SSブログ

145gの孤独 [日本の作家 あ行]


145gの孤独 (角川文庫)

145gの孤独 (角川文庫)

  • 作者: 伊岡 瞬
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2009/09/20
  • メディア: 文庫


<カバー裏あらすじ>
プロ野球選手として活躍していた倉沢修介は、試合中の死球事故が原因で現役を引退した。その後、便利屋を始めた彼は、「付き添い屋」の仕事を立ち上げる。最初の依頼は「息子のサッカー観戦に付き添ってほしい」という女性からのもの。しかし当の息子はサッカーに興味がないようだった。違和感と共に倉沢が任務を終えると、彼女からまたも付き添いの依頼が……。消せない罪を負う男と奇妙な依頼人たちのハードボイルドミステリ。


2023年8月に読んだ5冊目の本です。
「いつか、虹の向こうへ」 (角川文庫)で第25回横溝正史ミステリ大賞を受賞した伊岡瞬の受賞第1作、「145gの孤独」 (角川文庫)

「いつか、虹の向こうへ」は端正なハードボイルドという印象で、あらすじにもハードボイルドミステリと書いてあるので、この「145gの孤独」もそういう作品だと思って読み始めました。

主人公は、死球で友人西野を再起不能にしてしまい、その後自分もまったく振るわず引退した元プロ野球選手倉沢。
糊口をしのぐための今の仕事は便利屋。西野の妹の晴香が手伝ってくれている。
ハードボイルドのテンプレをなぞったかのような設定に苦笑するかたもいらっしゃるかもしれませんが、こちらはそういういかにもなハードボイルドも楽しいと思うので、歓迎。

ところが、事件らしい事件が起こらない。
少年の付添や老婦人の家の整理という便利屋の仕事も、事件らしくなるかと読み進んでも尻すぼみ。
あれ?
ハードボイルド調の日常の謎という感じとも違う。
倉沢を便利屋に引き込んだ(?) 戸部や晴香が組んで、何やら便利屋の仕事には裏の事情がありそう、という展開でちょっとおやっと思うものの、安易ですぐに見当がついてしまうなぁ、と思っていたら、西野をめぐるエピソードが、こちらの嫌いな内容。
そして戸部自身の事情で、戸部の娘との4人の東北行と変な風に話はねじれていく。

戸部の事情も含め、便利屋としてのそれぞれの仕事は緩やかながら関連付けられていましたが、読み終わった感想は、ミステリではない、というもの。
ミステリ的展開に持ち込めそうな要素はちりばめられているのに、いずれもそういう展開を回避してくる。

横溝正史の名を冠したミステリの賞を受賞した後の受賞第一作にこういう作品を持ってくるとは、大胆だな、と思いました。

「プロの選手は、シーズンオフ中は次の春を目標に走り込みや筋力トレーニングをこなす。投手にとって意外に困るのが指先だ。指先が軟な皮膚に戻ってしまえば、マメができる。春先にマメをつぶして投げられないようでは、一軍スタートの切符がもらえない。シーズンオフの間も指先を硬くしておくために、いつも利き腕の人差し指と中指を叩いたりこすりつけたりする癖がつく選手がいる。」(230ページ)
など、細かな部分でおっと思わせてくれ、話にはどんどん引き込まれ、面白く読みました。
でも、ミステリとは思えないという事実にとても戸惑っています。


<蛇足>
「その……、その何て言うか、ポークは本当に連れていくんですか?」(361ページ)
ペット(?) のハナという仔豚を指して言うところですが、ポークは食肉になった段階の呼び方ですね。
生きて動いている豚なら、pig でしょうね。
ただこのあと倉沢はハナのことを取り上げて「食う」というネタの寒いジョークを連発するので、あえてポークかもしれませんが(笑)。




タグ:伊岡瞬
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

ミステリと言う勿れ (6) [コミック 田村由美]


ミステリと言う勿れ (6) (フラワーコミックスアルファ)

ミステリと言う勿れ (6) (フラワーコミックスアルファ)

  • 作者: 田村 由美
  • 出版社/メーカー: 小学館サービス
  • 発売日: 2020/02/10
  • メディア: コミック

<カバー裏あらすじ>
過去の事件に繋がりがある可能性に気づいた整(ととのう)。
彼は、病院で知り合った少女・ライカに相談するが、なぜか彼女と一緒に初詣に出かけることに……
そして、横浜で起きた連続女性殺人事件を追うある人物が…… 新展開の第6巻。


シリーズ6冊目です。
「ミステリと言う勿れ」 (6) (フラワーコミックスアルファ)

episode9 デートならぬ遠出(トーデ)
episode2.5 骨の在処はまだ
episode2.5-2 開かぬ箱
episode2.5-3 帳は幾重にも
を収録しています。

episode9の冒頭、整がサラツヤ髪にあこがれて、通販でストレートアイロンを買うエピソードがあって笑ってしまいました。笑ってごめんね。
以前のエピソードからちらほら出てきている、星座のマークが入ったアクセサリーを整が話題に出しますが、まだまだ後まで続くようで、ここで解釈が示されるわけではありません。

整はライカと初詣に行くことになるのですが、その待ち合わせ時間が、3時!。
初詣の時間設定って、こうですか?
日付(年)が変わる前に待ち合わせて新年を一緒に迎えて初詣、ではないのでしょうか??
あるいは、日もすっかり改まって、1月1日の朝とか昼とかでは??

で、そんな時間の初詣の帰りにふらりと寄った焼肉屋(!)での出来事を描いています。
──ちなみに、この焼肉屋さんメニューに和牛ユッケがあります。ユッケがあるお店、珍しいですよね。
焼肉屋さんで感じる違和感を解いていきます。
整もライカも焼肉屋に行ったことがなかったという設定で、この設定はちょっとズルいかな、と感じましたが、するすると流れるように組み立てられていてよかったです。
このあとも、整とライカはデート(ではない遠出だとしてはいますけど)に行くことになったようですし、ある意味、めでたし、めでたし。

続くのが、episode2.5 と数字が変なのがポイントですね。
「ミステリと言う勿れ」 (1) (2) (フラワーコミックスアルファ)に収録されている episode2 会話する犯人 に続くストーリーとなっていまして、主要人物は我路。
なんと整は出てきません──最後に名前だけちょこっと。我路は整にアクセサリーの謎を解いて欲しいのですね。
事件は、横浜で起きた連続女性通り魔事件。
ミステリでいうところのミッシング・リンクを扱っているのですが、犯人像と合わせてちょっと今一かなと思ってしまうのはミステリファンの悪い癖。
そこよりも ”星座のマークが入ったアクセサリー” の謎を解きほぐす一端が見えだしているのがポイントですよね。

整、我路を含めた大きなストーリーになりそうで、期待します。

作中で、香川県粟島にある「漂流郵便局」が登場します。
受け取る人のいない手紙を出せる場所。
亡くなった人や過去・未来の自分にあてて手紙を出せる。それは誰でも自由に閲覧できる、という。
あとがきのような「たむたむたいむ」でも紹介されているので、実在なのですね。
なんだか不思議な場所のようですね。
行ってみたいような、行ってみたくないような。



<蛇足>
「ライカさんは何座ですか?」
と11ページで整に聞かれた答えが
「座……」
こういう会話になりますか??? 不思議です。相手の言葉を繰り返すにしても、「何座……」あるいは「星座……」となる気がします。座......
しかもそのあとに続く会話が
「それはやはり出てきた日で決まるんだろうな?」
「受精卵になった日とかイヤでしょ」
なんという会話だ!!






タグ:田村由美
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

100億人のヨリコさん [日本の作家 似鳥鶏]


100億人のヨリコさん (光文社文庫)

100億人のヨリコさん (光文社文庫)

  • 作者: 鶏, 似鳥
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2019/06/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
貧乏極まり行き場を失くした小磯は、学生課で寮費千三百円という怪しげな「富穣寮」を紹介される。大学キャンパスの奥の奥。そこでは、変人の寮生たちが奇妙な自給生活を繰り広げていた。しかも部屋には、夜な夜なヨリコさんという「血まみれの女」が現れるという。ヨリコさんの正体を解き明かそうとする小磯は、やがて世界の存続をかけた戦いに巻き込まれていく!


2023年8月に読んだ4冊目の本です。
お気に入り作家似鳥鶏の作品。「100億人のヨリコさん」 (光文社文庫)

似鳥鶏ならではの、主人公小磯の饒舌な語りによって、驚くほどボロボロの寮に移り住むことになった小磯が、依子さんと寮生たちに呼ばれている幽霊(?) に遭遇する様子が描かれます。
とすると、この依子さんの死の真相を探るミステリなのかな、と思って読み進めますが、なんと、ミステリではありません。
なんとかして依子さんの身元を突き止めようとし、その死の真相を探ろうとするということには変わりはないのですが、ミステリじゃなかった......
似鳥鶏でミステリ以外の作品って、これが初めてではないでしょうか?

主な舞台となる(と言っていいのでしょうか?)ボロボロの富穣寮(ふじょうりょう)は、「ただいるだけで常識の概念が変容してくる富穣寮では、それくらい念入りに意識していないと『まあ怪奇現象くらいいいか』という気分になってきてしまう」(90ページ)と小磯が思ってしまうくらいの、すごいところです。
ひょっとしてモデルは京都大学の有名な吉田寮ではないかとも思ったりするのですが、さすがに富穣寮のモデルと言われては吉田寮が怒ってきそうです。
依子さんと彼女にまつわる怪異現象を除いても、到底住みたくないな、と思います。名前も不浄とかけているのではないかな?
小道具(?)も恐ろし気なものが揃っていまして、持っている文庫本の帯にいくつか書き出されていますが、医学部の地酒という「銘酒 死体洗い」とか、パンツに生える緑色のおいしい茸「パンツダケ」とか、もう聞くだけで恐ろしい。
住んでいる学生たちも奇人変人揃い。

大学の寮なのに、小学生の子どもが住んでいる(母親と一緒です)、というのもおかしいのですが、このひかりちゃんというのが、まあ、救いと言えば救い。
「将来は無免許医師か悪徳政治家になりたい」(116ページ)
なんていう変な小学生ではありますが。
終盤でも活躍します。
「お見事。コナン君みたいだった」と小磯に褒められても
「コナン君は甘いんだよね。無邪気な子供を装うより、必死で敬語を使ってみせた方が大人は同情するんだよ」(263ページ)
なんて答える、末恐ろしい小学生です。

物語は富穣寮での幽霊騒ぎにとどまらず、どんどん規模が大きくなっていきます。
その意味では読んでいる途中、「戦力外捜査官 姫デカ・海月千波」 (河出文庫)シリーズ(感想ページはこちら)にしてもおかしくないかな、なんて考えていたのですが、着地がミステリではないので、あのシリーズには入れられませんね。

尋常ならざる者(物?)が世界中で溢れ出すという点では、フレドリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」 (ハヤカワ文庫 SF)を連想したりもしましたが、決着のつけ方が大きく異なっている点がポイントですね。
この「100億人のヨリコさん」の決着に不満を持つ方もいらっしゃるとは思いますが、ぼくは非常に説得力のある、納得できる決着だと強く感心しました。

「世界を破壊するスイッチの所在など、他人に教えるものではない。知らずに押してしまう危険と意図される危険を比較すれば、後者の方がずっと大きいからだ。」(320ページ)
なんてさらっと述べられるのも楽しい。
でも、ミステリではなかったんだよなぁ。
ミステリじゃなかったのは(個人的に)衝撃だったなぁ......




タグ:似鳥鶏
nice!(17)  コメント(0) 
共通テーマ:

精神病院の殺人 [海外の作家 ら行]


精神病院の殺人 (論創海外ミステリ)

精神病院の殺人 (論創海外ミステリ)

  • 出版社/メーカー: 論創社
  • 発売日: 2018/12/05
  • メディア: 単行本



2023年8月に読んだ3冊目の本。
ジョナサン・ラティマーの「精神病院の殺人」 (論創海外ミステリ)
単行本です。論創海外ミステリ221

作者、ジョナサン・ラティマーの作品を読むのは
「赤き死の香り」 (論創海外ミステリ)(感想ページはこちら)、
「サンダルウッドは死の香り」 (論創海外ミステリ217)(感想ページはこちら
についで3冊目ですが、この「精神病院の殺人」がデビュー作だったようです。

探偵役は私立探偵ビル・クレインで、酔いどれでそれなりに腕っぷしも強い(はず)なので、いかにもハードボイルドに出てきそうな探偵役なのですが、内容は本格ミステリだと思いました。

酔いどれ探偵ビル・クレインが、精神病院に潜入捜査する、というのが入り口で、そこで連続殺人の幕が開きます。
入院の手続きのときに医者に職業を聞かれて、
「実は、おれは名探偵なんだ」(34ページ)
と答えるのが笑えますし、拘禁棟に連れられようとするときには
「『おれを閉じ込めるなんて、大きなまちがいだ』彼は真剣に訴えた。『おれはC・オーギュスト・デュパンなんだぞ』」(38ページ)
と言ったりもします。デュパンですよ、デュパン。
ハードボイルドを目指しているなら、ここはもっと違う名前になりそうです。

事件も、鎖されたような精神病院を舞台に、限られた登場人物内で起こる連続殺人、ですから、いかにも本格ミステリ。
金庫の盗難騒ぎ(?) から始まって、精神病院ならではの騒ぎを繰り返しながら(という表現は、コンプライアンス的にアウトな気がしますが)酔いどれ探偵が真相を突き止めていく。
騒がしいやりとりや出来事にくらまされるところは多々ありながら、しっかり手がかりは撒かれていますし、ビル・クレインも酔っ払っていてもしっかりその手がかりを回収していきます。
密室状況的な謎も、きわめて常識的な解決を提示してみせるなど、なかなか小技が効いています。
それに勘ぐりすぎかもしれませんが、ハードボイルド調の要素すら一種のミスディレクションとして機能しているように思いました。


ジョナサン・ラティマーの旧訳作品たちを復刊あるいは改訳してくれないでしょうか?


<蛇足1>
「テニスコートと、クロケットのフィールドと、ゴルフのパッティング用のグリーンがあって」(18ページ)
クロケットとあるのは、croquet のことだと思われます(クリケットのタイポではないでしょう)。
日本語では普通クロッケー(あるいはクロケー)と呼ばれているものでしょうね。

<蛇足2>
「八十万ドルの債権入り貸金庫の鍵と四十万ドルの債権が入った手提げ金庫の行方」(325ページ)
笹川吉晴による解説ですが、ここは債権ではなく債券ですね。
本文ではちゃんと債券になっているんですけどね。




原題:Murder in the Madhouse
作者:Jonathan Latimer
刊行:1935年
翻訳:福森典子









nice!(14)  コメント(0) 
共通テーマ:

家族パズル [日本の作家 か行]


家族パズル

家族パズル

  • 作者: 黒田 研二
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2019/12/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


2023年8月に読んだ2冊目の本です。
黒田研二の「家族パズル」(講談社)
2022年12月に文庫化されていますが、「神様の思惑」 (講談社文庫)へと改題されています。

神様の思惑 (講談社文庫)

神様の思惑 (講談社文庫)

  • 作者: 黒田 研二
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2022/12/15
  • メディア: 文庫

5話収録の短編集で、帯に各話の紹介があるので、それを引用しておきます。

悲しみの裏側にそっと隠された深い「家族愛」5つの物語
「はだしの親父」父は亡くなる直前、雨降る病院の庭をなぜ靴を脱ぎ歩いたのか?
「神様の思惑」自殺志願の少年の命を救った優しいホームレスは殺人者だった
「タトウの伝言」大金が必要となった青年は母を騙して、父の形見である絵画を狙うが。
「我が家の序列」リストラ中年と迷い犬の新生活は、奇妙な出来事ばかりの日々で。
「言霊の亡霊」25年も男を苦しめた母の一言。しかし記憶を辿るとある違和感が。

読み終わった感想は、これ、黒田研二の作品? というものでした。
明らかに作風が違う......(笑)。
引用した帯のコメントにあるように「家族愛」の物語だったからです。
わりとトリッキーであることにいい意味でこだわっているのが黒田研二、という印象なのですが、この作品ではトリッキーであることよりも「家族愛」を描くことを重視しているようです。
もちろん、トリッキーな部分もちりばめてあるのですが、むしろ抑え気味な印象。
全体を貫くテーマとして「家族愛」があると知ってしまうと、せっかくのトリッキーな部分にも見当がついてしまう傾向があるのですが、あえてその道を選んでいると思われます。

「はだしの親父」は親父の死を扱ってはいるものの、テイストは日常の謎。ミステリとしてみた場合伏線不足かもしれませんが、「家族愛」であればこの流れが自然かと。

「神様の思惑」は文庫化の際に表題作に選ばれた作品で、ミステリ的にはいちばん意外な解決(動機?)を扱っています。不自然というか、理解を超えた感情を扱っているのですが、これはこれでよいのだ、という気がしました。

「タトウの伝言」は、いつもだと<蛇足>欄を作ってコメントする点があったのですが、それも作者の狙いの一部だったことがわかって少々びっくり。綱渡りのように技巧を駆使した作品ですが、個人的には綱から落ちてしまっている気がしてなりません。

「我が家の序列」が中では一番の好みです。ボンドという犬をめぐる真相には割と早い段階で見当がつくのですが、犬に主と認めさせる主人公の姿をしっかり楽しむことができました。

「言霊の亡霊」はこれまた綱渡りのような技巧の作品です。ただ、過去の回想というのは(作者に)都合よく忘れたり、思い出したりするので、個人的な感想は厳しくなってしまいます。


黒田研二の作品としては異色作である気がしますが、同時に一般の方には入りやすくなった気もします。
これをきっかけに、どんどん新作が出るとうれしいのですが。



タグ:黒田研二
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

夏雷 [日本の作家 大倉崇裕]


夏雷 (祥伝社文庫)

夏雷 (祥伝社文庫)

  • 作者: 大倉 崇裕
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2015/07/24
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
東京月島の便利屋倉持のもとに、北アルプスの名峰槍ヶ岳に登れるようにしてほしいという初老の依頼人山田が訪れた。ずぶの素人が必死の体力トレーニングを続ける真の目的とは? 丹沢、奥多摩と試登を続ける二人に謎の尾行者が迫り、“槍”挑戦への行程を早めた直後、山田が消えた! 一度は山を捨てた倉持の、誇りと再生を賭けた闘いの行方は!? 山岳サスペンスの傑作!


2023年8月に読んだ最初の本です。
大倉崇裕の「夏雷」 (祥伝社文庫)
山岳ミステリ──と引用したあらすじには書いてあり、ハードボイルドテイストで、大倉崇裕の山岳ミステリでは、以前感想を書いた「白虹」 (PHP文芸文庫)(感想ページはこちら)に近いですね。

主人公である便利屋倉持の視点で物語は綴られます。
ずぶの素人なのに、山に登れるようにしてくれ、という山田からの依頼。詳しい事情を明かすことを強く拒む山田。
山田からは明かされませんが、この依頼そのものの大まかなイメージについての見当はわりとすぐについてしまうのではないかと思います。この依頼にリアリティがあるととるかどうかが、最初の分かれ目のような気がします。
狙いを倉持に伏せる強い必要性が感じられない点は難ありという気もしていますが、この依頼そのものはぼくはありだと思いました。

なんだかんだで山田に入れ込んでいく倉持、という流れも感傷的ながらいいですよね。
ただ、ラスト近くで「涙があふれてきた。」(496ページ)というのは、やりすぎだと思いましたが。

山岳ミステリというには山岳シーンが少ない印象があり(なにしろその準備というのが依頼ですから)、山のシーンは読んでいて楽しいので、もっともっと濃密に山岳シーンが欲しかったという無理な希望を抱いてしまうくらい、山岳シーンがステキでした。
この作品、非常に構図の美しいハードボイルドになっていまして、とても楽しく読みました。
大倉崇裕は山岳ミステリーもとても面白い!


ところでこの作品、謎解きでちょっと納得できない部分があるのです。
ネタバレになりますが、書いておきます。

<以下ネタバレなのでご注意ください>
「遺体から証拠が出たのよね。優紀さんを……殺した」
「折りたたみ式のナイフが、遺体のポケットに入っていた。特注品で、変わった刃型のものらしい。血がついていて、DNAも採取できた。優紀さんのものに間違いないとのことだ」(471ページ)
とされていて、宮田が優紀を殺した凶器を身につけたまま死にます。
自らの犯行がばれるので、優紀さんの遺体が発見されることを怖れていた宮田、ということなのですが、
「判っているのなら、さっさと回収すれば良かったじゃない」(472ページ)というセリフの通りで、宮田の行動は極めて不自然です。
このセリフのあとに
「宮田自身、遺体の在処を知らなかったとしたらどうだ?」(472ページ)
と続いて、さらに、
「マスコミなどは、優紀さんを殺害し遺棄したと言っているが、実際は手傷を負わせただけかもしれない。傷を負った優紀さんは、凶器のナイフが刺さったまま、山の中に逃げ込み、宮田は彼女を見失った。」(472ページ)
とされているのです。
宮田が優紀さんの遺体の在処を知っていたなら、ナイフをさっさと回収していないのがおかしい、
宮田が優紀さんの遺体の在処を知らなかったのなら、宮田がナイフを持っていたのがおかしい、
という状況で、これを解消するには、宮田は優紀さんの遺体の在処を知らなかったが、探しに行って首尾よく見つけた、という解釈になろうかと思いますが、こんな都合のいいことが土壇場で起こるというのは少々納得しにくい。
そして宮田に簡単に見つかったのであれば、ラストの感慨の興趣が薄れてしまう気がするのですが......






タグ:大倉崇裕
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

キョウカンカク 美しき夜に [日本の作家 あ行]


キョウカンカク 美しき夜に (講談社文庫)

キョウカンカク 美しき夜に (講談社文庫)

  • 作者: 天祢 涼
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/07/12
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
死体を燃やす殺人鬼・フレイムに妹を殺された天弥山紫郎(あまやさんしろう)は、音が見える探偵・音宮美夜(おとみやみや)と捜査に乗り出す。美夜は殺意の声を見てフレイムを特定するも、動機がわからない。一方、山紫郎は別の人物を疑い……。ホワイダニット(動機のミステリ)の新たな金字塔が登場! 第43回メフィスト賞受賞作を全面改稿。


読了本落穂ひろい。
天祢涼のデビュー作「キョウカンカク 美しき夜に」 (講談社文庫)
メフィスト賞受賞作です。

タイトルのキョウカンカクは、共感覚。
「文字に色が見えたり、音に匂いを感じたりする、特殊な知覚現象のこと。普通の人が刺激を受けると反応する感覚に付随して、別の感覚も反応するの。」(22ページ)
と音宮美夜が天弥山紫郎に説明しています。
共感覚と言われた山紫郎が、
「『きょウカンかク?』
初めて聞く単語に戸惑い、異国語のようにしか発音できない。」
というシーンはとても優れた表現方法だと思いました。

さておき、共感覚で人の感情を色で知覚できる音宮美夜が殺人鬼・フレイムを突き止めていくのですが、物語中盤(159ページ)で
「フレイムは、たった今、見つけました。」
と相手に言い放ってしまう展開にはびっくり。
ということは、証拠固めというか、犯人をどう追いつめていくかという興味に移るんだろうな、と思って読むと、そこから展開は捩れていきます。おもしろい。

引用したあらすじではホワイダニット(動機のミステリ)に焦点が当てられており、そこは確かに本書の大きな特色です。「キョウカンカク」ならではのものですから。
そして、ネタバレを覚悟で書くと、「キョウカンカク」が共感覚ではなくカタカナで書かれている所以が明らかになるシーン(366ページ)から始まる、音宮美夜と主人公山紫郎の対峙は、なかなかに感動的なシーンだと思いました。

ところで主人公天弥山紫郎は ”あまやさんしろう” で、同じ漢字ながら作者天弥涼は ”あまねりょう” なんですね。


<蛇足1>
「ここで拒否しては、一部のマスコミがパパラッチと化し、執拗につき纏ってくるかもしれない。」(14ページ)
パパラッチというのはセレブを追いかけまわすカメラマンを指しますので、この場合にはふさわしくないかな、と思ったのですが、悪名高い連続(無差別)殺人事件の被害者遺族というのはある意味有名人であり、無神経なマスコミを指すのにぴったりの表現かもしれませんね。

<蛇足2>
「X県の慣習では、通夜、告別式が終わってから、死者を荼毘に付す。しかし花恋の遺体はあまりに悲惨な状態だったので、数日にわたる警察の検査、解剖の末、既に荼毘に付されていた。」「遺骨が入った骨壺を見つめていると」(15ページ)
日常的に使う語ではないのですが、ここを読んで「荼毘に付す」というのは一般的に火葬することを指す語ですが、どこまでを言うのだろう、と思いました。具体的には埋葬まで言うのかどうかを考えてしまいました。

<蛇足3>
「わたしが一番好きなミステリはアガサ・クリスティーの『邪悪の家』だから。」
音宮美夜のセリフです。
音宮美夜、わかってんじゃん。いいやつだな(笑)。



nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

アマルフィ [日本の作家 さ行]


アマルフィ 外交官シリーズ (講談社文庫)

アマルフィ 外交官シリーズ (講談社文庫)

  • 作者: 真保 裕一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2013/01/16
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
日本とイタリアによる共同開発事業の調印式に出席するため、ローマ入りする外務大臣を警護せよ。特命を受けた外交官・黒田康作が在イタリア日本大使館に着任早々、大使館に火炎瓶が投げ込まれた。そんな折、母親と観光に訪れた日本人少女が誘拐され、黒田は母親とともにアマルフィへ向かう。周到に計画を遂行する犯人の真の狙いとは?


読了本落穂ひろい。
2015年の12月に読んでいたようです。真保裕一の「アマルフィ」 (講談社文庫)
織田裕二主演映画の原作、と思っていましたが、経緯が郷原宏の解説に書かれていまして、
「初めに映画のために作られたストーリーがあり、映画の公開に合わせて改めて小説として書き直された、というちょっと珍しい経歴を持った作品です。」
とのことです。

この解説に「異色の外交官を主人公にしたワンマンアーミー(一人の軍隊)型のハードボイルド」と一言で簡潔に評されている通りの作品です。
テロリスト対策室のスペシャリストで外務事務次官の特命で各国大使館に送り込まれる特別領事で、格闘技とライフル射撃の名手という設定は出来過ぎ感ありますが、よく考えたな、と思いました。
実際にこういう役職のお役人さんがいらっしゃるかどうかわかりませんが、現在の世界情勢に鑑み、いてもおかしくない、むしろいてほしい気がしますし、こういうミステリの主人公にうってつけではありませんか。

事件もそんな彼にふさわしく(?)、単なる営利誘拐ではなく(単なる誘拐という表現は問題のある表現だと思いますが、意を汲んでいただければ幸いです)、上に引用したあらすじにもある通り、真の狙いがあります。
その内容についてはミステリの感想のエチケットとして控えますが、複雑な背景を持つ事象を持ってきています。
このための手段としてこの誘拐が適切なものだったのかどうか、疑問に思うところがないではないですし、人物配置が犯行に便利なようになされている点も気になりましたが、主人公の設定に釣り合うものとして捉えました。

しっかり続編がでそうなエンディングになっていますし(実際に出てシリーズ化されています)、こういう作風は好きなのでまた読んでいきたいですね。真保裕一も読み続けていることですし。

ところで、余談ですが、タイトルのアマルフィ、あんまり出てこないんですよね、物語の舞台として。
映画は観ていませんが、しっかりアマルフィが映し出されていたのでしょうか。
世界的な観光名所ですが、小さな町なのでそこを物語の中心にはしづらかったのでしょうが、映画のため人を惹きつけるような舞台が必要だったということでしょうか。
ローマでも十分な気がしますけれど......



<蛇足>
「このイタリアでは、時として誘拐の犠牲者が、イタリア半島の爪先に当たるカラブリア州の山中で発見されることが多かった。」(102ページ)
「時として」と「多かった」というのが並立できるとは思いませんでした。
真保裕一で文章にあれっと思うことはほぼなかったのですが......
(この102ページの隣の103ページに「国情を鑑みたうえで」とあり、続けてあれっと思いました)



タグ:真保裕一
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

ロケットスカイ インディゴの夜 [日本の作家 加藤実秋]


ロケットスカイ インディゴの夜 (集英社文庫)

ロケットスカイ インディゴの夜 (集英社文庫)

  • 作者: 加藤 実秋
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2015/05/20
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
ある午後、「club indigo」に凶器を持った男たちが押しかけてきた。2部ホストの酒井くんに恨みがあるらしいのだが、出勤してきたばかりのジョン太たちを人質に、店内に立てこもってしまう。主力メンバーが動けない中、仲間のミスを挽回すべく2部の若手ホスト達が事態の収拾に当たるが……。など、全4話を収録。そして今回、あの人気ホストに大きな決断のときが訪れ──。波乱万丈の第6巻!


読了本落穂ひろいです。
手元の記録を見てみると、2016年最初に読んだ本のようです。
加藤実秋「ロケットスカイ インディゴの夜」 (集英社文庫)

前作「ブラックスローン」 (集英社文庫)はシリーズ初長編でしたが、この「ロケットスカイ インディゴの夜」は短編集に戻っています。

「スウィートトリック」
「ラシュリ―ドライブ」
「見えない視線」
「ロケットスカイ」
の4編に、コラボ漫画「No.1の忘れもの」が収録されています。

「スウィートトリック」は、洋菓子店でオーナーシェフのパティシェが殺され、什器が盗まれたという事件。関係者は少ないし真相は透けて見えているけれど、「おいしいは正義だよ」という刑事早乙女のセリフがいいですね。
正社員にならないかという誘いを晶が出版社から受ける、というシリーズを揺るがすエピソードのスタートでもあります。

「ラシュリ―ドライブ」は上で引用したあらすじの事件で「club indigo」で立てこもり事件発生。
2部の若手ホスト達が収拾を図るとなっていますが、基本的には晶たちがうごくので大した活躍は見せませんね。
ただ、1部のホストと2部のホストの違いは短い中でよく出ていたように思います。
シリーズ第3作の「ホワイトクロウ」 (集英社文庫)">感想で、「ウエストゲートパーク(石田衣良の作品です)は若者視点でありながら大人から見た若者像という印象があるのに対し、インディゴは大人視点でありながら若者のリアル感があるように思います」と書きましたが、このシリーズで描かれてきた”若者像”が既に古びていて、さらに新しい世代が登場しているということで、作中「世代交代、新旧入れ替え」なんて語も出てきますが、歳取ったこちらとしては感慨深い。
タイトルの ”ラシュリー” は聞きなれない語で、作中には出てきません。おそらくrashly かと思うのですが、この単語も英語としても見かけることはない語ですね。
n a careless or unwise way, without thought for what might happen or result:
とネットで調べた範囲では出ていました。

「見えない視線」は、前話のあおりで「club indigo」でやる予定だった誕生パーティを飛ばされてしまった栞という客がストーカーに悩まされている、という話。
他愛もない話、といえばそうなんですが、ここでも世代の違いというのか、若さが扱われていてちょっと印象的でした。

「ロケットスカイ」は、ジョン太の友人が襲われた事件をきっかけに、「club indigo」や晶に変化が訪れる、という話で、正社員話にも決着がつきます。

これまでのシリーズを個人的な備忘用にまとめておきます。
「インディゴの夜」 (集英社文庫)
「チョコレートビースト」 (集英社文庫)">
「ホワイトクロウ」 (集英社文庫)">
「Dカラーバケーション」 (集英社文庫)>
「ブラックスローン」 (集英社文庫)
「ロケットスカイ」 (集英社文庫)
このあと、シリーズの前日譚にあたる
「渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ」 (集英社文庫)
が出ています。

この「ロケットスカイ」 (集英社文庫)では「世代交代、新旧入れ替え」であったり、「club indigo」に大きな変化が訪れたり、シリーズがこれで終わってしまうのかなと思わせるところがありますが、そろそろまた「club indigo」の面々に会いたい気がしますね。





nice!(16)  コメント(0) 
共通テーマ:

貴族探偵対女探偵 [日本の作家 ま行]


貴族探偵対女探偵 (集英社文庫)

貴族探偵対女探偵 (集英社文庫)

  • 作者: 麻耶 雄嵩
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2016/09/16
  • メディア: 文庫

<カバー裏あらすじ>
新米探偵・愛香は、親友の別荘で発生した殺人事件の現場で「貴族探偵」と遭遇。地道に捜査をする愛香などどこ吹く風で、貴族探偵は執事やメイドら使用人たちに推理を披露させる。愛香は探偵としての誇りをかけて、全てにおいて型破りの貴族探偵に果敢に挑む! 事件を解決できるのは、果たしてどちらか。精緻なトリックとどんでん返しに満ちた5編を収録したディテクティブ・ミステリの傑作。


読了本落穂ひろいです。
2016年10月に読んだ麻耶雄嵩の「貴族探偵対女探偵」 (集英社文庫)
「貴族探偵」 (集英社文庫)(感想ページはこちら)に続くシリーズ第2作で、「2014本格ミステリ・ベスト10」第一位。

大傑作「貴族探偵」 (集英社文庫)の続編ですから期待度大。
存分に楽しく読みました。

「白きを見れば」
「色に出でにけり」
「むべ山風を」
「幣もとりあへず」
「なほあまりある」
の5編収録です。

貴族探偵にライバル登場?ということでしょうか、女探偵高徳愛香が狂言回しを務めます。
推理合戦的な色彩を帯びてくるのは当然なのですが、さすが麻耶雄嵩というべきか、(高徳愛香にとって)無茶苦茶いじわるな設定になっています。
高徳愛香の設定は、名探偵と名高い師匠の死後孤軍奮闘している、というものなのですが......

第一話「白きを見れば」で高徳愛香が意気揚々と(?) 指摘する犯人は、なんと貴族探偵。
貴族探偵の執事の推理に(当たり前ながら)敗れ去ります。
続く第二話でも、勢い込んで推理を披露するのですが、そこでも指摘する犯人は、貴族探偵。
もちろん、貴族探偵の料理人の推理に否定されてしまいます。
というわけで、もう想像がつくと思いますが、第三話でも第四話でも、高徳愛香は貴族探偵を犯人として名指し続け、それぞれメイド、運転手に敗れ去るのです。
いや、お前、さすがに貴族探偵は犯人候補から外せよ。
まあ、みんなを容疑対象にするというのは正しい姿勢かとは思いますので、自分の推理が貴族探偵を指し示してしまうようなら、今一度じっくり考えなおすくらいのことはしたらどうでしょう。
この点でも名探偵には到底なれない人材なのではないかと思いますが......(笑)。

ところが最終話「なほあまりある」は少々様子が違います。
不明の依頼人から高額の依頼料でウミガメの産卵が見られる離島に派遣された高徳愛香。
その島には(お約束通りに)貴族探偵もいて。ただし、使用人はいない(!)。
第一話でもずっといなかった執事がヘリコプターで馳せ参じるので油断はできないものの、「親族の園遊会で不手際があって、知尻拭いに駆り出されている」(316ページ)ということであとからやってくる可能性は(物語上)排除されています。
では、誰が推理する???
なにしろ
「馬鹿馬鹿しい。私に推理しろと? 貴族に労働を強要するとは時代も傲慢になったものだ。何のために使用人がいると思っているんですか?」(58ページ)
と言ってのける貴族探偵ですからね。
一方の高徳愛香は、ミスするというのがフォーマットですし。
パット・マガーの「探偵を捜せ! 」(創元推理文庫)とは違う趣旨で読者は探偵が誰かを探りながら読むことになります。
これ、おもしろい。
この部分はミステリ優れた仕掛けとは言えないのかもしれませんが、この貴族探偵という特殊なミステリ作品において、とても有効な一撃を放っていると思います。

麻耶雄嵩は常に変なこと(褒め言葉です)をやってくれます。
この「貴族探偵対女探偵」も期待を裏切らない傑作だと思いました。



nice!(14)  コメント(0) 
共通テーマ: