ホームズ 絹の家」 (角川文庫)感想で触れたことがあります)
広くイギリスでRACというと、車に関するサービスを広く提供する企業(?)で、日本でいうとJAFが提供しているロード・サービスや自動車保険などを提供しています。同種の企業にAAというのがあり、AAとRACがメジャーです。
ここのRACは間違いなくこちらかと思います。
──2023.8.28追記
ロード・サービスのRACですが、もともとはイギリス王立自動車クラブのものだったそうです。現在は売却されてRACのものではなくなっているようですが。
なので、この作品の訳し方で正しいのですね。失礼しました。



原題:Evans Above
作者:Rhys Bowen
刊行:1997年
訳者:田辺千幸





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キッド・ピストルズの冒瀆 [日本の作家 山口雅也]


キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

キッド・ピストルズの冒瀆 パンク=マザーグースの事件簿 (光文社文庫)

  • 作者: 山口 雅也
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2018/09/11
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
五十年間、家から一歩も出なかった老婆はいかにして毒殺された? 動物園園長が残した死に際の伝言の意味は? 他にも有栖川有栖氏絶賛のシリーズ中の白眉「曲がった犯罪」、レゲエ・バンドの見立て殺人「パンキー・レゲエ殺人」を収録。名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズの推理が冴える第一短編集が改訂新版で登場!


2022年9月に読んだ8冊目の本です。
「キッド・ピストルズの冒瀆」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの妄想」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの慢心」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの醜態」 (光文社文庫)
「キッド・ピストルズの最低の帰還」 (光文社文庫)
と続いているシリーズの第一作。共通して「パンク=マザーグースの事件簿」という副題がついています。
単行本が出版されたときに買って読んでいますが、シリーズを通して読んでみようと再読。

「序に代えて──パラレル英国概説」で舞台の説明があったあとに、
『「むしゃむしゃごくごく」殺人事件』
「カバは忘れない」
「曲がった犯罪」
「パンキー・レゲエ殺人」
の4編収録

これはじめて読んだときも勘違いし、今回もわかっていたはずなのに勘違いして読み始めました。
それは、「生ける屍の死」(上) (下) (光文社文庫)(感想ページはこちら)と世界が共通しているという勘違い。
「生ける屍の死」がパンク青年グリンが主人公で、このキッド・ピストルズはパンク刑事と、共通点は ”パンク” だけ(笑)。
あれ? 死者は蘇らないんだ、なんて感想を二度も抱いたなんて恥ずかしい。

とはいえ、このシリーズはパラレルワールドの英国であり、いまわれわれが住んでいるのとは違う世界。探偵士が警察とは別に存在し、警察は《探偵士協会》の下部組織、という世界観。
死者は蘇らなくとも、これはこれで趣深い世界が築き上げられています。

『「むしゃむしゃごくごく」殺人事件』は、世捨て人のように人を寄せ付けず家に閉じこもっていた巨食症(ってあるのでしょうか?)の元美貌の女優が毒殺された事件。マザーグースから別のモチーフがすっと浮かび上がるところが見事です。
おみくじクッキーが出てきますが、これAKB48のおかげで、フォーチュン・クッキーという名称が定着しましたね。
探偵士はシャーロック・ホームズ・ジュニア。

「カバは忘れない」は、動物園の延長がカバとともに殺された事件。ザイールからきたという秘書と連れてこられた呪術師が花を添えます(?)。ダイイング・メッセージにひねりが加えられているのがミソ。これは史上初の使い方ではないでしょうか?

「曲がった犯罪」は、「曲がった男がおりまして」で始まるマザー・グースをモチーフに、現代アート(と呼んでいいのでしょうか? 前衛というのか、尖りすぎて一般人の理解を超えているものです)の芸術論を背景にした殺人事件が描かれます。歌に則った一連の手がかり(猫やコイン)がすごい。
S・S・フォン・ダークというペンネームで『《にやにや笑い(グリン)》殺人事件』とか『蔵相殺人事件』を書いたという美術評論家ウィラード・カールトン・ライトが笑わせてくれます。

「パンキー・レゲエ殺人」は、「そして誰もいなくなった」 (クリスティー文庫)のあのマザー・グースが使われています。この使い方がナイス!
探偵士は、シャーロック・ホームズ・ジュニアに代わって、ヘンリー・ブル博士。密室講義もしてくれます。ラストの決着のつけ方も、フェル博士の案件に似たようなのがあった気がするのですが、思い出せません。(ポワロにもあった気がしますが)

少々凝りすぎの感もある作品集ですが、ミステリで凝りすぎというのは欠点ではなく美点。
とても楽しいシリーズです。


<蛇足1>
「あたしが子供の頃、セント・メアリ・ミードのおばあちゃんから聞いたマザーグースの唄。」(128ページ)
セント・メアリ・ミード!
このシリーズにいつかミス・マープル風の人物が出てくるのでしょうか?

<蛇足2>
「三人で動物がいっぱいいる中で見張ってて、狩りをしてるみたいでしょ。」
「夜どおしひと晩 狩をして」(どちらも128ページ)
どちらも名詞ですが、かたや「狩り」かたや「狩」。
2番目の方は童謡の歌詞ということなので、字配りが違うのかもしれまえんね。

<蛇足3>
「ルネサンス以降、いや、遠く古(いにしえ)のギリシアの頃からつい最近まで、ヨーロッパの人体彫刻は等身大を避けてきた。なぜなら、カソリックの考え方でいけば、神が人間を創ったわけで、その人間が人間そっくりなものを創るというのは、創造主に対する冒瀆になってしまうからだ。」(227ページ)
なるほど。そうだったのですね。

<蛇足4>
「パリ警察の著名な捜査官がある犯罪捜査のためにこの国へ渡ってきて、こんな言葉を残している──『犯人は創造的な芸術家だが、探偵は批評家にすぎぬ」とね」
「その科白、ギュスターヴ・フローベールからのいただきじゃないのか?」と、ライトが批評家らしく注釈を加えた。「フローベール曰く──人は芸術家になれなかったときに批評家になる。兵士になれなかった者が密告者になるように」(254ページ)
作中でも触れられていますが、一つ目のセリフは、ブラウン神父の中に出てくるセリフですね。(一つ目のところの二重括弧が通常のカギ括弧で閉じられているのは誤植でしょうね)
フローベール起源説については注釈も付け加えられています。おもしろい。




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ミステリと言う勿れ (3) [コミック 田村由美]

ミステリと言う勿れ (3) (フラワーコミックスアルファ)

ミステリと言う勿れ (3) (フラワーコミックスアルファ)

  • 作者: 田村 由美
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2018/10/10
  • メディア: コミック

<カバー裏あらすじ>
代々、遺産を巡る争いで死者さえ出るという、狩集(かりあつまり)家の相続人のひとりである、汐路(しおじ)に頼まれ、訪れた先の広島で、遺言書の開示に立ち会うことになった久能 整(くのう ととのう)。
そこには、失跡した犬童我路(ガロ)の思惑が働いていた。
相続人候補は汐路と、いとこたち4人。
整は次第に身に危険も及ぶ骨肉の争いに巻き込まれて…!?


「ミステリと言う勿れ」 (2) (フラワーコミックスアルファ)(感想ページはこちら)に収録の
episode4 思惑通りの予定外
の続きがこの「ミステリと言う勿れ」 (3) (フラワーコミックスアルファ)には収録されていて
episode4-2 相続人の事情
episode4-3 落とされたものは
episode4-4 鬼の集(つどい)
episode4-5 殺すのが早すぎた
という形になっているのですが、最初に一言
このエピソード、第3巻で完結していない!!!
なので感想を「ミステリと言う勿れ」 (4) (フラワーコミックスアルファ)まで持ち越そうかとも思ったのですが、謎の太宗は解かれるので一旦ここまでの感想を書いておきたいと思います。

第2巻 の「episode4 思惑通りの予定外」は、整が巻き込まれるようになった次第を描いています。
その前の「episode3 つかの間のトレイン」の画面でもちゃんと伏線をはっておいてほしかったなぁ、とは思いましたが、この部分、テンポがよくて面白い。
怪しげな遺言っていうのもいいですよね。
「すべきことはひとつ
 それぞれの蔵においてあるべきものをあるべき所へ
 過不足なくせよ」

こういう設定は少々時代遅れな感じがしないでもないですが、狩集家と弁護士の車坂家と税理士の真壁家が団結しているところとか、四つの蔵が明聡、忠敬、温恭、問難と名付けられていかにも何かありそうなところとか、おもしろいですよね。

第3巻に移るわけですが、今回、いつもより整のおしゃべりは控えめです。
過去の出来事まで絡んで事件の構図が込み入っているから(その説明が必要で整のおしゃべりにあまりページを割けない)ということもありますが、周りの人物もいろいろと話すから、という感じがします。
整がしゃべろうとして聞いてもらえず
「もうしゃべるもんか」
と整がいうシーンが「episode4-3 落とされたものは」にあったりします。しゃべらないなんて、なにより整自身がもたないと思うんですけどね(笑)。
「episode4-4 鬼の集」には
「整くんはおじさんがキライなんだね」
「まあ」
「おじさんくさいのにね」
なんて会話まで(笑)。

「episode4-5 殺すのが早すぎた」では整が罠をしかけて下手人を捕まえます。
実際の謎解きは次巻に持ち越しですね。
ミステリとしての感想はその時に。



タグ:田村由美
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名もなき復讐者 ZEGEN [日本の作家 た行]


【ドラマ原作】名もなき復讐者 ZEGEN (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

【ドラマ原作】名もなき復讐者 ZEGEN (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

  • 作者: 登美丘 丈
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2019/08/06
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
八戸で水産加工場を営む佐藤幸造のもとに、突然「女衒」を自称する男が現れ、偽装結婚を持ちかけてきた。相手は、病気の夫の治療費をまかなうため、中国から出稼ぎにきている李雪蘭。彼女は女衒に斡旋された歌舞伎町の風俗マッサージ店で働いていた。幸造は迷いつつも、男の話を承諾するが……。一方、偽装結婚を取り持ち、女たちの世話をする裏で、女衒は妻を自殺に追い込んだ男たちへの復讐を続けていた──。


2022年9月に読んだ7作目の本です。
第17回『このミステリーがすごい!』大賞 U-NEXT・カンテレ賞受賞作。
『このミステリーがすごい!』大賞の後の部分はずいぶん聞きなれないものですが、福井健太の解説によると「募集時にはなかった枠のサプライズ受賞」とのことで、ドラマの原作を探すという趣旨だったようですね。次の第18回でも受賞作貴戸湊太「そして、ユリコは一人になった」 (宝島社文庫)が出ています。2年間だけの賞だったようですね。

冒頭、八戸の水産加工場を経営する幸造の視点で始まります。
女衒から偽装結婚を勧められる。
このまま幸造視点で物語が進むのかと思いきや、すっと女衒の視点に移ります。

物語としては、すごくありふれたチープな復讐劇。
いかにもテレビ向き、というところでしょうか。

ありふれた設定、ありふれた話かもしれませんが、この主人公格の女衒のキャラクターはおもしろいなと思いました。
「真面目で冒険をしない幸造とはおそらく正反対の生き方をしてきたであろう女衒に惹かれた。たった一度だけ、はじめて会った時に見た瞳には、溢れそうなほどの暗さを湛えていた。その暗さに惹かれた。いや、その暗さから、女衒の人間味を垣間見た気がした。この男のことを信用してもいいと思ったのだ。」(216ページ)
と幸造が述懐するシーンgなありますが、これはうなずけました

ただ、女衒の一人称を選択したのは疑問で、内面がるる語られるのはむしろ興ざめに感じました。
この点でもテレビ向きといえるかもしれません。



<蛇足1>
1年契約で百五十万円という報酬が高いのか安いのかわかりませんが、「相手は新宿のマッサージ店で働く中国人。国に家族を残して出稼ぎで日本に来ているんだ。貧しい家族のために必死で働いているよ。」(10ページ)というのには少々疑問を感じました。地域差はあるでしょうが、いまどきの中国は豊かですし、貧しい地方でも中国国内の都市へ向かうのではないかと思うのです。海外へ行くにしても日本ではないような気がします。

<蛇足2>
「幸造は、新宿どころか、この八戸を一歩も出たことがない。」(11ページ)
すっと読み流したのですが、考えてみればこの表現はおかしいですね。「新宿に行くどころか」としないと揃わないですね。


<蛇足3>
「いくら琥珀の中で保存されようと、遺伝子は時間の経過とともに劣化する。フィクションの世界では保存された恐竜の遺伝子からクローンを生み出す描写が往々にして見られるが、理論上は限りなく不可能に近い。」(216ページ)
なるほど、そうなんですね。





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幽霊を創出したのは誰か? [日本の作家 森博嗣]


幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost? (講談社タイガ)

幽霊を創出したのは誰か? Who Created the Ghost? (講談社タイガ)

  • 作者: 森 博嗣
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2020/06/19
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
触れ合うことも、声を聞くことも、姿を見ることすら出来ない男女の亡霊。許されぬ恋を悲観して心中した二人は、今なお互いを求めて、小高い丘の上にある古い城跡を彷徨っているという。
城跡で言い伝えの幽霊を思わせる男女と遭遇したグアトとロジの許を、幽霊になった男性の弟だという老人が訪ねてきた。彼は、兄・ロベルトが、生存している可能性を探っているというのだが。


2022年9月に読んだ6冊目の本です。
森博嗣のWWシリーズの、
「それでもデミアンは一人なのか?」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら
「神はいつ問われるのか?」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら
「キャサリンはどのように子供を産んだのか?」 (講談社タイガ)(感想ページはこちら
に続く第4作です。

タイトルに「創出」という固い語が使われているのでおやっと思いました。
いままでのシリーズタイトルと比べて格段に硬質な感じがするからです。
でも、考えてみると「創出」以外に言いにくいですね。
ここは個々の幽霊がどうして幽霊になったのか? という文脈というよりはむしろ、幽霊という概念がなぜ生み出されたのか?というニュアンスで使われていると思うからです。

端的にグアトが
「どうして、人間は、幽霊のような存在を発想したのかな。どんな需要があったのでしょう。」(59ページ)
という場面もあります。

「ある一人のウォーカロンだった経験を持つ知性が、次のウォーカロンに乗り移る」「これは、いわゆる幽霊や亡霊に近いイメージ、ではありませんか?」(58ページ)
というのも面白い疑問ですね。

これまでのところ、リアルとヴァーチャルをどう捉えるかというのがWWシリーズのテーマなのかな、と思えているのですが、リアルとヴァーチャルという対比で進んできた思索が、「幽霊」という存在をフィルターとしてあらたな角度で検証される、という感じでしょうか。

今の技術では、人間の感覚のほとんどを仮想体験させることを実現した。したがって、既にリアルでしか得られない価値はない。それなのに、まだリアルに自分が存在するという意識を捨てられない人が多いはず。(281ぺージ)

この「幽霊を創出したのは誰か?」 (講談社タイガ)で扱われる幽霊騒ぎも、このことを十分に意識したものです。

しかし、リアルかヴァーチャルかも大きい課題だと思うのですが、このシリーズの設定である、ほぼ人は死なない、という方がインパクトが大きいのではなかろうか、と思ったりもしました。
そして展開される議論(思索)も、死なないからこそ、という展開をとっているように思えます。


いつものように英語タイトルと章題も記録しておきます。
Who Created the Ghost?
第1章 誰が魂を連れてきたの? Who brought the soul?
第2章 誰が霊を組み立てたの? Who built the spirit?
第3章 誰が心を凍らせたの? Who froze the heart?
第4章 誰が人を造形したの? Who shaped the human?
今回引用されているのは、コーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」 (ハヤカワepi文庫)です。

<蛇足>
「入ってみると、絨毯がブルーのプレィルームだった。」(163ページ)
プレィって、どう発音するのでしょう?



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悪血 [日本の作家 門井慶喜]


悪血 (文春文庫)

悪血 (文春文庫)

  • 作者: 門井 慶喜
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2013/11/08
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
人は己の血にどこまで縛られるのか? 高名な日本画家の家系に生まれながら、ペットの肖像画家に身をやつす時島一雅は、かつてない犬種の開発中というブリーダーの男に出資を申し出る。血の呪縛に悩みながら、血の操作に手を貸す矛盾。純白の支配する邪悪な世界への憧憬。制御不能の感情が、一雅を窮地へと追い込んでゆく。


2022年9月に読んだ5冊目の本です。

巻頭に
動物の愛護及び管理に関する法律 第二条の条文が掲げられています。
「動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。」

主人公時島一雅が自分の血筋悩むペット専門の(?) 肖像画家で、犬のブリーダー森宮利樹が出てきて、本書「悪血」 (文春文庫)の文庫化される前の単行本時のタイトルが「血統(ペディグリー)」ということで、ある程度の予断をもって読み始めました。

冒頭は、一雅が依頼された白い犬の絵について、毛の色の表現について悩みます。
依頼者の過去や心理から、あるべき色を求めていくこの段階で作者の術中にすっかりはまってしまったような気がします。
その後森宮が育てているところを一雅が訪れ、森宮の企てを知ります。

ほうほう。やはり予想した通りの展開だな、と思っていたら、そのあと想定した展開を大きく外れていきます。

森宮の犬舎の近くに作られた祭壇。
そこに飾られた宗教画。
描かれているのは、狩人・山林官などの守護聖人 ST. HUBERTUS(聖フベルトゥス)。
非常に印象的なシーンで、この絵をきっかけに物語が大きく転回します。
勘のいい方、聖フベルトスをご存知の方は予想がつくかもしれませんが、エチケットとしてここでは触れないことにします。

その後も含めて、ちゃんとあからさまな伏線がはられているところがいいですね。
堂々と見過ごしましたが(笑)。
非常によい作品だと思いました。

動物を飼うということがさまざまな観点から取り上げられているのも面白かったですーー巻頭に法律を引用しているくらいですから。
「転勤か結婚か出産か、何らかの身辺の変化に際会した時とき、買主はあっさり使い捨てを思いつくことができたのでしょう。まるでおもちゃを捨てるように。ただし名目だけは『もとの自然にもどしてあげる』と大人っぽく美しく構えた上で。」(336ページ)
放棄されたペットが野生化する、買主のモラルが問われることで、よく指摘されることですね。
森宮の飼育場の近くで野生化したスカンクと犬の争うシーンとか、緊迫感もって読めました。
「流通量の面から見ればスカンクは決して珍獣ではありません。」
「南北アメリカ大陸が原産のイタチ科の小動物は、とりわけシマスカンクは、日本への輸入量がこのところ増加しているのだとか。」(333ページ)
とかいう説明に、少し背筋が寒くなる思いをしました。

直木賞作家門井慶喜からすると、秀でた父親を持つ主人公の苦悩はちょっと平凡な出来かもしれませんが、テーマに寄り添った力強い展開だと思いましたし、なによりサスペンスとしての構図が美しかったです。
埋れないようにしてほしい作品です。




タグ:門井慶喜
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擬傷の鳥はつかまらない [日本の作家 あ行]


擬傷の鳥はつかまらない

擬傷の鳥はつかまらない

  • 作者: 荻堂 顕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2021/01/27
  • メディア: 単行本

<カバー裏側帯あらすじ>
あなたの絶望を確かめましょう
顧客の要望に応じて偽りの身分を与える「アリバイ会社」を生業とするサチのもとに、ある日、二人の少女が訪ねてきた。数日後、片方の少女がビルの屋上から身を投げ、サチは残されたデリヘル嬢・アンナを「門」の向こう側へと “逃がす” よう迫られる。サチはこの世界に居場所を失った者を異界へ導く “雨乳母(あめおんば)” だったのだ──。
なぜ、少女は死んだのか。死の道標を追う過程で浮上した〈集団リンチ殺人事件〉と少女たちの恩讐渦巻く関係とは。そして、サチの隠された過去とは一体……


2022年9月に読んだ4冊目の本です。単行本です。
第7回新潮ミステリー大賞受賞作。

タイトルにもなっている擬傷は
「鳥のなかには、敵の襲われた時に、弱っているふりをすることで捕食者を引き付け、他の仲間を逃がすという習性を持つものがいるそうだ。」(52ページ)
とオープニング早々説明され、物語的にはいろいろとイメージが重ね合わせられているのですが、主人公サチに「自分もその鳥のように、傷付いている誰かのことを逃してあげられるような優しい大人になりたい」と語った男友達の存在は一つの大きなポイントです。

サチの職業はメインは偽の身分を作り出すことながら、それとは別に “雨乳母(あめおんば)” と呼ばれ、この世界に居場所を失った者を異世界への門まで連れていく仕事もやっている。
その異世界は「あなたが歩んだかも知れない人生の中で、あなたが最も幸福になったであろう選択が為された世界。あなたが手に入れられなかった可能性が実現した世界。」(291ページ)

異世界へ導く存在、という特殊設定が持ち込まれていますが、異世界は向こう側の話であって、物語はあくまで普通の現実世界を基本に展開します。

読み始めてしばらくは、主人公の設定とか文体とかから、(異世界は出てくるものの)よくある女探偵ハードボイルドものか、と思いました。
女探偵ハードボイルドには、一つの典型的なパターンがあって、桐野夏生の江戸川乱歩賞受賞作「顔に降りかかる雨」 (講談社文庫)がその代表例だと思いますが、その流れの一作かと思ったのです。

「長谷部の『可哀想』という思いは、おそらく本物だ。彼は普通の人間で、悪人ではない。ただ、弱いだけ。弱いからこそ、さらに弱い人間を傷つける」(122ページ)
あるいは
「あいつは、自分以外の誰かのために戦う人間だった。おれは、兄貴を尊敬してる」
「でも、いつかは折れてしまうこともあるはずよ」
「別にいいんです。疲れたなら、剣を置いてもいい。正義の味方なんか、やめていい。それでも、ヒーローだったことは変わらないんすよ」(320ページ)
といった述懐ややり取りなども、気が利いていて目をひきますが、典型的といえば典型的。

典型的な女探偵ハードボイルドも、それはそれでおもしろいのですが、この作品はもう一つ要素が加えられています。
それはバディ物。
主人公サチが望んだわけではないものの、組まされることになったデリヘル「プリズム」の店長久保寺のエピソードには没頭させられました。
サチも含め、主要人物の過去がストーリーに絡んでくるのですが、バディ形式にしたことで興味が倍増したように思います。

また注目の作家ができてしまいました。


<蛇足1>
「金遣いが荒くなって、贅沢が習慣になる頃には、段々とお茶を引くようになってくる。」(110ページ)
知っているはずの言い回しですが、意味がわからず、調べてしまいました。記憶力減退に注意ですね。暇という意味ですが、お茶を挽く(ひく) と書くのが普通な気もします。

<蛇足2>
「『最近の本は文字が小せえなあ』
 ー略ー
『そうは思わねえか、久保寺君?』
『……はい』
『はい、じゃねえよ。俺が歳取ったんだよ』」(128ページ)
軽妙なやりとりといったところですが、最近の本って逆で、昔と比べると文字が大きくなっていますよね(笑)。

<蛇足3>
「顔の青い鳥が、ひとりで歩いている私のことを睨み付けた。図鑑でしか見たことがなかったが、ヒクイドリだとわかった。」(339ページ)
この作品「擬傷の鳥はつかまらない」(新潮社)を読む少し前に、「火喰鳥を、喰う」 (角川ホラー文庫)を読んでいたのでおやっと思いました。





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東京結合人間 [日本の作家 さ行]


東京結合人間 (角川文庫)

東京結合人間 (角川文庫)

  • 作者: 白井 智之
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/07/24
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
生殖のために男女が身体を結合させ「結合人間」となる世界。結合の過程で一切嘘が吐けない「オネストマン」となった圷は、高額な報酬に惹かれ、オネストマン7人が孤島で共同生活を送るドキュメンタリー映画に参加する。しかし、道中で撮影クルーは姿を消し、孤島の住人父娘は翌朝死体で発見された。容疑者となった7人は正直者(オネストマン)のはずだが、なぜか全員が犯行を否定し……!? 特殊設定ミステリの鬼才が放つ、狂気の推理合戦開幕!


2023年も5月になりました。
2022年9月の感想をよたよたとアップしてきていますが、しばらく感想を書き溜めていたので、ここからしばらくは書き溜めた分を使って毎日更新していきたいと思います。
よろしくお願いします。

2022年9月に読んだ3冊目の本です。
「人間の顔は食べづらい」 (角川文庫)(感想ページはこちら)が第34回(2014年)横溝正史ミステリ大賞候補作となり同作でデビューした白井智之の第2作。

「人間の顔は食べづらい」もとんでもない設定の作品でしたが、今度の「東京結合人間」 (角川文庫)もすごいですよ。よくこんなこと考えつくなぁ。

プロローグで結合人間のメカニズムが読者に提示されます。
「ぼくたち人間は、哺乳類のなかでも極めて特殊な生殖を行っている。人間が子孫を残すには、オスとメスが生殖器を使って交尾するのではなく、互いの身体を結合させなければならない。」(17ページ)
「二人分の体細胞が合わさった巨大な骨格を手に入れることで、赤ん坊の脳が肥大化しても出産に困らなくなったわけだ。おまけに二人の男女が結合すれば、一個体の脳の容量は倍になるし、身体能力も大幅に向上する。」(17~18ページ)
「一般的な結合であれば、前頭葉や記憶海馬を含む大脳は女の神経細胞が基礎になって、脳幹や小脳は男の神経細胞が基礎となる。ざっくる言うと、感情や記憶をつかさどる部分は女の細胞がもとになって、身体機能や動作をつかさどる部位は男の細胞がもとになるってわけ。
 ところが数千組に一度という割合で、この結合に異常が起こる。男の神経細胞をもとにした大脳と、女の神経細胞をもとにした脳幹や小脳を持つ、脳機能が逆転した結合人間が生まれてしまうんだ」
「脳機能が逆転してしまった人々は、例外なく、あるコミュニケーション障害を背負わされることになる。詳細なメカニズムは解明されていないんだけど、どういうわけか、一切嘘が吐けないんだ。これがオネストマン──つまり正直者という言葉の由来でもある」(19~20ページ)

こんなこと思いつきます? すごい。
最後のところだけ読むを、いわゆる正直村、嘘つき村の設定のようにも思えますが、そこに ”結合” という概念を持ち込んだところがこの「東京結合人間」 (角川文庫)のミソ。
結合シーンはエロよりはグロでして、想像するだけで嫌な気分になれます。かなり読者を選ぶ設定。

ところが、プロローグに続く「少女を売る」と題されたパートはもっとグロい。
章題からわかると思いますが、この世界における売春組織の顛末が描かれます。
ミステリファンにはここで投げ出さずに読み進めてほしいです。

そして最後の「正直者の島」にいたって、オネストマンたちが集まった島での連続殺人劇の幕が切って落とされます。
ここからがミステリとしての本領発揮です。
いままでの恐ろしくグロい部分は、このための伏線。
足跡、潮の満ち引きといった定番の手がかりも、包丁や人影といった小道具も、しっかり立体的に謎解きに関わってきます。
なにより、嘘のつけない結合人間(オネストマン)という設定を、うさんくさいというか懐疑的に見えていたのですが、見事な使い方に参りました。素晴らしい。
341ページで図(と呼んでよいと思いますが)で示されるロジックなんかも、冴えていて楽しいと思いました。

独特な世界で、非常に読者を選ぶ恐ろしい作家ですが、惹きつける魅力があります。


<蛇足1>
「実験的な作風ゆえに資金集めに苦労しており、映画の製作費を捻出するために、名を伏せて猥雑なオカルト雑誌に記事を書いていた。」(234ページ)が撮った映画が「彼が貯金をはたいて撮った」(235ページ)と形容されているのですが、この状態はあまり「貯金をはたく」という形容がふさわしいとは思えませんね......

<蛇足2>
「きみも睡眠薬を飲んでるんだって?」
「ええ、飲んでます。ときどき猛烈な不安に襲われて眠れなくなるんです」
「仲間だね。ぼくも飲んでるよ。酒と一緒に飲んで寝ると、願ってもない効果があるんだ」
「願ってもない効果?」
「悪夢だよ。そりゃもうとんでもない悪夢を見るんだ」(234~235ページ)
睡眠薬とアルコールでこんな効果があるのですか......

<蛇足3>
「羊歯病の症状ゆえに全身を虫に噛まれ血だるまになった少年が『軟膏を貸してくれませんか』と言って門を叩くシーンは、圷の脳裏にもくっきりと染みついている」(235ページ)
これ蛇足1で触れた映画監督が撮った映画の説明です。
このシーン、なんだか既視感があるような気がするのですが、具体的なタイトルが思い浮かびません。作者の幻術にとらわれてしまったでしょうか?


<2023.8.3追記>
「2016本格ミステリ・ベスト10」第8位です。


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